■29.覚悟していませんでした

今日は仕事が無く、山小屋でまったり過ごしている。

午前中はマイペースに家事をこなし少し遅めの昼食を先ほど食べ終えたところ。

昨日は三月最終日だというのに雪が降ったため、山小屋の周りは見事なまでの雪景色。

買い物に出かけようかと思ったけど、雪山を運転するのが少し怖かったので今日は大人しく家で過ごすことにした。

久し振りに革で何か作ろうかな、と地下への階段を降りたときだった。


コンコン


はい、きました。異世界の玄関ノック。

ちょうど聞こえる位置にいるときで良かった。地下にもインターホンつけようかな。


「はい、どなたですか?」


すると、聞いたことの無い声が聞こえてきた。


「アルベスク王国騎士団、黎明れいめい隊のエイブン・コンツ・サルケイと申します。レドナンド様の使いで参りました」


えっ、黎明隊!?黎明隊ってつまり…。

ドアを閉めたままでは失礼なのでゆっくりと開ける。

すると、レストランで教わった通り白地に青のラインが入った隊服を着ている男性が三人、馬と共に立っていた。


貴女あなたがユカリ・ムラサキさんですか?」

「はい、そうです」

「こちら、レドナンド様よりお預かりしてまいりました、手紙とプレゼントでございます。どうかお受け取りください」


そう言うと、先ほどドア越しで名乗ってくれたと思われるナイスミドルな男性が恭しく手紙を渡してくれた。


「お返事は不要とのことです」

「えっ…」


次の言葉を発する間もなく、後ろに控えている人のうち一人が、横幅30センチ、高さ20センチほどの箱を両手で持ち、近づいてきた。


「こちらがプレゼントでございます」


慌てて手紙をエプロンのポケットに入れ、両手で箱を受け取る。中身はそこまで重くない物のようだ。

お礼を手紙で伝えられないのが気にかかるが、そう伝えられているならこの人たちに何を言ってもおそらく無駄であろう。

取り敢えず判断するのは手紙を読んでから。その後気になることがあったらグレスさんかベルナルドさんに相談することにしよう、と決めた。


「ありがとうございます。確かに頂戴いたしました、とにお伝えください」

「かしこまりました。わたくしたちはこれで失礼させていただきます」

「はい。お気をつけてお戻りください。雪の中、ありがとうございました」

「それでは」


そう言うと三人は颯爽と馬に乗って帰っていった。

…ね。

ふぅ、とため息をついてから部屋に戻り、プレゼントを一旦机に置いてから地下室の鍵を閉め、ポケットに入っている手紙を気にしながら再びプレゼントを持って一階へ上がった。


リビングのソファーに座り、ゆっくり封筒を開封する。

すると、封筒の中から優しい花の香りがしてきた。何これおしゃれ。日本でも確かこんな文化があったな、と思い出す。しかし実践している人を初めてみた。


学生時代からメールが主な連絡手段となっているため、このように改めて手紙を貰うとメールとは異なるどきどき感があるな。

久実先輩から「写真を撮って送って」と言われたので、意表を突いて手紙で送るのもいいかもしれない。


癒し効果のある優しい香りを吸い込み、堪能してから手紙を開いた。

紙は白く綺麗な四角だが、星のような型押し模様がついていて可愛く、また肌触りも良い。上質な紙だということがこれだけで分かる。


『やっほー、ユカリ。元気にしてるかい?

 連絡するのが遅くなってごめんね。

 ちゃんと覚悟して待っててくれた?

 まさか忘れたりなんかしてないよね?そんなことないよね。

 だって僕、ちゃんと「覚悟して待っててね」って言ったもんね。


 ということで早速本題。

 今度の土曜日に先日のお礼をするから、朝八時にいつもユカリが使う城下町の入口に来てね。

 そこにベルナルドが迎えに行くことになってるよ。

 ああ、服装は普段着で大丈夫だからね。

 詳細はベルナルドに伝えておくから、彼の言うとおりにしておけば大丈夫だよ。


 あと、一緒に持たせた箱の中身はお菓子と紅茶だよ。

 これは僕個人からのお礼の品。返品不可!素直に受け取ってね♪

 紅茶は僕のお気に入りの銘柄。このお菓子に合うと思うんだ。

 どちらもユカリの口に合うといいなぁ。


 そうそう、王都で仕事を始めたって聞いたよ。

 このお菓子を食べて仕事の疲れを癒してね。


 それではまたね。

 土曜日に会えるのを楽しみにしているよ。

 

