■34.超紫は無一文じゃなくなりました

つい先ほどまで王様と謁見していた大きい扉を出て、先導してくれている人の後をグレスさんと着いて行くと謁見前にいた部屋とは別の部屋に案内された。

先ほどの部屋は謁見者の待機室だったのだろう、と推測する。


中はちょっとしたおしゃれなサロンのようだった。

三人だけになるとソファへ倒れるように座り込み、思いっきりため息をついてしまった。

いやぁ、ほんと疲れたわぁ。


「ふふ、ユカリ。お疲れ様でした」


しまった、他に二人いたんだった。まぁいいか。本当に疲れたのだ。


「頑張ったな」


グレスさんも堅苦しそうな上着を脱いでユカリの隣に座った。


「本当に疲れましたぁ。こんな緊張したの、はじめてかもしれません」

「そうですか?とても落ち着いて見えましたが」

「えー、本当ですか?緊張しすぎて最初の方とか自分がどんな行動をしたのか覚えてませんよ…。私、失礼なことしてませんでしたか?大丈夫でしたか?」

「ああ、大丈夫だ。立派な淑女の対応だった」

「ええ。何も心配することはありませんよ」

「それなら良かったです」


ドレスなのをいいことに、二人には見えないように靴を脱いで足も少しリラックスさせた。

はぁ、足が生き返る。

すると、コンコンと扉がノックされ、二人の男性が部屋に入ってきた。


「これより、国王陛下からの謝礼金をカードに入金するための手続きをさせていただきます。登録カードのご準備をお願い致します」


そっか、先ほど国王陛下も謝礼金のカード登録がある、と言っていた。現金で持ち帰るのではなく、登録カードに入れてしまうんだね。それは盗まれる心配がなくて助かる。

普段、タッチ&ゴーでしか使っていないカードを出す。


「では、こちらの箱の上にかざしてください」


そう言われ、言われたとおり長方形の黒い箱の上にかざしてみた。

すると、箱の色が黄色に光り、ピピッと電子音のような音がし、また黒色に戻った。

え、これって完璧電子マネーのチャージっぽいんだけど。

これが昔から使われていたのなら、この世界の方がはるかに進んでいる部分もありそうだ。


「それでは、入金額をご確認ください」


そう言われ、今まで一度も開いたことの無い「預金額を表示する▼」の「▼」をタップしてみる。


――――

預金額を表示する▲

■残高

1,000,000-

■履歴

入金:1,000,000-

――――――――――


今日まで一文無しだったので、その金額は綺麗ピッタリに100万ちょうどだった。

やったぁ!これで異世界文無し生活とおさらばできる。嬉しい。ものすっごく嬉しい。

取り敢えず興奮する気持ちを抑え、目の前の人に報告をする。


「確かに、国王陛下より賜りました金額が表示されております」

「ご確認ありがとうございます。これにて入金の手続きは終了となりますので、失礼致します」


そう言うと、まるで時間と争うビジネスマンのようにさっさと二人は部屋から退出した。

なんというか無駄が一切無かったな。やり手のビジネスマンだ。


これで無一文じゃ無くなったから、お買い物ができる!何買おうかな、やっぱ必需品が先だよね。切手とか。


「とても嬉しそうですね」


しまった。またしてもお二人がいることを忘れていた。

ベルナルドさんはクスクスと笑い、グレスさんは優しい視線を送ってくれていた。なんだろう、お年玉を貰った子どもを見守る保護者のような視線に少し居た堪れなくなる。


「すみません、でも本当に嬉しくて。何買おうかなって考えちゃってました」

「臨時収入は大人になっても嬉しいものだ。しかし無駄遣いしないようにしないとな」


はいお兄様。思わずそう言いたくなりました。グレスお兄様。ここにはお兄ちゃんとお兄様がいらっしゃいます。

私は二人姉弟の長女。弟はいるけど兄も姉もいない。お兄ちゃんがいたらこんな感じかな、と想像してしまった。この二人がお兄ちゃんとかどんだけ贅沢なお家ですかね。


「きっ、気をつけます」


