■33.挨拶は筋肉痛の素
ドアが開くと目の前にはレッドカーペットがまっすぐ伸びていた。
その先にはいかにも玉座といった立派な椅子に座った男性と、その斜め後ろに立つレド君の姿が見えた。
玉座の横にもう1つ同じような椅子があるが、そこには誰も座っていない。
王妃様の席かな?王妃様と思われる女性の姿は見当たらなかった。
グレスさんにエスコートされるままレッドカーペットの上を歩き、玉座の三メートルほど手前で立ち止まった。
するとグレスさんが軽く目配せをしてきたので、グレスさんの腕から手を外し、ゆっくりと先ほど習ったお辞儀をする。
グレスさんも胸に手を当て、頭を下げているようだった。
「よく参った。魔術師ユカリ・ムラサキ。並びに暁隊中隊長、グレス・コンツ・クライデン。双方、
低く、それでいて凛とした声が耳に届いた。
屈めていた腰を戻し、まっすぐと立った。危なかった。慣れない姿勢と緊張で足がプルプルし始めていたところだった。
真正面を見れば、金髪の七三分けを後ろに流し、口ひげを綺麗に整えた40代後半くらいの男性が玉座に座っていた。おそらく、いや確実に彼が王様で、更にレドくんのお父様だろう。
レド君があと20年もしたらこんな感じになりそうだ。レド君はお父様に似たらしい。
「余が、ジェラルド・アーチェ・ド・アルベスクであり、アルベスク王国第26代国王である。ユカリ・ムラサキ。此度は我が王国の暁隊中隊長、グレス・コンツ・クライデンの命を救った事、並びに王太子、レドナンド・アーチェ・ド・アルベスクを危険から遠ざけた事、感謝の極み。此処にその謝儀を申し渡す」
そう言うと、何やら肉まんほどの大きさの袋を黒いお盆に乗せた人が目の前に来た。
「其処に、金貨100枚を贈呈するものとする」
その金額に思わずぎょっとした。
ここでこの国のお金事情を説明しよう。
この国に紙幣は無く、全て硬貨。小銅貨、銅貨、小銀貨、銀貨、小金貨、金貨、白金貨の七種類がある。
小銅貨・・・1枚1円
銅貨・・・1枚10円
小銀貨・・・1枚100円
銀貨・・・1枚500円
小金貨・・・1枚千円
金貨・・・1枚1万円
白金貨・・・1枚1億円
各硬貨を日本円に当てはめるとおおよそこのような金額となる。
白金貨なんて一般人が見ることはまずない。白金貨のほぼ全ては国が保管している。
銀貨が少し分かり辛いかもしれないが、硬貨に数字が書いてあるので間違えることはない。
そして今紫が贈呈されたのは金貨100枚。
つまり日本円にしておよそ100万円である。
この国の物価は日本とさほど変わらないと考えていいだろう。
屋台でジュースを飲むのに小銀貨1枚から3枚程度(100円~300円)。昼食を食べるなら銀貨1枚から小金貨1枚程度(500円~1000円)。
その高額な謝礼に思わずぽかんとしてしまった。
するとグレスさんが心配気にこちらを見て小声で「ユカリ」と言った。
はっと気付いて腰を少し落とし、頭を下げてお礼を言う。
「謹んでお受け致します。ありがとう存じます」
「うむ。そして暁隊中隊長、グレス・コンツ・クライデン。そちの働きも見事であった。王太子を身を挺して守り、隊員の危機をも救った。その働きを評し、大地の精霊証を叙勲するものとする」
「有り難き幸せ」
「うむ」
ここで初めてグレスさんも表彰だったのか!と知った。
だから式典用の制服だったのね。
叙勲された物の価値は紫には分からないけれど、おそらくすごく名誉な物なのだろう。
黒いお盆を持った人が勲章の乗ったお盆を持ってグレスさんの前に行った。
「さて、堅苦しいのはここまでで良いか?どうも堅苦しいのは苦手でな」
先ほどまでとっても威厳のあった王様がいきなり砕けた口調になった。
表情もきりりとした表情から優しいおじさま、といった雰囲気になっている。
「陛下、何故最後まで先ほどの姿勢が保てないのです」
王様の近くにいる男性がいかにもがっかりした顔で問いかけた。
王様と同じくらいの年齢の男性だ。
「ユカリ嬢は貴族ではないのだろう?それならこの方がユカリ嬢もしゃべりやすいではないか。そう、これは配慮だよ、ジョン宰相」
おぉう、この王様の傍にいらっしゃる男性は宰相閣下でしたか。
王様と随分仲が良さそうだ。
「ユカリ嬢も問題あるまい?」
王様から急に話を振られてびくっとしてしまった。
「はっ、はい、もちろんですっ。お気遣いくださいましてありがとうございます」
声が上ずってしまったのは仕方ないだろう。
「ところでユカリ嬢、そのドレスもとても良く似合っておるが、その身をより引き立てておるネックレスとピアスは、息子と大事な家臣を助けてくれた余からの個人的なお礼の品だ。洗練されていて可愛らしく、おしゃれだろう?余の見る目も中々だと思わんか?」
うぇぇえええ!?これ王様からのプレゼントーっ!?どうしよう。きっともう家宝物だ。絶対家宝にしなくちゃいけないやつだ。
「そんな高価なものでは無いので気負う必要はないぞ。民の税からではなく、余の趣味で稼いだ金から出しておるので出来れば今後も身につけて欲しい」
「陛下…貴方様はまた抜け出しましたね?」
そこで王様がビクッとして宰相を見て、まぁ良いではないか、とひきつった笑いをしていた。
もしかしなくても、レド君がひとり森の前で散歩していたのは血筋によるものだということが分かった。
しかし、王自らが選び、王のポケットマネーから買ってくれたこの素敵な装飾。心から嬉しく思った。
「国王陛下、身に余る光栄です。ありがとうございます」
そう言ってまた腰を落とし、心から感謝していることを伝えるために片手を胸に当ててお辞儀をした。
王様はうむうむ、と嬉しそうに頷き、宰相閣下はこの人は全く、と王様に呆れた視線を送っていた。
「それとな、本当は余の妻である王妃も息子がお世話になったお主に会いたがっておったのだが、どうしても外せぬ公務があって来られなんだ。どうか王妃も感謝しておった事を覚えておいて欲しい」
「はい。そのお心、とても嬉しく思います」
再び腰を落としてお辞儀をした。この挨拶、ふくらはぎが筋肉痛になりそうだな。
「陛下…」
そう言うと、宰相さんが陛下に何かを耳打ちした。
「おお、そうであった。すっかり忘れておった。いや、忘れたままでも良かった気もするが…今日ここにおらぬもう一人、暁隊の隊長も任務でここにおらぬが、お主に相当感謝しておったぞ。あ奴とはもう会っておるのだったか?」
え、隊長さんはまだ会ってないよね?