 君の親友、レドより』


はい、すっかり忘れてました。ごめんなさい。

覚悟…ねぇ。先ほど訪れた方たちは黎明隊の人。黎明隊は主に王家をお守りする人たち。そして要人の護衛なんかもすると教わった。

その彼らが『レドナンド様』と言った。

はぁ、とまたしてもため息が出た。なんとなく分かってはいたが。

やはりレドくんは王家の御子息だったということだろう。

そう、初めて異世界の皆さんが山小屋に来た時の帰り際、王子だ王子、と思っていたのが当たっていたということだ。


手紙をテーブルに置き、箱に手を伸ばす。箱は四面にストライプの可愛い模様が描かれている。

箱を膝の上に置き、蓋を持ち上げるように開けた。

中には透明の袋に可愛くラッピングされた色んな焼き菓子と茶葉が入っているであろう筒が二つ入っていた。


「わぁ」


思わず感嘆の声が漏れた。見ただけで頬が緩んでしまう!

先日ベルナルドさんの部屋でいただいた焼き菓子もすっごく美味しかったけど、ここにあるのも美味しそうだ。

悪くならないうちに食べなくては。


そこでふと思いついた。

レストランで使っている「おしぼり」が冷めないように入れておく箱。

あれは魔導具で、中の時間を止めていると聞いた。

あれ、私も欲しいな。時間を止められれば腐らせないで済むじゃない?

でも私はその箱を買うだけのお金が無い。

それなら作ることは出来ないだろうか。

時間魔法は覚えてないけどさ…。


一度箱から全てのお菓子と紅茶の筒を出し、箱を空にする。

箱は薄いベニヤのような板で出来ている。紙やダンボールでは無かったので、成功したら今後使い続けることができるだろう。

箱を持ち、作れるか想像してみる。すると、なんとなく気がした。

箱に蓋をかぶせた状態で両手に持つ。


「箱の中の時間よ止まれ~。お菓子を入れても腐らないようになぁれ。アブラカタブラ~ ふんぬっ」


お腹にふんっと力を入れてみたら、最後変な声が出た。誰も見てなくて良かったけど、一人でもちょっと恥ずかしくなった。

すると、箱が一瞬光に包まれた。白い光というよりは少し灰色っぽい、しかしどこか優しい光だった。

光が収まり、箱を見てみるが特に先ほどまでと違いが無かった。

果たして効果はついたのだろうか。


うーん、どこか変わった?と箱を凝視していると、持っている箱の横にいきなり文字が現れた。


――――――――――

【保存箱】

中に入れた物の時間が入れた状態で止まる

お菓子を入れておくのに適している

――――――――――


と書いてある。

何事?


あ、と気付いて登録カードを表示する。


――――――――――

名前:ユカリ ムラサキ

性別:女

年齢:26

職業:ベルベス亭 ホール担当(昼)

犯罪歴:

――――

所属隊:

役職:

――――

レベル:2

HP(体力):30/30

MP(魔力):545/600

力:13

魔導力:350

守備力:9

敏捷:11

運:7777

属性:土・水・火・風・雷・光・治癒・空間・時間

――――

スキル:想像力▼

    鑑定(物)

    魔導具作成(初心者)

特技:笑顔(誤魔化し能力向上)

――――

加護:最上級の幸運▼

   森の家に好かれし者▼

呪い:

――――

預金額を表示する▼

――――――――――


あ、レベルアップして2になってる。

いや、今見たいのはそこじゃない。

そして目的のものを見つけた。やっぱり!!

属性に「時間」が増えてる。意外とあっさり増えたな…。

しかし、今使った箱の中の時間を止める事以外どんな魔法があるのか想像がつかなかった。

今度図書館にでも行って調べてみようかな。図書館がどこにあるか分からないからそれも調べなくては。


そしてスキルには「鑑定(物)」の文字が。

今みたいに物を凝視すれば、どんな性能なのか見ることができるようになったようだ。

試しに他の物も鑑定してみよう。

そういえば、このいただいた紅茶はどんな紅茶なんだろう。

筒から茶葉の袋を取り出し、じっと見る。「これは何?」と思いながら。


――――――――――

【茶葉:スマルト茶】

レオラナ帝国産 

ミントのような爽やかな香り。後味がサッパリしている

――――――――――


おぉっ、見れた。そして「レオラナ帝国」って初めて聞く単語だけど、多分アルベスク王国にとって外国だよね。つまり輸入品だ。一般人でも輸入品が買える世界なのかはまだ分からないが、その中でもおそらく高級品だろう。

