■28.天下人ではありません
2019/2/17 誤字修正
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ただいま、ベルナルドさんの執務室にて焼き菓子を美味しくいただいております。
紅茶をおかわりしました。
ベルボーイらしき少年は話の途中だからか呼ばず、空になったのに気付いたベルナルドさんがいれてくださいました。
侯爵家の御子息であらせられるベルナルドさんに給仕してもらうとか、私何様ですかね。
でもここは彼の部屋なので大人しく給仕していただきました。ありがたやぁ。
「ところで、私の方から質問させていただいてもよろしいですか?」
ベルナルドさんがニコニコしたまま問いかけてきた。
「はい、なんでしょう?」
「あの家にはいつから住んでいるのですか?初めてお伺いしたとき、新しい家具の香りなどがしたものですから。それにあそこに家が建っているという情報は聞いたことが無かったもので、少し気になったんです」
「え、あそこの家はだいぶ前から建っていたと思いますよ?私が引越したのは皆さんが初めていらっしゃった一週間前ですが…前に住んでた方が亡くなったので、私が住むことになったんです」
日本での物件屋さんのことは話せないから、ここはちょっと嘘と本当を混ぜさせてもらおう。
「それは、ユカリが受け継いだということでしょうか」
「そんな感じですね。同郷の方が元々住んでいたので」
「ということは、あの結界は元々あったんですか?」
「はい。と言いますか、ベルナルドさんから聞くまで結界が張ってある事に気付いてませんでした」
ベルナルドさんは少し俯き、真剣な表情をしている。何か考え事をしているようだ。
次の言葉を紅茶を啜りながら待つ。
鳴け聞こう 我が領分の ホトトギス
否、イメージ違うな。
鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス
私はそんな事いえるほど偉くないし辛抱強くもないので却下。
質問は ゆっくり待とう ホトトギス -ユカリオリジナル
うん、これでいこう。
あれ、ホトトギスの意味ないな。まぁいいか。
脳内が暇になってしまったので思わず天下人のような句を作ってしまった。
紫の脳内がおかしなことになっている間も真剣な表情をしていたベルナルさんがようやく続きを話し始めた。
「あの家には、もしかしたら隠蔽的な魔法がかかっているかもしれません。初めて訪れた際、何か魔法の膜を
つまり家に違法な魔法を使っているということだろうか。
背中を嫌な汗が流れる。
「そ、それってつまりどういうことでしょう?もしかして何かいけない事だったのでしょうか」
「家に魔法がかかっていること自体は問題ありません。ユカリに関係がある事とすれば…あそこは我が王国領内なので役所での登録が必要、ということですね」
ユカリが不安そうに問うと、俯いてた顔を上げ、いつも通りの柔らかい表情で答えてくれた。
「それでしたらベルベス亭で働き始める前に行きました。郵便を使うのに住所が分からなかったので…」
「引越して来た日の報告もしましたか?」
「はい」
「それでしたら今後は問題無いですね。地図にも記載されることになります。今まで報告が無かったことについても、当人が亡くなっているようなのでおそらく不問となるでしょう」
「あの、税金的なものとかは…」
「それは今後知らせが届くかと思いますが、場所が場所ですし殆ど無いはずですよ。あそこは領主もおらず、国の管轄というだけの場所ですしね」
「そうですか。良かった…」
それを聞いてほっとした。
折角まったり週3~4日で過ごそうと思っていたのに、こちらの世界の税金が払えずに日本で働いていた時のような労働時間にしなくちゃいけないかと思ったのだ。
それに今すぐ払えといわれてもまだ無一文。ベルベス亭のオーナーに前借することになる。
「俺も質問してもいいか?」
グレスさんが静かに口を開いた。
「はい、答えられる内容でしたら」
「俺の怪我を癒してくれた時の呪文…あれは誰かから教わったものなのか?あの日はじめて治癒術を使ったと聞いたのだが」
「うーん、教わった、と言いますか…」
あれは何て言ったらいいんだろう…。
「あれは、小さい頃に使っていたおまじないなんです」
「おまじない?」
「はい。私の生まれ育った場所で子どもが怪我とかしたときに使うおまじないです。魔力が無くても、何故かお母さんとかにあの呪文を唱えてもらうと痛いのが無くなるんです。実際魔法として発動したらあんなに効くとは思わなかったのですけど、結果的に治せてよかったです」
「そうか。あの時は本当に助かった。ありがとう」
「はい、私もグレスさんが元気になられて嬉しいです」
本当に、あの時に治癒術が使えてよかった。
今、目の前で元気そうにしているグレスさんを見て、心からそう思った。
「ユカリの故郷には面白い風習があるようですね。どちらの出身なのですか?」
キターッ。一番回答に困る質問。どうしよう。どう答えよう。
そこでハッと思い出す。
そうだ、数ある小説の世界で異世界トリップした物語の主人公たちは皆口をそろえてこう言っていた。
「東の端にある小さな島国です。周りを海に囲まれています。とても小さな島国なのでご存知ないと思います」
こう言っておくと大抵の物語では…
「ああ、確かに東の国はユカリのような黒目黒髪に近い者が多いと聞いたことがある。あの辺りか」
