■32.付け焼刃だろうと出来ないよりはいい

王城に着き、ベルナルドさんにエスコートされたまま歩く。

慣れないドレスでいつもより歩く速度がかなりゆっくりだ。

『ドレスは蹴飛ばすように歩くといい』と昔読んだ小説本に書いてあったのを思い出し、ドレスの中で実践してみる。

ドレスで足は靴の先まで一切見えないので問題ないだろう。


歩くことに夢中になっていると、いつの間にか控え室のような小部屋の中にいた。

部屋に入った事に気付かなかった。どれだけ歩くことだけに必死だったのか分かっていただけるだろうか。


「ここで私のエスコート役は終わりです」

「えっ」


ベルナルドさんの腕に添えていた手を外され、急に心細くなる。


「大丈夫です、エスコート役が変わるだけで私も行きますから。それにエスコート役がそろそろ来ますから安心してください」


何が楽しいのか、ベルナルドさんはニコニコとしている。

私は不安で一杯だというのに。


すると、ドアがトントンとノックされ、ベルナルドさんが「どうぞ」と返事した。

ドアが開き、中に入ってきたのは…グレスさんだった。


思わずその立ち姿に見とれてしまった。

なんせ、ベルナルドさんの隊服とはまた異なる隊服を着ているのだ。

胸には勲章らしきものがつき、肩や袖なども装飾が多くついている。

短い髪は後ろに撫で付けられ、一層キリっとして見える。


グレスさんも紫のことをじっと見ていた。瞬きすらしていないのではないかというぐらいじっと見られて思わず身じろぎをしてしまった。


「…ドレス、とてもよく似合っている」

「あ、ありがとうございます。グレスさんもその隊服、いつもと違うんですね。とても素敵です」

「ああ。これは正式な場で着る用の物だ。実用性は低い」

「なるほど、式典用なんですね」

「ああ」


あれ、でもベルナルドさんはいつもの服装だな、と思ってベルナルドさんを見る。


「私は今日、ユカリの護衛として来てますから」


質問する前ににっこりと欲しい答えを教えてくれた。さすがベルナルド先生。生徒の目線だけで質問を把握とかさすがです。


「グレス、他にも言うことがあるのではありませんか?」

「…ああ…その、ドレスは俺からの個人的なお礼だ。そのまま受け取ってくれ。あの時は本当に助かった。何度お礼を言っても言い足りない。ありがとう」

「えっ!このドレス、グレスさんからのプレゼントなんですか!?そんなお礼過多ですよ!?」

「そんな事は無い。下手したらあのまま死んでいた可能性もあったかもしれない。仮に生き延びたとして、何かしら後遺症があったかもしれない。傷だって全ては消えずに一生残る箇所があるだろうと覚悟していたんだ」

「ユカリ、これは本当ですよ。どうかグレスの為にもそのドレスを受け取ってあげてください」


そこで紫は考える。

もし自分がグレスさんの立場だったら。自分が死にそうになったところを助けてくれた相手に、いくらお礼をしてもし足りないだろう。それでも、形としての贈り物を受け取ってもらえたら、それで自分の気持ちがいくらか落ち着く気がした。

それに、一度袖を通したドレスを返却されても男性のグレスさんには邪魔になるだけだろう。

このドレスを受け取ることで、グレスさんの気持ちが落ち着くのであれば。


「分かりました。グレスさん、素敵なドレスをありがとうございます」

「ああ、こちらこそありがとう」

「ではユカリ、これから王との謁見になります。レドナンド様もそちらにいらっしゃいます。どうか気張らず、いつも通りのユカリで大丈夫ですので頑張ってくださいね」


はい、ここからまた移動するんですよね。もう少し正面からグレスさんの素敵な騎士様姿(式典用)を堪能したいですが、そんなこと言ってる場合じゃな…ってあれ?今ベルナルドさん何って言った!?さらっと『王と謁見』って言った!?聞いてないっ!聞いてないよぉ!って足をダンっと鳴らしてもここにいる二人はジャンプしてくれないよね。

いやいや、そこじゃない。


「え、ちょっ待ってください。王と謁見ですか!?私はレド君に会うだけだと思ってたんですけど」

「前に話したと思いますが、『国としてのお礼』が今日ですよ。手紙に書いてありませんでしたか?」


そこで紫はガックリと項垂れた。

そうか。うん、前に聞いてた。国としてのお礼があるからって。

そして手紙にも書いてあったじゃないか。「先日のお礼をするから」って。

紅茶とお菓子は「僕個人からのお礼」って書いてあったじゃないか…。

つまり、今日が「国としてのお礼」をされる日だということにどうして気がつかなかったぁ!

