■35.森ではなく王国のクマさん

私は今、グレスさんにエスコートされ王宮の一角にある庭園の散策をしている。

疲れていた足に治癒魔法を使ってみたら少しだけ疲れが取れたので助かった。

しかし、グレスさんやベルナルドさんに癒し魔法を使った時より心がこもっていなかった為か、あの時ほど効果は無く、本当にちょっと疲れが取れたかな、といった程度だ。それでも軽い靴擦れも治ったし先ほどよりは大分マシである。


ベルナルドさんは「所用がありますので」と言って早々にいなくなってしまった。私の護衛として来ているのではなかったんですか?まぁ、多分この王宮の中は安全だからなのでしょうね。そして一緒にいるのがグレスさんだから心配ないのでしょう。

でもいなくならなくたっていいと思うんです。

つまり今、私はグレスさんと二人きり、まるでデートのようにお庭を散策しているんです。

つい先ほど、ミッション完了!って思ったのは何だったんですかね。責任者出て来い。いや、勝手にそう思ったのは私か。


なるべく二人きりということを意識しないように庭に目をやる。

綺麗に刈り込まれた木や芝生。

少し先には小さめの噴水が見え、水が光に反射してキラキラと輝いて見える。

春がもうすぐそこまで来ているのを感じさせるように、小さな花が儚げに咲いていてとても可愛らしい。

つい先日、雪が降ったことを思わず忘れてしまいそうになる。

ここも山小屋も、東京より少し春が来るのは遅いだろう。


「あそこに東屋がある」


グレスさんに言われた方を見ると、白い西洋風の東屋があった。

東屋の周りは特に花が沢山咲いているようだ。ポピーやガーベラに似た花がぐるりと東屋を取り囲んで咲き誇っており、とても華やかで可愛らしい。

東屋の屋根は丸く、まるでレース編みのような複雑な模様を描いている。その中には東屋と同じく白で統一された椅子とテーブルがあった。


「あそこで少し休もう」


おそらくこの東屋が、先ほどレド君に言われた場所なのだろう。

エスコートされるまま着いて行き椅子に座ると、どこからともなくフットマンらしき方々が来て軽食の支度を進めていく。

え、何これ。もしかしてずっと私達の同行を見てタイミングを伺っていたのだろうか。

めちゃくちゃ恥ずかしい。

グレスさんを見たが、相変わらず表情は変わらない。そういえばグレスさんも伯爵家の御子息様ですからね。こういう事に慣れているのかもしれない。

けれど慣れてない紫は縮こまるばかりだ。


「ユカリ、大丈夫だ。ユカリを攻撃するような者はここにはいない。もっと肩の力を抜いてくれ」


グレスさんの眉が少し八の字を描いて困った顔をしていた。

グレスさんを困らせてしまうほど、私は強張った顔をしていたのか、と反省する。


「すみません、こういったことに慣れてなくて」

「いや、謝ることはない。しかしここも一般人は滅多に来れる場所ではないからな。気楽に堪能した方がいいと思ったんだ」


グレスさんと二人きりで散策、という状況を意識しすぎてしまっていた自分に更に恥ずかしくなる。

自意識過剰じゃないか。

おそらくグレスさんは何も意識していないのに、自分だけ意識しまくっていて恥ずかしい。

ここは気持ちを切り替え、グレスさんの言う通り堪能しないと損だと思い直す。

グレスさんはお兄様。グレスさんはお兄様…。

馬車の中と一緒。そう、あの時の方が密室だったし!今、ここは先ほどフットマンがさっと現れたように、見えないけれど必ず誰かが見張っている。だから二人きりじゃない。

つい先ほど恥ずかしい、と思った対象が逆にありがたく感じ始めた。


「そうですよね。こんな素敵な庭園、滅多に拝めるものじゃないですよね。今を堪能しなくちゃ損でした!ありがとうございます。気楽に楽しみます」

「ああ、それがいい」


グレスさんが先日のようにふわっと笑った。

だからその笑顔、反則ですって。

今、グレスさんは斜め前に座っている。紅茶と軽食をセッティングしたフットマンはまたどこかへと去っていき、紫から確認できる位置にはグレスさん以外誰もなった。見えないだけでおそらくどこかでこちらを見ているのだろうけれど。


『クマっぽい人も案外格好良かったりするものよ?』


突然、久実先輩に言われた言葉を思い出した。

そうか、正にグレスさんはそれだ。クマのような体躯でこのふわっと笑った時のギャップ。久実先輩、これですね。理解できました。

そこからはお兄様、ではなくクマさん、と思うようにした。


ある日森の中、傷だらけのクマさんに出会った。

花咲くお城の中、クマさんとティータイム。


なんとも優雅な歌だ。危機感を全く感じない。クマさんの傷はどうなった、場所は森からいきなりワープしたのか、というツッコミは受け付けない。全ては私の心の平穏のために。

よし、これでいこう。多分これで今以上、変に意識しないで済むだろう。


を視界の端に入れつつ、出された軽食を摘む。

ベルナルドさんのお宅でもサンドイッチをいただいたが、あれから既に二時間以上経っている。

スコーンのようなものに添えてあるジャムをつけて食べる。

たまに日本にあるものと同じような見た目なのに、食べてみたら全く異なるものがあるので食べてみるまで「スコーン(仮)」となるのだが、これは見た目通りスコーンのようだった。