はい、グレスさんグッジョブです。
なんという幸運。物語の主人公の皆様、本当にありがとう。
あとはニコニコと笑っておく。奥義、笑って誤魔化せ。
今日は仕事あがりでお邪魔させてもらったため、ここで帰宅させてもらうことにした。
部屋を出る前、ベルナルドさんに夕飯はどうしますか?と聞かれた。
実は今日というか昨晩、少し下ごしらえをしておいた料理がある。一人暮らしなのでへたすると腐らせてしまう心配がある。まぁそれは多分大丈夫なんだけど、異世界のお金を持ってないし、かといって奢ってもらうわけにもいかない。
そのため、家に支度があるので、というのを理由に断らせてもらった。
帰りも馬車で検問所の入口まで送ってくれることになった。
タッチ&ゴーはしないとね。
帰り道はベルナルドさんが同行。
ベルナルドさんは隣ではなく向い側に座った。この綺麗なお顔もだいぶ見慣れてきた気がする。
馬車がゆっくりと動き始めたので、先ほどグレスさんに聞きそびれた大事な大事なアレのことを聞いて見る。
「ベルナルドさん、質問してもいいですか?」
「なんでしょうか」
「騎士様で、女性の方はいらっしゃらないのですか?今のところお見かけしたことは無いのですが、少し気になりまして」
「女性の騎士ですか?各隊に数名いますね。それがどうかしましたか?」
やったー!やっぱりいるんだ。
男装の麗人。
きっと凛々しくて見目麗しいんでしょうね。妄想が止まりません。
「いえ、まだお見かけしたことがなかったもので、ただの興味本位です。でも女性で騎士様かぁ。すごいですねぇ」
「そうですね。王妃様や姫様付きの黎明隊員は特に女性が多いですね。」
ああ、なるほど。男性には見られたくなかったり入られたくないような場所だってあるだろうけど、それでも護衛は必要だろう。
「王国魔術師団には騎士よりもっと沢山の女性が働いてますよ。魔術師団の方が間口も広いですしね。騎士は騎士学校を卒業しないといけませんが、魔術師は能力さえあればいつでも入団可能ですから。試験などはもちろんありますが」
「えっ、そうなんですか」
「もしかして、魔術師団に興味が湧きました?」
「うーん…私は週三日くらい働いて、あとは家でやりたいことがあるので、そういう堅苦しそうな場所はちょっと遠慮したいですね」
「そうですか。それを聞いて安心しました。ユカリほどの能力者が魔術師団に入ったら間違いなく戦闘の遠征に駆り出されるでしょうからね。回復要員としてでしょうけど、それでも安全な場所にずっといられるわけではないですから」
ヒェ。間違えても魔術師団を最初に希望しなくて良かった。
「戦闘の遠征はできればあまり行きたくないです。あ、でも私、治癒師としても登録したからそのうち呼ばれるんですよね?確か能力を見定める目的もあるとか何とかおっしゃっていたような気が」
「はい、すみません。なるべく私達も同行できるようにしますので、その際には申し訳ないのですがご協力をお願いします」
「分かりました。でもなるべく怖くない場所でお願いしますね?」
「善処させていただきます」
そう言ってベルナルドさんはフフッと笑った。
男性なのになんでこんなに色っぽいんだ。
検問所近くまでくると馬車は停まり、ベルナルドさんが手を引いて降ろしてくれた。
今度こそ、馬車の御者席にいる二人にお礼が言えた。良かった。
そのまま検問所までベルナルドさんにエスコートされ歩く。
もうすっかり夜なので、検問所の周りにはあまり人がいなくて良かった。
ベルナルドさんにエスコートされているところを女性に見られたらあらぬ噂が立ってしまいそうで怖い。
「それでは、森まで気をつけてください。今日はお話くださって本当にありがとうございました。また何かあったらいつでも私達のところに来て下さいね」
「はい、こちらこそお時間を取っていただきまして、ありがとうございました」
そう言ってお辞儀をすると、頭をなでなでされた。
だからベルナルドさん、それ成人女性にすることじゃないですってば…。
でも嫌ではないので振り払えない私も私だ。
恥ずかしいのを誤魔化すように、「それでは」と言ってタッチ&ゴーの元へ向った。
門を出て、雪に覆われた道を滑らないように気をつけながらゆっくりと歩く。
途中の分岐地点、森へと続く方向の道は私以外誰も行かない道だからか、雪で30センチほど埋まっていた。
うーん、これは歩きづらいな。どうしよう。除雪車でもあればいいんだけど…あっ!もしかして除雪魔法とか無いかな?熱を加えれば普通に雪は溶けるよね。でも水が残ると凍って危ないからちゃんと乾いた道。
想像してしまえば後は早い。
進行方向へ向って手を伸ばし、綺麗な道をイメージする、
「横幅1メートル 森の入口まで除雪」
そう言うと瞬く間に雪は溶け、森へ向って雪のない一本道が姿を現した。
道は乾いていて滑る心配も無さそうだ。よっしゃ。チート万歳!
その後は楽々と森の入口まで歩き、例の如くサーチで周りを確認してから家までいっきにワープする。
食事と入浴を済ませ、リビングでテレビをぼーっと見ながら温かいワインを飲む。
明日私はお休みだ。
久し振りにゆっくり過ごそう。
いい感じに酔いが回ってきたので部屋に行き、抗うことなく眠りについた。
なんだかすごく長い一日だったな、そう思いながら。
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