これは完璧私の判断ミスだ。

「覚悟して待って」無かった私のミスだった。


「…そのような事が書いてありました」


項垂れている紫を見て、直接的に書いてなかったことを察したであろうベルナルドさんは「あのお方は…」と言っている。


「ユカリ、大丈夫だ。俺が隣にいる。ベルナルドもすぐ近くにいる。王の前とて不安になることはない。それに王は寛大なお方だ。一般人が少し粗相をしたくらいで怒る方ではない」


グレスさんがそっと肩に触れて不安げな顔になっている紫の顔を覗きこんできた。

ゆっくり顔を上げると、鼻がくっつきそうなくらい近くにグレスさんの顔があった。

そしてグレスさんの顔がボンっと音がしそうなほど赤くなった。

それを見て思わず自分も顔が赤くなってしまった。

グレスさんはパッと離れたけれど、整った顔は近くで見ても精悍で格好良いですね。思わず心臓もバクバクしている。


「す、すまない」


片手で顔を隠しながらグレスさんが謝ってきたので「いえ」と照れながらも返事をする。

それをベルナルドさんはやれやれ、と腰に手を当てて見ていた。


今の一件で王様に会う緊張が消えてしまった。

あ、もしかして緊張をほぐしてくれるためにわざと?そうだとしたらグレスさん、何ていい人なんだろう。本当にこんないい人が元気になってくれて良かった。


「ところでユカリ、淑女の一般的な礼の仕方は分かりますか?」


え?何ですかそれ。


「いえ。全く」


思わず真顔で答えてしまった。


「そうですか…ではちょっと立ってください。そのまま、膝を折って中腰に。そうです」


ベルナルド先生の即席挨拶授業が始まった。

ヒールを履いたまま中腰になるって何これめっちゃ辛い。前のめりになってしまい、思わずグレスさんにしがみつく。


「っ…!」

「…すみません…」


しがみついて申し訳ないとは思うのだが、だからといってまっすぐしているのが難しい。


「片足どちらかを後ろに引くといいですよ」


そこで思い出した。そうか、カーテシーか!

ベルナルドさんのアドバイスを受けてドレスの中で片足を引き、やってみる。


「先ほどよりとても良くなりましたね。それなら問題ないでしょう」


良かった!付け焼刃なのは仕方ないが、それでも一応最低限の動作が出来れば許してくれるだろう。


「後はグレスの指示に従ってお辞儀をしてください」

「分かりました。グレスさん、よろしくお願いします」

「ああ。最初に王の手前まで歩く。そこまで俯き加減で歩いてくれ。止まったら今のお辞儀をする。その後は王の許可があるまで顔を上げないようにしてもらえれば大丈夫だ。後は俺が合図を出すので心配するな」

「はい。お願いします」


さっき消えた緊張がまた戻ってきてしまった。

ドキドキしている胸に手をあてていると、ドアをノックする音が聞こえた。

ベルナルドさんが「はい」と返事をするとドアが少し開き、「準備が整いましたらお越しください」と言ってすぐにドアは閉じられた。その姿は紫からは確認出来なかったが、おそらく従僕的な人だろう。


「では、行くか」


すっかり元の表情に戻ったグレスさんが腕を出してくれたのでそれに手を添える。


「はい」


そう言ってゆっくりと歩き出す。

ベルナルドさんもそうだったが、グレスさんも慣れないドレスでゆっくり歩いてる紫に歩調を合わせてくれた。


部屋から出るとすぐに大きな扉の前に着いた。

どうやらここが謁見するための部屋らしい。

思わずグレスさんに添えている手に力が入ってしまった。

するとグレスさんがこちらを見て「大丈夫だ」と言ってくれた。

やはりグレスさんは優しい人だな。


王様、どんな人だろう…。

ドアが音もなくゆっくりと開く。


女は度胸。行ってきます!

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