そう言うと、頭の上に手が軽くぽん、と乗せられた。

髪型が崩れないように慎重ではあるが、やはりお兄様だこれ。嬉しくて年甲斐もなくへにゃりと笑ってしまった。妹ポジションって美味しいな。


コンコン


ドアがノックされ、ベルナルドさんが「はい」と対応している。

今日はベルナルドさんが完璧お付きの人のように動いてくれていて少し申し訳なくなってきた。侯爵様の御子息様なのに。今度何かお礼しよう。


ベルナルドさんがドアを開けると、いかにも王子然としたレド君が部屋に入ってきた。

そういえば先ほどは王様に緊張しまくっていた為、レド君の服装まで見る余裕が無かった。


服装の全体は白地。襟や袖口、上着の上から締めているベルトは落ち着いた青色で、金色のラインが邪魔にならない程度に入っており、その青色をより際立たせている。

白いズボンのサイドも同じ青色で一本のラインが入っており、ラインの中には金でさりげなく刺繍がされているようだった。

胸元のボタンは金色で、横に二つずつ、ベルトの位置くらいまで縦に並んでいる。


レド君の服装をじっくり観察しながらもドレスの中では靴を履き、立ち上がった。

そして国王陛下にしたのと同じようにお辞儀をした。


「ユカリ、お待たせっ。ここは公の場ではないし僕らしかいない。そんな堅苦しい挨拶の格好なんかしないで、ユカリの家にいたときのように接してね」


そう言われたので顔を上げ、遠慮なくこちらからも挨拶をさせてもらう。


「お久し振りです。先日は素敵なプレゼントをありがとうございました。とても美味しかったです。箱も素敵でそのまま(魔導具にしちゃったけど)大事に使わせていただいております」


そこまで言うとレド君に座るように促されたのでまた座る。

先ほどまで隣に座っていたグレスさんもベルナルドさんの隣に立ち、今隣には誰も座っておらず、レド君は正面の一人掛けソファに座っている。


「ああ、あの箱ね。側面に紫色むらさきいろの石が着いてたのに気付いた?小さくて魔導具にするには難しい大きさの魔石はああやって装飾によく使われるよね。なんとなくあの少しピンクがかった紫色がユカリっぽくて気に入ったんだけど、ユカリも気に入ってくれたなら良かったよ」

「はい。紫色は私の名前でもあるので、とても嬉しいです。このドレスも遠くから見ると紫色ですし」


そう言うと、背後でかすかに動く気配がした。おそらくドレスをくれたグレスさんが思わず身じろぎでもしたのだろう。

そしてあの石、魔導具にするのは難しいくらいに小さいらしい。出来ちゃったよ?魔導具に。4つ集まってたからなのかなぁ?


「え、ユカリの名前ってむらさきっていう意味なの?」

「はい。私の故郷では『むらさき』と書いて『ゆかり』と読むんです。

「へぇ!それは知らなかった。面白い!もしかしてユカリは赤子の時から雷属性が強かったのかな?雷は紫色だしね。それともの方の意味かな?紫色の意味は確か『学力向上』だったか?ご両親は学者か何かなのかな?」


いえ、どちらも違います。そしてまた出ました「せいか」という単語。「せいか」が何か分からないけど、取り敢えずどちらも違うことは間違いない。


実は両親の名前がたまたま色がついた名前なので、それに続けただけと聞いたことがある。

父の名前は「あきら」、母の名前は「あかね」。どちらも赤系色の色の名前になる漢字。

苗字が「村崎むらさき」というのもあって、洒落で「ゆかり」とつけた、と酔っ払った父から聞いたことがあり、ダジャレかよ!と叫んだ小学生時代を思い出した。

尚、弟も「あおい」なので色の名前なのは弟にも続いた。


思わず遠い目をしていると、聞いてはいけないことを聞いたかな?とレド君が少し不安気な表情をしていた。


「すみません、少し過去のことを思い出していただけです。私の名前は駄洒落でつけた、と酔っ払った父から聞いたことがあったのものでして。家名の「村崎むらさき」は、私の故郷で音だけなら「むらさき」と同じ発音なんです。なので「むらさき」という字を使った「ゆかり」という名前をつけたと聞いたことがあります」


