■26.関係者以外立ち入り禁止区域に突入せよ!

18時半。私たちホールを担当昼の部の上がりの時間。

と言っても、日本ほど時間にきっちりしているわけではないので、その日の混み具合とかで若干前後するのは当たり前だったりもする。

正に本日も雪で足元が悪く、リキュカファを飲みにくるお客様以外はあまり来店されないので、いつもより早くに上がっていい旨をオーナーから伝達された。


女子更衣室でアルティ、ミンシアと共に着替えながらおしゃべりをする。

仕事から解放された後のこういった時間が特に楽しい。


「私は裏口出たら目の前が家だからいいとして、二人はちゃんと気をつけて帰ってよね。特にユカリは遠いんだから。転ばないように気をつけてね!」


オーナーの娘であるアルティはレストランの裏にある家に家族と住んでいる。


「うん、ありがとう。そういえばミンシアはどのあたりに住んでるの?」

「私はここから歩いて十分くらいかな。今日みたいに足元悪いともう少しかかるけど。それでも近い方ね。お泊り会は私の家でやるわよ!一人暮らしだから家族に気を使うなんてこともいらないし、何よりセキュリティのいい部屋なのよ」

「へぇ!それは楽しみだわ!」

「とは言っても、部屋の持ち主は叔父さんなんだけどね…。独り暮らしの条件として与えられた部屋なんだけど、高すぎて私には到底払えないお部屋だったのよ…」


ミンシアがハァ、とため息をつく。


「ミンシアの叔父様はとってもとっても姪っ子に過保護なのよ。それこそご両親以上にね。まぁ、叔父様はお金持ちなんだし、甘えられるところは堂々と甘えちゃえ!」


アルティがクスクス笑いながら教えてくれた。


「叔父といっても、そこまで年が離れてるわけじゃないんだけどね。まだ独身だから、彼女でも出来れば私への過保護はもう少し和らぐとは思うのよ」

「へぇ、その叔父様、ちょっと気になってきたわ」

「ユカリ、というか友達にはあまりオススメできないけどね。多分彼女が出来たら執着すごそう」


三人でプッ、と吹き出した。


「さて、じゃぁ帰ろっか」


アルティが更衣室を出る。


「あ、私はこのまま少し控え室か店内にいるわ。折角だからリキュカファ飲んでいようかなぁ」


紫がそう言うと、二人がん?と振り返り、アルティが心配そうに眉を寄せた。


「今止んでるけど、また雪が降ってくるかもしれないし、今日は暗いから早く帰ったほうがいいんじゃない?」

「あー、実はこのあと、グレスさんが迎えに来てくれることになってまして…」


ガシッ

二人に肩を捕まれた。怖い。だからお二人ともその笑顔は怖いですってば。目が笑ってないですってば!!


「んー?どういうことかしらぁ?」

「ミンシア怖いってば!うー…委細詳細…ってどっちも同じ意味か。詳しくはWebで!って通じないな!」

「ユカリぃ、意味の分からない言葉を連発して誤魔化そうったって無駄って分かってるよねぇ?」

「うーん…詳しくは話せないけど、暁隊のかたに報告したいことがあるのよ。そのことをさっき話ししたらグレスさんが迎えに来てくれるから待ってろって言われたの。だからキャッキャウフフな話ではないのよぉ!!」


二人の迫力に圧されて紫はちょっとだけ涙目になっている。


「ねぇミンシア、この後まだ時間大丈夫よねー?」

「ええアルティ。リキュカファを飲んでおしゃべりするくらいは時間あるわよ」


ウフフと二人が笑っている。


「…ご相伴にあずからせていただきます…」


がっくり項垂れる紫であった。


何だかんだ、リキュカファを店内で客として飲みながらまったりお話をするのは楽しかった。

気を利かせたコックが試作のデザートを持ってきてくれて喜んでいたら、しっかり感想票も置かれていた。

そりゃそうか。


感想票も細かく書き終わり、リキュカファも飲み終わったところで丁度グレスさんが店内に入ってきた。

ウェイターの案内を断り、まっすぐこちらに向かってくる。


「すまない、待たせたか?」

「いいえ、皆とおしゃべりしていたので全然」

「そうか、それなら良かった」


グレスさんがふわっと笑った。

その笑顔に鼻血噴くかと思いましたよ!