色違いで同じ形をしているもう一つの筒も開け、中から茶葉の袋を出してまた鑑定してみる。


――――――――――

【茶葉:ニュレア茶】

レオラナ帝国産

コクと甘みがあり、ミルクによく合う

――――――――――


やはりこれもレオラナ帝国産だ。紅茶の名産地なのだろうか。

タイプの全く異なる二種類の紅茶だ、すごく嬉しい。

嬉しいのにお礼がすぐに言えないのが気にかかるが、土曜に会いに行くし、その時にお礼を言おう。


鑑定のおかげでお菓子に合いそうな茶葉がどちらかなのか分かった。

うん、これはいいスキルだ。嬉しいな。


箱を改造した「保存箱」にお菓子を一旦全て戻す。

そしてお湯を沸かした。

折角色々頂いたので少し早いがティータイムにしよう。

焼き菓子は甘そうだから、おそらくスマルト茶が合うだろう。

楽しみだなぁ。

わくわくしながらお茶をいれ、優雅なティータイムを始める。


いれたての紅茶を一口啜り、鼻から抜ける香りを楽しむ。

本当だ、ちょっとだけミントみたいな清涼感がある。

イメージ的にウバ茶に近いかもしれない。


紅茶に合う素敵な茶器を集めてみたいなぁ。

コーヒーも紅茶もいつもマグカップだ。

今度東京に行ったらデパート覗いてみるか。


今度は箱から一つ焼き菓子を選び、袋から出す。

見た目はガレットのようで中に何かソースを入れるというのが流行っているのだろうか。今手にとっているのは先日ベルナルドさんの執務室で食べた焼き菓子と見た目が似ていた。

そして一口齧る。

外はサクサク、中からはマーマレードのような柑橘のソースがとろりと垂れてきた。

こぼしそうになり、おっと、と舐める。

うわぁ、これもまた美味しいーっ!

柑橘系ではあるんだけど、酸味や苦味は無かった。

甘い柑橘の香りに癒される。そして何より紅茶にすごく合う!

これどこで売ってるんだろう。お給料貰ったら自分でも買いに行きたいなぁ。


幸せな気分になりながら、登録カードに書いてあったもう一つの新しいスキルを考える。

「魔導具作成(初心者)」と書いてあったな。

この保存箱はやはり魔導具に入るのか。

魔導具って何かしらの宝石とか魔石とかないと作れないような気がしたのだが、作る際、なんとなく「これいける」って思っちゃったんだよね。


そう思いながら保存箱をよく見る。

はい、ついてました。小さいけど箱になにやら石が埋め込まれててました。何の石かは分からないけど、箱の側面部の中央にそれぞれ1つずつ、計4つの石がついていた。石の色は綺麗な紫色だ。角度によってはピンク色にも見える。

ポイっとゴミ箱いきしなくて良かった。本当によかった。

いや、箱自体に柄がついていて可愛いからすぐに捨てるということは無いだろうが。

箱に埋め込まれ、フラットに仕上げられているので普通に箱の柄かと思った。危なかった…。

今更ながら、贅沢な作りの箱だな。何の魔法の特色もつけずにただの飾りとしてこの石は使われていたのだろうか。


暫くうーん…と考えていたが、埒が明かないので考える事を放棄した。

Webで検索して分かることなら検索するんだけどね。

とにかく、新しいスキルが二つも増えてしまったが、便利なのでまぁいっか、とこれ以上色々と考えることをやめた。切り替え大事。うん。

それより手紙の方だよね。


次の土曜日か。さすがレドくん、王族だな、と思った。こちらの都合を何も聞かずに日時を指定してくるあたり。

王政ではない日本で生まれ育った自分には少し考えてしまうところがあるが、おそらくそれがアルベスク王国では普通なのだろう。

いや、王族に呼び出されるなんて一般人にはまず無いだろうが。

仕事が休みの日なのは調べたがのか、たまたまなのか。

これといって予定を入れてる日じゃなくて良かった。

一日ずれてたらミンシアの家で女子会の日と重なるところだったし。


特に準備しておくことも無さそうだし、当日まで気にするだけ無駄だと思い、そちらも気にするのをやめた。

リビングの壁掛けカレンダーに「朝8時、タッチ&ゴー」とだけ書いておく。


紅茶も飲み終わり、今度こそ革を眺めるぞと地下へ向った。

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