コルセットさえしていなければ、もっと堪能できたのに…と少し悔しくなる。


レドくんがお勧めと言っていた紅茶も冷めないうちにいただいた。

少し花の香りがする。フレーバーティーなのかもしれない。

綺麗に咲き誇る花を見ながらのフレーバーティー。なんとも優雅な時間。

傍には本物の騎士様(今はクマから一時解除)。

物語のお姫様になった気分だ。


「美味しいです」

「そうか、良かったな」


言葉は素っ気無いけど優しい表情の騎士様。あ、やっぱこれクマフィルターつけないとダメだ。また緊張しそう。

物語のお姫様気分にはなれても生粋の平民である紫には、このシチュエーションを堪能するには経験値が足りなさ過ぎたようだ。


緊張しそうになったのを誤魔化すように、また花々に目を遣る。

そこで一輪だけ、少し淡い光を放っているように見える花を見つけた。

思わず立ち上がり、花の傍に行く。

紫のいきなりの行動に驚いたグレスさんも、その後ろに続いた。


光る花がよく見えるようにしゃがみ、覗き込む。そこには、魔術師登録した時のオーブの中に見えた、あの花にそっくりな花が咲いていた。

それも一輪だけ。二つの星型を少しずらし、重なるような花弁。

上段と下段とで色が異なっていて、上段は少し小さめの星型で、周りは黄色で縁取られ、中央に向けて色は白くなっている。

下段は可愛らしいピンク色だった。


「こんなところに『星花せいか』が…」


グレスさんが不思議そうに呟いた。

そして脳内で「せいか」という単語が漢字変換された。そうか、星の花と書いて「せいか」。

今日聞いた「せいか」という単語はこれのことだったのか!と納得した。

しかし、グレスさんが不思議そうにしているのは何故だろう。

不思議そうにグレスさんを見上げる。


「ユカリが住んでいた地域ではどうだったか知らないが、この辺りでは早くても六月初頭から咲く花なんだ。一番咲き誇るのは六月末から七月初頭にかけてだな。だからこの地域での『星花祭せいかさい』は七月の第一週に行われる」


うん、色々情報をありがとうございます。

つまりまだ咲くには二ヶ月も早い、早咲きしすぎちゃった星花なんだね。

そしてどうやらこのお花のお祭りもあるようだ。『星花祭』か。これも気になるけど今はスルーしよう。


「それに一輪だけというのも珍しいな。星花はだいたい群生すると聞いている」

「そうなんですか…周りに違う花も沢山咲いてますけど、そう思うとちょっとだけ寂しいですね」

「…そうだ、家にからの『星花の箱』は持っているか?」


グレスさんがまた知らない物を言ってきた。『星花の箱』?何だそれは。星花の形をした箱?星花の絵が書いてある箱??


「いえ、ありません」

「そうか…毎年祭で新しい箱を買うものだしな。引っ越してきたばかりのユカリは空の星花箱は持ってないか。星花の箱があれば摘み取っても一年もつんだけどな。流石に今の季節では売っていないだろうし、見守るだけで我慢するか」


摘み取っても一年もつ?何それすごい。つまり、その『星花の箱』とやらに入れておけば枯れずにずっと維持できるのだろうか?きっとその星花箱は魔導具なんだろうな。

でもその箱が無ければ摘み取ったら普通の花のようにすぐに萎れてきてしまうのだろう。

季節はずれとはいえ、こんなにも綺麗に咲いているのだ。手折らず力強く根を張る姿を堪能させてもらおう。


「そうですね。可憐で、でも力強くて…とても可愛いですね」


そこまで言ってハッと思い出す。


『今の貴女あなたはまるで星花の女神のようですね』


ベベベベルナルドさんっ、あなたは何と言う恥ずかしいことをさらりと言ってたんですかね!

そしてこれはアレですからね!?自画自賛したわけじゃないですからね!?と、誰が聞いているでもないのに内心で焦る。


頬を両手で挟むようにペチンと叩き、蘇った恥ずかしい台詞を誤魔化すかのように花を観察する。

そういえばレドくんも言ってたな。


『それともの方の意味かな?紫色の意味は確か『学力向上』だったか?』


この星花という花は何色か種類があるのだろう。そして色ごとに何か験担げんかつぎ的な意味がありそうだ。

この花の場合…コレって何色?内側の星は黄色縁に白ベース。外側の星はピンクなのでぱっと見はピンクの花に見える。


むらさきは学力向上…この花は…」

「ピンクは『恋愛成就』だな」


やはりピンクで合っていた。そしてピンクは『恋愛成就』らしい。なんだ、今の私に一番関係の無い色じゃないか。『良縁』とかならまだ良かったのに。


「恋愛成就、か」


ぽつりとそう呟いてしまったが、グレスさんにはおそらく聞こえてないだろう。

ご利益は関係なく、この可愛らしい花を満足するまで眺める。

そろそろ足が疲れてきたなと思い、ゆっくりと立ち上がる。

グレスさんが手を差し出してくれたので、手を借りて立ち上がりきるとゆっくりとまた椅子に戻った。


その後、もう一つ焼き菓子を堪能してから王城を出た。

王城からはまたベルナルドさんの邸宅に向かい、そこで自分の服に着替えさせてもらう。

さすがにコルセット付きのドレスは一人では脱げない。

ベルナルドさんの邸宅まではどこからともなく戻ってきたベルナルドさんが並走で一緒に来たが、グレスさんは一度着替えてからベルナルドさんの邸宅に来るらしい。

式典用の堅苦しい格好がどうも落ち着かないらしい。折角格好いいし似合ってるに勿体無いとばかりに目に焼き付けておいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る