ここで少し言葉の説明をします。

この世界の人に「村崎」と言うと「ムラサキ」という音としてしか伝わらず、意味までは伝わらない。

しかし「むらさき」と言うと、色の情報、というのまで伝わる。

おそらく「言語能力付与」のおかげでこの世界と日本、もしくは地球とで共通する物なんかは意味まで含めて伝えることができるが、どちらかの世界にしかない物は音の情報しか伝わらない、ということみたいだ。

暁隊の4人とレド君が初めて山小屋に来た際、ベルナルドさんに「救急車」と言って伝わらなかったのもそのため。

逆に今日二度耳にした「せいか」という単語が紫に分からないのもそのためだ。しかし、「せいか」の場合は音が日本語として聞こえているので、おそらく理解できる範囲の単語である、というのも推測できる。


「へぇ、それはそれで洒落ていて素敵な名前だね。いずれユカリがお嫁に行ってしまっても、実家を忘れないでいて欲しいというユカリのお父上のお心な気がするな」


そう言われ、はっとした。そんな風に自分の名前を捉えたことが無かった。寧ろ小学生の頃はこの名前のせいで男子に「むらさきむらさき」とか「ちょうむらさき」と呼ばれ、からかわれたことがあるので嫌だった。


「レド君、ありがとうございます。今までそんな風に考えた事ありませんでした。寧ろ名前でからかわれた事があって、子どもの頃はこの名前が嫌だった時期もあったんです。でもそう言われると、いっきに素敵な名前な気がしてきました。すごく嬉しいです」

「ユカリはご家族が大好きなんだね」

「はい。何物にも代えがたい、とても大切な存在です」


レド君のおかげで、ほっこりした気持ちになった。そしてついこの間東京の実家から山小屋へ来たばかりだというのに、少し両親の顔が見たくなってしまった。

ゴールデンウィークに弟含め三人で来てくれるらしいので、思いっきり楽しんでもらえるように準備しよう、と思った。


あ、箱以外のお礼もしなくちゃ。美味しかった、とは伝えたけれど。


「焼き菓子も紅茶もとても美味しかったです。おかげさまで仕事で疲れた身体が癒されました」

「でしょでしょ。あの焼き菓子も美味しいけど何より紅茶!僕のお気に入りなんだよ」


そこから暫くはレド君の紅茶演説だった。どうやらレド君はかなり紅茶が好きらしい。レオラナ帝国の紅茶を飲みたいがために、レオラナ帝国にお忍びで行った、という話は面白かった。

お忍びで行くから「王太子」ではなく「良いところの箱入り坊ちゃん」として行ったんだとか。それこそ漫画などの世界でよくありそうな話だ。それを実際にやってしまっている人が目の前にいると思うと、何とも楽しい気分になった。

護衛している人達からしたらとんでもない事なのだろうが、それは紫には分からない苦労であった。


レド君のお忍び冒険譚を楽しく聞いていると、ドアがノックされた。

時計を見たレド君が「もうこんな時間か」と、ため息をついた。


「楽しい時間って、何であっという間に過ぎちゃうんだろうね。ユカリ、また遊びに来てね。来てくれないと僕が脱走して会いに行っちゃうから!」

「えっ、脱走は困るのでやめてください。黎明隊の人に恨まれたくないです」


思わずそんな軽口が聞けるくらいに今回の話でレド君と仲良くなれた。


「本当は晩餐まで一緒に過ごしたいんだけど、この後僕にも外せない公務があってね…父上が言ってた庭園を散策していってね。東屋に軽食も用意させるから、贈ったのとはまた違う紅茶飲んでいって!」

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますね」

「うん。帰りも気をつけてね。グレス、ベルナルド、ユカリを頼んだよ」

「「はっ」」


立ち上がり、レド君を見送る。

レド君は「それじゃぁね」と手を振りながら退室していった。


レド君と話をした時間は紫からしてもあっという間だった。王様と謁見した時間はほんの15分程度。レド君と話た時間は一時間以上だというのに、謁見時間の方が長く感じてしまうほどだった。


時計を見れば午後三時半。

日が伸びてきたのでまだ外は明るい。

そういえば、日没の時間も日本と同じだな、と思った。惑星の大きさも、この国の位置ももしかしたら日本と同じなのかもしれない。


とにかく、これにて本日のミッション完了であります!

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