■25.ベルベス亭かしまし娘

ただいま絶賛暁隊の山小屋来訪メンバーがご来店中。

四人になんとかご挨拶を済まし、いそいそと厨房に戻ると極上の笑みを浮かべたアルティにつかまってしまった。


「ユカリ?どういうことかなー?後でゆーーーーっくりお話聞かせてもらおうかなぁ?」

「え、えっとぉ…」

「フフフ、ユカリ。今度の休み一緒だったよねぇ?前日の夜からお泊りとかもちろん大丈夫だよねぇぇえ?」


背後からの声に振り向くと、一見にこやかに見えるミンシアが立っていた。

しかし、その瞳には私に拒否権は無い、と書いてあった。


「ハ、ハイ、ヨロコンデ…」

「あ、お泊りいいね~。お泊り女子会やっちゃう?」

「やろうやろう♪カーティとルルアにも声掛けてみるね。カーティは夜にシフト入っちゃってないかな?確認しなくちゃ」

「あ、それなら今見てくるよ。二人の休みって確か次は6日だっけ?5日の夜にカーティ入ってなかった気がするけど、一応確認してくるね」

「そそ。よく覚えてるね」

「これでもこの店のオーナーの娘なのよ。皆のシフトを二週間から一ヶ月分くらいを、だいたいだけど覚えてるわよ?」

「「すごいね、それ」」


アルティの意外な特技を知り、私とミンシアは素直に驚く。

因みにカーティとルルアもウェイトレス仲間。カーティは夜の部にも働くことがある、初日に挨拶した先輩。


紫がオロオロしたり驚いたりしている間にも、お泊り会計画話は進んでいく。

何か色々と誤解されてそうだし怖いオーラがお二人から出ていたけど、こっちの世界で女子会が出来るなんて思っていなかったので少しずつ私もテンションが上がってきた。

折角だし、何かお菓子でも作って持っていこう。

詳細はまた後ほどアルティが伝えてくれるとのことで、その場は一旦解散。

それぞれの仕事に戻った。


いつの間にかアルティとミンシア二人で山小屋来訪メンバー4名様が注文した料理を運んでいた。

例の如く、二人の頭の上には音符マークが見えた気がした。

私が是が非でも運びたかったってわけじゃないからいいんだけどね。

私はまだまだ新人なので、お客様が去った後のテーブルの片付けがメインなんですよ。


呼ばれれば行くけどね?

寧ろ呼ばれたら店員としては行かなくちゃいけないんだけど。

でも呼ばなくたっていいじゃない…ベルナルドさん…。

幾つかのテーブルを片付け、整え終わってひといきつこうとしたところでベルナルドさんに呼ばれた。

アルティとミンシアがニヤニヤしているのが視界に入った。

その顔には「女子会が楽しみね」と明らかに書いてある。


「お待たせいたしました。お伺いいたします」


一応マニュアル通りの接客文句を言ってみる。

仕事中。私は仕事中。そう脳内で唱えながら。


「ユカリ、最近魔物が出ているという話は聞きましたか?」

「あ、はい。つい先ほどお客様から…」

「ユカリが住んでいる森とは反対方向ですが、ユカリも充分気をつけてください。帰りに護衛をつけましょうか?」

「い、いえ!大丈夫です。そんなお手間を取っていただかなくても…でもそうですね。そのことについて皆様にはご相談、というかご報告しておきたいことがあるのですけど…」


空間魔法。これは話すべきか迷ったけれど、こんな状況だ。

まだ数回しか会ったことの無い方たちだけど、信頼出来る人たちだと紫は確信している。

空間魔法で通勤していることを話しておくべきだと思った。

何よりこの人達を心配させないように。

グレスさんとベルナルドさんが目配せをした。


「…わかった。今日の仕事上がりの時間でいいか?俺が迎えに来る」

「は、はい…よろしくお願い致します」


グレスさんのお腹に響くような低音ボイスに腰が砕けそうになった。不意打ち怖い。


「ではユカリ、私たちはここで失礼します。可愛らしい同僚方にもよろしくお伝えください」

「…伝えておきます…あの、後輩の私が聞くのも何なんですが、皆様に失礼は無かったですか?」

「フフ、大丈夫ですよ。彼女たちはプロです。いつも完璧な給仕をしてくださいます。たまにわざとドジをしてこちらの気を引こうとするお嬢さんがいるお店もありますが、さすがベルベス亭ですね。しっかり教育されていて何ひとつ不自由も不愉快な思いもありません。料理はもちろん美味しいですし、ここは素敵な職人が集まっているレストランです」


まだ働き始めたばっかでも、お店を褒められてまるで自分が褒められたかのように嬉しくなった。


「ああ、本当に美味しかったです。ユカリ殿、慣れるまでは色々と大変だと思いますが、頑張ってくださいね」

「はい!サムルさん、ありがとうございます。また来てくださいね。お待ちしております!」

「ありがとう」


サムルさんは本当に素敵な方だ。慈愛が溢れ出ている気がする。


「ごちそうさまでした。ユカリさん、何か困ったことがあったらいつでも私達を頼ってくださいね。お仕事頑張ってください。私も近いうちまた来ますね」

「はい!アルゼンさん、ありがとうございます。楽しみにお待ちしております!」


アルゼンさんはにっこり笑ってそのままお会計の方に行った。


「ではユカリ、また後ほど。グレスが迎えに来ますので、仕事が終わったらお店で待っていてください。外は寒いですからね」

「分かりました。ベルナルドさん、今日は来てくださってありがとうございました」


お礼を言うとベルナルドさんがいつかのように頭を撫でた。

ひゃぁ、人前ではさすがに恥ずかしい。

(絶対これは耳まで顔が赤くなったよ…)


