■27.甘い誘惑(ダイエットは明日から)

2019/2/16 誤字修正

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グレスさんに続いて階段を上り、三階に到着。

最近山小屋生活で階段を地下から二階まで上ったりしてる成果か、そこまで息切れしなかった。

山小屋の下見のときより確実に体力ついてきた気がする。ウェイトレスとして働いているのも関係しているだろうか。


三階の廊下はちらりと見えた一階より確実にドアのある間隔が広い。

それだけ1部屋が広いということなんだろう。

同じ階にグレスさんの上司でもある隊長さんの部屋もあるらしい。


ひゃぁ、なんかドキドキする。どんな人なんだろう。

隊長さんというくらいだから、グレスさんみたいにガッシリしてるのかな?魔物の相手を主としている隊だから、やっぱり寡黙で背中で語るタイプかしら。


そんなことを想像していると、グレスさんは一つのドアの前で立ち止まりノックをした。

すると、中からは既に聞きなれた部屋の主の声が聞こえてきた。

グレスさんがドアを開け、私を誘導するので先に中に入らせてもらう。

中に入るとすぐにベルナルドさんが迎えてくれた。


「ユカリ、お疲れ様でした。道中問題ありませんでしたか?」

「はい、ありがとうございます。立派な馬車に乗れてちょっとした観光気分を味わえました。それに、グレスさんから色んなお話が聞けて楽しかったです」

「そうですか、それは良かったです。どうぞお座りください」


そう言うと、三人掛けのソファへ座るように促された。

ベルナルドさんは何かのボタンらしき物を押してから一人がけのソファへ座った。グレスさんも空いているもう一つの一人がけソファへ座ったので、私はソファの真ん中に座ることにした。

するとドアがノックされ、ティーカートお押しながら若い男性、というか男の子が入ってきた。

隊服を着ているので、おそらくまだ新人の子だろう。制服の色は水色に白のラインだった。

隊服というより、ホテルのボーイっぽい制服。

彼は三人分のお茶を綺麗にテーブルに置き、最後に焼き菓子の乗ったお皿を真ん中に置くとお辞儀をし、そのまま部屋から出て行った。

所作が綺麗だったから、貴族出身の子なのかな?


「この焼き菓子はとても美味しいですよ。良かったら食べてくださいね」

「ありがとうございます、いただきます」


中央にある皿から一つ焼き菓子を手に取りそのまま口へ運ぶと、口の中は甘酸っぱいベリーの香りと味で満たされた。外はサクサク、中はトロリとしたベリーソース。

何これ美味しい!これは紅茶に合うわ、と紅茶を一口啜った。

幸せ。仕事後にこの糖度はたまらん。温かい紅茶も身体に染み渡るよう。

先ほどレストランでも試作のデザートを食べたけど、あれはパウンドケーキ系のデザートだった。

一見ガレットのように見えるこの焼き菓子は全然タイプの違う美味しさだ。


(ガレットといっても、クレープのような薄い生地に包まれている料理の方ではなく、ビスケットのような形の方のガレットね)


「さてユカリ、早速ですが本題といきましょうか。お話をしたい事があるとのことでしたが…」

「…ゆっくり食べてからで構わん。焦るな」


二人は目を逸らして微かに笑っている。

口をもぐもぐしながら赤面してしまった。あまりの美味しさに口の中に入れすぎた。恥ずかしい。

口の中が空になり、紅茶を一口飲んで恥ずかしい気持ちを落ち着かせた。


ところでこのお菓子ってアレですかね?『かつ丼食べたら全て吐け』的なやつだったんですかね。

元々しゃべる予定だけど。全部洗いざらいじゃないけどね。そしてもう1つ食べたい。けど恥ずかしいから我慢我慢…うん、我慢。


「すみません、美味しくてつい夢中になってしまいました」

「いえ、そこまで喜んでいただけたなら良かったです」


ベルナルドさんはまだ微かに笑っている。

軽く咳払いをし、姿勢を正す。


「今日お二人に聞いていただきたいのは、私の使える魔法についてなんです」


そういうと二人ともこちらをじっと見て、何も言わずに先を促しているようだった。


「ベルナルドさんは一緒に魔術師の棟に行っていただいたので、私の使える属性がほぼ分かっているとは思いますが」


そう言って魔術師登録カードを取り出し、呈示項目からチェックを一つ増やした。

チェックを増やしたのは属性の項目。

そして二人に見えるようにカードを向けた。

二人は驚いたようにカードを見ている。

____________________

名前:ユカリ ムラサキ

性別:女

年齢:26

職業:ベルベス亭 ホール担当(昼)

犯罪歴:

-------------

属性:土・水・火・風・雷・光・治癒・空間

____________________


「「26歳!?」」


二人の声が重なった。

そこかよっ!!