そう思って横を見れば、アルティとミンシアは顔を真っ赤にして口が半開きになり、ポカンとしていた。

散々グレスさんのことを無表情だと言ってたもんね。

どうよ!グレスさんは全然無表情じゃないんですよ!と言いたいのを堪えた。

というかこんな反則的な笑顔は私も初めて見たので、きっとアルティたちと同じ表情だったんだろうな…。


「ちゃんと暖かい格好しているか?」

「はい。大丈夫です」

「よし、じゃぁ行くか」

「はい。アルティ、ミンシア、今日はありがとう!また今度ね!」


二人は口を半開きのまま、手をヒラヒラと振っていた。まだ放心しているようだ。

因みに、リキュカファのお勘定はお給料から引かれるからお会計はしない。


お店の外に出ると、目の前に二頭立ての箱馬車が留まっていた。

暗くてそこまでハッキリ色は分からないが、全体は漆喰のような赤と黒を混ぜた感じの落ち着いていて高級感のある色、そして縁取りは黒だと思われる。

馬車の側面部には何かの動物の顔…虎とかライオンとかそんな雰囲気…の紋章が描かれており、一目で立派な馬車だということが分かる。

御者席には暁団の制服を着た見知らぬ男性が二人座っており、一人がたずなを握っている。

自分の為にこの寒い中来てくれたのかと思うと申し訳ない気持ちが溢れてくる。


御者席の二人に会釈をし、グレスさんの手を借りて馬車に乗り込んだ。

中は対面で二人ずつ座れるようになっている。

細い人なら三人は横並びでいけるかも。

初めての馬車にちょっとワクワクしていると、隣にグレスさんが座った。

対面に座ると顔を向かい合わせる事になるので、隣に座ってくれて正直ほっとした。


「わざわざ迎えに来ていただいて、ありがとうございます。天候も良くないし急だったのでご迷惑をお掛けしてますね。すみません」


隣に座るグレスさんを少し見上げ、先制攻撃とばかりに謝った。

迎えに来てくれる、と聞いた時から申し訳ない気持ちがあったのだ。

狡いかもしれないが、先に言ってしまえば気持ちがスッキリする。


「いや、問題ない。近々こちらからも話を伺いに行こうかと思っていた。それが早まったに過ぎない」


そこまで言うとまたふっ、と優しく笑った。


「それにこんな天候、街の中では全く苦にもならない。気にするな」


その笑顔、プライスレス。

だから反則ですって。この距離だと本当に鼻血吹きそう。

悶絶しそうになるのを何とか堪え、顔に出さないようにする。

こういうとき、表情筋の少ない日本人で良かったと思ってしまう。

顔が赤くなっている自覚はあるが、気付かないふりをする。


「そう言っていただけると助かります。ありがとうございます」

「あぁ」

「ところで、お話はどこでするのでしょう?この馬車はどこに向かっているのですか?」


信頼しているグレスさんに連れられているので、変な所に連れていかれるという心配は無いのだが、行先が分からない不安があるため質問してみた。


「暁隊の隊舎だ。話は俺とベルナルドの二人で聞こうと思うが、いいか?」

「隊舎…分かりました、ありがとうございます。問題ありません、よろしくお願いします」


隊舎ってつまりアレでしょ?兵士さん達が寝泊りとかもするような軍の大事な場所だよね。

関係者以外立ち入り禁止で一般公開されないような場所。

うわぁ、ちょっとドキドキする。


「隊舎ということは、グレスさんはそこで寝泊りをしているんですか?」

「ああ、そうだな。騎士団に所属している殆どの者はそこで寝起きしている。まぁ俺やベルナルドもそうだが、王都に家がある者は非番の際には家に帰る者もいるがな。サムルは結婚しているから隊舎に部屋は無いが、既婚者用の仮眠室的な部屋もある」

「そうなんですか。そういう施設って行ったことがないのでちょっとワクワクします。未知の領域です」


そういうと、グレスさんの手が頭の上にぽん、と乗せられた。

はい、グレスさんの頭ぽんいただきましたー!あざまーっす!ご馳走様ですっ!!