「…おい」


そう言ってグレスさんがベルナルドさんの手を払いのけてくれた。


「すみません、つい」


ニコニコしているベルナルドさん、おそらく確信犯。

私の反応を見て絶対楽しんでる。

グレスさんはハァ、とため息をついた。


「グレスさんも、今日はいらしてくれてありがとうございました」

「ああ、暖かい格好をして待っていてくれ」

「分かりました。お手数お掛け致しますが、よろしくお願い致します」


そう言うと軽く手をあげてお店を出て行った。

アルティとミンシアの「ご来店ありがとうございました」という声が聞こえた。

いつの間にかお会計をどちらかが対応していたらしい。ほかにもスタッフはいるのに抜かりないね、この二人。


二時過ぎ頃、小休憩を取っていると案の定アルティとミンシアがやって来た。今はちょうどお客さんも少なくなっているので一緒に休憩をしても問題ないと先にアルティに言われてしまった。うーん、やりよる。


「ユーカーリーちゃーん、すっごいすっごい聞きたいことがいーーーーっぱいあるんだけどぉ」

「アルティさん、怖い。目が怖いですっ!!」

「だってねぇーーー?なぁに!?さっきのベルナルド様の頭なでなで!!!!」

「ヒィィィイ!ミンシアさん、許してください!私は無罪です!!」

「あああ、そうだっ!ベルナルドさんから伝言があるんですよ、皆さんに!!」

「ベルナルド『さん』、ねぇ~。ふぅん?」


二人の目が本気で怖い…!思わず二人を「さん」付けしてしまった。

しかもベルナルドさんのこともうっかり「様」ではなく「さん」付けで言ってしまった。


「は、はい。『可愛らしい同僚方にもよろしくお伝えください』っておっしゃってました!それと、『ここは素敵な職人が集まっているレストランです』って」

「きゃー!何それ本当!?すっごく嬉しいんだけど!!!お父さんとお母さんにもすぐ伝えてくる!!」


アルティはバタバタと走り去った。


「そんな風に言っていただけるなんて、一生懸命働いている甲斐があるわぁ。すごく嬉しいね」

「はい、私もまだまだ新米ですけど、お店のことを褒められて自分のことのように嬉しいです」


さっきまでのギスギス?した雰囲気は霧散し、ほんわかとした空気に包まれた。


「じゃぁそれ、ノートに書いておいてね。皆に知らせなくちゃね!」

「はい。一言一句間違わずに書きたいと思います。忘れないうちに書かなくちゃ。今書いてもいいですか?」

「もちろんだよ。今いる他のスタッフも休憩に入ったらすぐ見れるしね」


余談ですが、この世界の文字は読めましたが、書けるのか少し不安でした。

三日前のナギィ様がご来店された日、ドキドキしながらノートに書き始めてみると頭では日本語を書いてるつもりなのに手はこの世界の文字を書いていてました。自分のことなのに自分でビックリ。

これも加護の1つ「森の家に好かれし者」の中にあった「言語能力付与」の恩恵だとすぐに気が付いた。

加護、ありがたやぁ。

この国の文字は見た目は象形文字ぽいというか、ぱっと見で全然覚えられそうにない文字なんだけど、組み合わせ的にはアルファベットに近いかな。大文字、小文字、母音子音と分かれています。文法は日本とほぼ変わらないようです。


さっき、二人には少々割愛した内容で伝えたので、今度は前後の会話含め有る程度詳しく書いていく。

どんな状況でどんな会話だったのか、ほかのスタッフに伝わりやすいように書くことを意識する。

もちろん、今日この後グレスさんに迎えに来てもらう云々は書かない。


「こんなカンジかな」


ふぅ、と一息入れて書き終わると、書き終えたばっかのノートをミンシアが読み始めた。


「あら、こんな会話してたの。ちょっと後輩、先輩のことを心配するなんて10年早いんじゃないかしらぁ?」

「ふふ、ごめんなさい。だって二人ともあまりにもはしゃいでいるように見えたもんだから、心配になっちゃうのも仕方ないでしょう?」

「まぁ、そうねぇ。今回は大目に見てあげましょう」


二人でクスクス笑いながら残りの休憩時間を楽しんだ。

主にミンシアの話。注文を受けに行ったとき、アルゼン様がどうのーとか声が素敵でとかそんな話を聞かされたが、ここは大人しく聞き専に徹することにした。


休憩が終わると、雪で足元が悪いせいもあってリキュカファを飲みに立ち寄るお客さん以外は殆どおらず、わりとゆっくりとした時間を過ごすことが出来た。

でも逆に時間が経つのが長く感じてしまった。忙しいほうがあっという間に時間が過ぎてくれるのに、とも思う。

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