思わずジト目になったのは許してほしい。


「…そうですが、見ていただきたいのはそこでは無いのですが」

「し、失礼しました。女性の年齢に触れるなど」

「すまない…」

「いえ…因みにお二人は私を何歳だと思っていたのですか」

「そうですね、初めてお会いしたときの第一印象は十代半ばかと。その後の言動から成人しているだろうということは分かったので十代後半だと思っていました。すみません」

「あ、あぁ。俺も大体そのくらいかと」


ティーンに思われてたぁ。それなら頭なでなでとかぽんとかしたくなっちゃうのも仕方ないのかな?いや、でも成人してるって分かってる女性になでなではダメでしょ。それを受け入れちゃってた私はもっとダメでしょ…。

思わずため息が出てしまった。


「すみません、童顔なのは私の民族的特長と思っていただけたらと。私の生まれ育った場所の中でも私は童顔の方でしたので、そこまで気にしません。そこまでは…」


俯きかげんで少しだけだけど傷ついてますアピールは忘れない。

自分がなでなでを受け入れてしまっている件は棚に上げておく。


「今日お話したいのは私の属性と使える魔法についてです」


気を取り直して二人を見る。


「ベルナルドから報告を受けたから属性について大体は把握している。報告になかったのは土くらいか」

「そうですね、言い訳になりますが、あまりにもカラフルでしたので見逃したようです」


属性の色について、私の持っている属性だけ教えてもらった。

他にも属性は色々あるそうだが、覚えられそうにないのでいいです、と断った。


土:オレンジ

水:青

火:赤

風:緑

雷:紫

光:黄

治癒:白

空間:銀


赤と黄色の属性があるから混じってしまうとオレンジ色になるため、分かりづらかったらしい。

ベルナルドさんが分からなかったのは土だけ、と言うことは、空間魔法が使えることは分かっていたのか。

それなら話しやすい。


「それなら、先日カードを作った時点で私が空間魔法が使えることを、ベルナルドさんは分かっていたんですね」

「ええ、そうですね。ということは分かりました」

「適正?」

「ひとえに空間魔法といっても色んな魔法がありますし、適正があるだけで使用したことの有無まではさすがに分かりません」

「あぁ、なるほど」


うーん、と紫は考える。


「因みに、その適正は増えることってあるんですか?」

「ありますよ。まぁ滅多に聞きませんが。以前、水属性しか持っていなかった者が魔術で雨雲を集めていたところ、雷雨が発生し気付いたら雷属性が付与されていた、というのを聞いたことがあります。その話を聞いた他の水属性保持者が同じことをやったそうですが、付与された者は他にはいなかったということなので、たまたまだったのかもしれないですが」

「ああ、俺も聞いたことあるな。元々魔術の素質が無く、属性が空欄だったのに気がついたら土属性が付与されていた、と」

「そうなんですか…ありがとうございます」


紫はスキル「想像力」を持っている。

もしかして、ここに表示されていない属性も「想像」して発動することにより、増えるのかもしれない。

今考えても仕方ないことなので、とりあえずそのことは一旦置いておこう。


「話は戻るのですが、その空間魔法で私は『ワープ』という魔法を使えます」

「その『ワープ』とは『空間魔法』のことをさしている、という認識でよろしいですか?」

「空間移動…はい、それです。私はワープと呼んでますが」

「やはりそうでしたか。登録カードを作った翌日、あなたを見かけたという報告を受けたので、もしかしたらと思っていました。あなたの家に馬はいませんでしたし、歩いて来たにしては軽装だったようですから」


あれ、バレてる。

騎士の情報網はさすがだな。


「それに今日も出勤してましたしね。流石に雪の日に森の中を歩くのは、訓練されている私たち騎士にだって簡単ではありませんからね」


ああ、なるほど。アルティも驚いていたな、と思い出す。アルティは私が森の中に住んでいるのは知らないけど。

そして騎士様たち、『簡単ではない』けどおそらく『難しくもない』のでしょうね。ベルナルドさんの言い方的にそんなニュアンスを感じ取った。


「その『ワープ』という魔法の移動距離はどのくらいなんだ?」


黙って話しを聞いていたグレスさんが顎に手を当てながら質問してきた。


「うーん、今のところ最長で城壁のすぐ傍から家までですね」


城壁のからとは言えない。

けれど嘘も言っていない。


「そうか。しかし、今日も城下町の検問所は通ったと聞いたのだが、その手前までワープしてきた、ということか?」

「はい。今日に限らず城下町に来るときはそうですね。場所を想像すればその場所まで一瞬で行けます。私の場合、この魔法はあまり知られたくないので森の出口付近までワープして、帰りも森の入口を入って少ししてからワープするようにしてます」