そしてなんか隊長さんの扱いが想像と違うのだけど、気のせいだろうか。
「隊長さん、ですか?おそらくまだお会いした事は無かったと記憶しておりますが…」
「そうであったか?ふむ…まぁ良い。あやつは我が弟ながらどうにも掴めぬやつでな。昔から飄々としておったが、そのままいい年になってしもうた。過去の出来事を思い出すだけで胃が痛くなってくる。ユカリ嬢も気にすることはない。今申したことはこの部屋を出たら忘れても良いぞ」
はい、そして隊長さんは王弟殿下でいらっしゃることが分かりました。
またひとつ、この国に詳しくなれたね!
って、弟にしても王様の扱いがなんかとても気にかかるんですが。
思わずグレスさんを見ると、目を閉じていてその表情は一切変わることなく「俺何も聞いてないし」と言った雰囲気だ。何故だ。グレスさんの上司ではないのか。
後ろのベルナルドさんがどんな表情なのか確認したいが、さすがに後ろを向くのは王様に失礼なので我慢した。
「それではこれにて此度の謁見を終わるものとする」
突然にこの会のお開き宣言がされた。
グレスさんを見れば「うん」と頷いてくれたのでもう一度お辞儀をし、ゆっくりと立ち上がった。
久し振りのヒールと慣れないお辞儀に足が悲鳴を上げている。帰りは生まれたての小鹿のようになるかもしれない。
しかし、今はそれより無事謁見を終われたことに安堵の息を吐き出した。
「父上、父上のとの謁見が終わっても私がいることを忘れないでください」
はっ、王様に緊張しすぎてレド君の存在を忘れていた。ごめんよ、レド君。今日は君に会いに来たはずだったのに。
「おぉ、そうであった。レドは今日の日を前から楽しみにしておったものな。早く日程を決めろと急かしてはぷりぷりしておったのが、そちの幼き頃を思い出して楽しかったぞ」
「なっ!父上、なんでそんなことを今ここで言うのですかっ!」
ロイヤルな親子の漫談。微笑ましくはあるが、笑っていいものか悩みどころ。
グレスさんを横目で見ればつい先ほどのように直立不動のまま微動だにせず、表情も変わっていないようだった。しかし、先ほどよりはいくらか優しい雰囲気ではある気がした。
自分から話しかけていいのか分からないのでそのまま親子漫談が終わるのを待つ。
「よいよい、しかしここでは窮屈であろう?ユカリ嬢の謝礼金もこの後別室でカード登録があろう。本日余の謁見に付き合うのはここまでで良い。そちらで一緒にゆっくり語るが良い」
王様がそういうと、先ほどまさに「ぷりぷり」していたレドくんの表情がぱぁっと嬉しそうに綻んだ。
「父上、ありがとうございます!」
「と、いうことでなユカリ嬢。もう暫くこの愚息に付き合ってやってくれ。その後は庭を散策してから帰るといいだろう。中々一般人は入ることが出来ない場所ゆえ、楽しめると思うぞ」
そう言われ、再び腰を落として頭を下げた。
「国王陛下、ありがとうございます」
「うむうむ。ではまた会える日を楽しみにしておるぞ」
いえ、おそらくもう無いとは思いますが。そう思うが社交辞令で言ってくれたのだろう。再びお礼を言った。
「ではユカリ、すぐに行くから先に部屋で待っていてくれ。グレス、ユカリをそれまで頼むぞ」
「はっ」
グレスさんが短く返事をすると再び胸に手を当ててお辞儀をした後、ユカリの方を向いて腕を差し出してきた。ユカリも王様とレドさんにお辞儀をし、グレスさんの腕に手を添えた。
ベルナルドさんは端に寄っていたが、ユカリのすぐ後ろに再びつくと、一緒に歩き始めた。
よし、今度こそ終わった。
部屋を出て扉が閉まると、その安堵感から思いっきり深呼吸してしまった。
「それでは、こちらでございます」
そう言う従僕らしき人の後ろをグレスさんにエスコートされ、また歩き出した。
取り敢えずこれで、第一ミッション完了!ってことでいいのかな?
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