さっきレストランで怒ってたように感じたのは気のせいだったのかな?

お昼時、レストランにいた時より纏う雰囲気が柔らかく感じてとほっとする。

今のグレスさんなら色々お話しやすそうだ。どうせなら、気になること色々聞いてしまおう。


「グレスさんは一人部屋なんですか?」

「ああ」

「皆さん一人部屋なんですか?」

「いや、小隊長以上が一人部屋だな。一般兵は基本二人から四人で一部屋だ」


ふむふむ。なんか想像通りだ。

若い兵士さんは同室で且つ同期の子と仲良くなったりライバルだったりとかしちゃうのかなー?うふふ。

あ、しまった。妄想してる場合じゃないわ。

えーっと、他に聞きたいことは


「この間魔術師の棟に行ったんですけど、その時は1階が事務的な場所だったんですが、隊舎もそんな感じですか?」

「いや、軍事施設である『騎士の棟』はまた別の建物だ」


やはりあるんですね、「騎士の棟」。「魔術師の棟」があるから多分あるんだろうなとは思っていましたが。


「ということは、今日はグレスさんかベルナルドさんのお部屋でお話、ということでしょうか?」

「部屋っちゃぁ部屋だが、執務室だな。中隊長以上の部屋には執務室が寝室の隣についているんだ。執務室の奥に寝室があるといえば分かるか?今日はベルナルドの執務室で話をしようと思っている」


うぉぉおお!まさに関係者以外立ち入り禁止区域!!

そして執務室といば…!


「秘書の方とかいらっしゃるんですかっ!?」


それはもうボンキュッボンの!!

ちょっと鼻息荒くなってしまった。


「秘書?補佐官のことか?補佐官なら隊長にはついてるな。俺たちにはついてないぞ」


どうやらボンキュッボンのメガネをかけたクールビューティー秘書はいないらしい。残念。

あ、でも隊長さんにはもしかしたら…。でも補佐官っていう響き的に男性ぽいなぁ。いや、男装令嬢という線も。それはそれでかなり有りだな。

寧ろ騎士さんの中に女性はいないのかな?街の中にいる明星隊の中では今のところ見かけたことが無いな。


「そ、その…ユカリは文官が好みなのか?」


文官って補佐官とか事務職とかが主で武官…つまり実際には戦わない職業の人のことだっけ?


「え?好みですか?うーん…よく分からないです」


見目麗しい人は観賞用としてどんな職業の方でも好みですよ、とは言えないしな。

寧ろ今は女性騎士がいるのかどうかが気になる。女性騎士は絶対大好物だと思うんです。


「そ、そうか」

「でも、そんな軍にとって重要な場所に私が入ってしまって大丈夫なんですか?」

「ああ、問題ない。見られて困るような機密事項なんかはそれこそ騎士の棟にしか無いしな」


ちょうどその時、馬車は目的地に到着したようだった。

しまった、女性騎士の有無を聞けなかった。

馬車のドアが開かれ、グレスさんが先に降りる。

グレスさんが手を差し伸べてくれたので、遠慮なく手を借りて降りた。


馬車を降りると、目の前には横広がりの三階建ての建物があった。隊舎とはいえ、お城の一部。屋根の色は見えないが、おそらくお城と統一された青色なんだろうな、と想像する。

華美な装飾は無いが柱一本にしても洗練されており、やぼったい雰囲気は全く無い。

入口には明星隊の兵士さんが立っていた。

暁隊の隊舎でもこうい場所の管轄は明星隊なんだね。


グレスさんはそのまま入口へと歩いて行った。置いてかれないようにしなくちゃ、と後をついていく。

あ、と思い振り返ったが、既に馬車がいなくなった後だった。

お礼、言いそびれてしまった。

また帰りにも同じ人かな?お礼、言えるといいな。


仕方ない、と諦めて前を向けば、私が足を止めていることに気付いたグレスさんが待っていてくれた。

すみません、と言ってグレスさんに駆け寄る。

さぁ、いざ禁断の立ち入り禁止区域へ突入です!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る