「検問所の目の前にいきなり魔術師が現れたら、兵士や一般人が驚いて騒ぎになりかねんしな。賢明な判断だ」


私とグレスさんが話しをしているのを聞いていたベルナルドさんが、なにやらちょっと楽しげに口角を上げ質問してきた。


「ユカリがその魔法、『ワープ』を知られたくないのは何故です?」

「前に城壁に手をついて発動したら、城壁を飛び越えられちゃったんです。これってちょっとした窃盗とか犯罪に使えてしまう、って気付いた瞬間から怖くなりまして。使いようによっては家宅侵入とかし放題ですからね」

「それでも使うんですね」

「あの家からこの街まで来るのが一苦労で。今日みたいな雪の日なんかは特に」


思わずほっぺを指で掻きながらハハハと笑ってしまった。


「そうですか、分かりました。ありがとうございます。ユカリが良識のある魔術師でよかったです」

「ああ、そうだな」


そう言いながらグレスさんがお茶を一口啜ると、うーんと唸った。するとベルナルドさんがグレスさんをちらりと見て問いかけた。


「どうしました?」

「いや、これだけの魔術が使えるならレストランではなくてそれこそ他の魔女のように森の恵からアイテムを作って売ったりという仕事もあったんじゃないかと思ってな」


え、何それアイテム作りとか楽しそう!でもそれだと…


「それだとほぼ家に引き篭もって寂しいじゃないですか」


確かに山小屋に引越しした。引き篭もって革製品でも作って売ろうかななんて思ったりもしていた。だがそれは日本に住んでいればの話だ。

人の多い場所で働けば久実先輩のような気心の知れた友達ができるかもしれない。

そもそもアイテム作りというのを思いつかなかったというのもあるのだが。


「王都で友達も作りたいですし、帰りにお買い物してから帰宅とかも憧れてたんです」


ウィンドウショッピング。東京ではよくやってたけど、異世界でやるのはまた一味違う。

売ってるものだって全然違うのだから。

それに引き篭もってしまえば異世界の常識がいつまで経っても覚えられ無さそうだ。

異世界の常識を覚えなければ、異世界を存分に堪能することはできないだろう。

ちょっとした非常識の為に捕まったりしたら洒落にならない。 


これは二人には言えないが、ガルロスさんにレストランでの仕事を勧められた時、学生時代に都内でウェイトレスとしてアルバイトをしていてた事もあるから、日本と異世界の違いを比較しやすくて楽しそうだなとも思った。


「それに、混んでない時ならコックさん達に料理を伝授してもらえるかな、っていう下心もありますし」


これはいざ働いてみてから気付いたこと。

お客さんが少ない時間、コックさんが休んでいたので少しお料理のことを聞いてみたら、材料から作り方まで色々と教えてくれたのだ。

この世界の人たちならおそらく何も感じないような普通のことなんだろうけど、自分にとってはとても新鮮なことが多くて面白かった。


「ああなるほど、そういうことか」

「ユカリらしい可愛らしい考えですね」


ふたりが温かい視線を送ってくる。馬鹿にされている視線ではないんだけど、なんとなく恥ずかしく感じるのは何故だ。


「つ、つまりですね、今日私がお話したかったのは、魔物が出ているようですけどワープで帰ってるので大丈夫ですよ、ということをお伝えしたかったんです。グレスさんやベルナルドさん、それにサムルさんやアルゼンさんに心配を掛けたくなくて」

「それで私たちに話してくれる気になったんですね。嬉しいです。ありがとうございます」

「そうか、気を遣わせたな。だが話してくれて感謝する」


二人の笑顔が優しすぎて、どこを見ていいのか分からなくなり、思わず俯いて「はい」と答えた。

なに初心うぶな反応してるんだって思いますか?

タイプの違う特上のイケメン二人を前にしてこんな極上スマイルいただいたら、どうしたらいいか分からなくなるんですよ。


取り敢えず私は話したかったことが無事に伝え終われてスッキリした。

そしてまた焼き菓子を口に入れる。

これ本当に美味しいなぁ。

直径5センチほどのガレットのような見た目。中にソースが入ってるけど、後から入れたのかなぁ?

魔法で入れてるとか言われたら私にはがつかないので作れない気がする。

この紅茶にもよく合うわ。

女子会に持って行くお菓子、こんな感じのを作ってみようかな。

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