■24.雪と暁

明日から四月だというのに今朝はとても冷え込んでいる。

布団から何とか這い出しカーテンを開けて窓の外を見れば、まさかの一面銀世界。

どうりで冷えるはず。

折角芽生え始めていた若葉の芽も雪に埋れてしまっていた。

ヒートテックの下着を着た上に「異世界の普段着」を着て、おかしなところが無いか鏡でチェック。

さすが日本製の下着。とても薄いのに本当に暖かい。


最後に丈の長いダッフルコートを着る。

先日、異世界のお店をウィンドウショッピングしていた際にダッフルコートを見かけた。この形なら日本でも買える!と、帰宅してすぐ同じようなデザインのダッフルコートをネットで注文しておいたのが役に立った。

時期的にちょうどセールだったのも嬉しかった。

いくらお金があってもセールって嬉しいものなんだな、とその時初めて気付いた。元OLの金銭感覚は抜けることは無いだろう。むしろ金銭感覚が狂わないように気をつけなくては。

ああ、でもそのうち地球の方で世界一周とかのクルーズとかは行ってみてもいいかもなぁ。それこそ金銭感覚狂っちゃいそうだけど。


さて、そんな妄想をしながらも支度を済ませていく。こんな雪の日でも今日はお仕事。

空間移動魔法が使えて本当に良かった。

こんな山から城下町まで雪道を歩くなんて都会育ちの私には無理無理。

すっかり慣れてきた魔法を使い、いつも通りに森の出口までワープ。

森の出口から城下町に入るための門まで歩いただけで既に足の指先が寒くなってきた。

ブーツの中に靴用カイロを仕込んできて良かったわ。

お店に着くとアルティが驚いた顔をしていた。


「おはよ、アルティ。驚いた顔してどうしたの?」

「お、おはよう、ユカリ。今日ユカリは来れないと思ってたからびっくりしちゃって。ユカリって確か住んでるの城下町じゃないって言ってなかったっけ?なんで来れたの?私、今日は来れないと思ってあなたの代わりに出ようと思ってたのよ。欠勤連絡まだ来てなかったからどうしたのかしらとは思っていたんだけど」

「あー、それはまぁ、ほら。雪なのが分かってかなり早くに家を出ておいたしね?結構大丈夫だったよ」


はい、嘘です。ワープでひとっとびだからです。

転移魔法が使えることはまだ誰にも言っていないので、誤魔化す。


「でも私の代わりに準備してくれててありがとう。すっごく嬉しいし助かるよ」

「まぁそこはほら、一応オーナーの娘だしね?たまには娘らしいことしておかないとね」


アルティがおどけて言うもんだから笑ってしまった。


「とりあえず他にも来れない人がいるかもしれないし、一応いつでも出れるように準備だけはしておくわ。こんな天気だと、逆に昼食時になるとお客さん増えるのよね。特に騎士様たちが温かい食べ物を求めてわんさか来るから、忙しくなるわよー」

「えぇ意外。こういう天気の日は逆にお客さん減るのかと思ってた」

「お店によっては雪のせいで朝の仕入れが難しくて臨時休業にするお店があるのよ。特に少人数経営のお店がそうね。そこに行けなかったお客さんがうちに来てくれるってわけ」


ふむふむ、なるほど。いつもは分散しているお客さんが開いてる店が減っているため、逆に開いてる店はそれぞれいつもより混むのか。


「あとは『リキュカファ』を飲みに立ち寄る人たちもいるかな」

「『リキュカファ』?」


アルティに知らないの?と軽く驚かれたが、「リキュカファ」について教えてくれた。

リキュカファとは、コーヒーで出来たリキュールをあたたかいミルクで割った飲み物。

そう、つまり「カルーアミルク」だ。所変われば名前も変わる。

しかし、紫の知っているものよりアルコール度数はかなり低かった。

アルコールアレルギーか、余程の下戸でも無い限り仕事に支障は無いであろう。

仕事を始める前にユカリも飲んでおきなー、と作り方を教えてくれるついでに一杯ご馳走になった。

確かに「お酒」という感じは全くしない。暖かいコーヒーミルクといった感じ。

レストランの中の掃除をしていると次第に体がぽかぽかとしてきた。こんな雪が降ってる日なのに、レストランの中では普段通りの服装で間に合いそうなほど体が温まった。


「お酒っていうカンジはしなかったのに、こんなにポカポカするなんて不思議」

「コーヒーのリキュールに少量だけど火属性の魔法が煉られてるのよ。これが不思議なことに、ただのコーヒーだと魔法が付与できないらしいのよね。リキュールになって初めてこの効果がつけられる、ってお父さんから聞いたことがあるわ」


なるほど、この温かさは魔法が煉りこまれてるからなのか、と既に「異世界不思議情報」に疑問を抱くでもなく、すんなりと受け入れる紫は大分順応性があるようだったが、本人は気付いていない。


お店が開くと早速数人の騎士様たちが「リキュカファ」を注文し、いっきに飲んでお仕事に向かわれた。

本当はお休みなのに、仕事に出る準備をしてくれてたアルティはランチタイムまではリキュカファ専属要員として裏方で作るほうに専念するとのこと。「後でお父さんにお小遣いねだろう~♪」と鼻歌まじりに言っていた。


ランチタイムになると、レストランは騎士様でいっぱいになった。

アルティの言っていた通りだ。

少しピークが過ぎた頃、テーブルを片付けていると背後からカラン、と店のドアが開く音がした。

ランチタイムまではリキュカファ作りに専念していたアルティが対応に向かった。


「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

「四人です」


返答の声に思わず振り向いてしまった。


「かしこまりました。ご案内いたします」


案内され、先頭に立っているのはベルナルドさん。先ほどの声はベルナルドさんの声だった。

そしてベルナルドさんの後ろにサムルさん、そしてアルゼンさん。

最後にドアから差す光をさえぎるように現れたのは、あの日、大怪我を負っていたグレスさんだった。


知らず手にしていた布巾を胸の位置で握り締めていた。

思わず駆け寄りたくなったところで自分が布巾を手にしていることを思い出す。

しまった、こちらは仕事中な上にまだテーブルの片付けも途中だった。

仕事はきちんとしなくては、と慌てて片付けの続きを始めるが、四人が気になって仕方ない。

やはり一言くらい声を掛けてもいいだろうか。知り合いだし…迷惑になることはないかな?

でも一瞬でも嫌そうな顔をされてしまったら立ち直れる気がしない。

悶々と考えながらも、使用済みの食器を厨房内の流し台に運ぶ。

するとアルティと、同じくウェイトレスのミンシアが声を落としつつも興奮気味に話をしていた。


「きゃーー!ベルナルド様に話しかけちゃった!この間いらしたときに私お休みだったから、お会いできなかったのよね。やっぱりベルナルド様は素敵ね~。今日休み予定だったのを返上しててアタリだったわ!」

「あぁ、その時は確かカーティとルルアが担当の日だったよね。でも女性が一緒だったって聞いたよ?」


ギクッ

まさに自分のことです、とは言えずに固まる。


「アルティはベルナルド様派なのね。私は断然アルゼン様派ね。彼は平民出身なのにあの若さで小隊長まで上り詰めた方なのよ!」

「ミンシアはアルゼン様派なの?ちょっと意外ね~。剣の腕で言えばアルゼン様よりグレス様の方が上でしょ?」

「それはそうだけど、何よりアルゼン様の普段の優しい雰囲気。柔らかそうな薄い茶色の髪。新緑のような爽やかな瞳!あの瞳の中に私を閉じ込めて!なんてっ!キャーっ!!」

「あぁ、それは分かるわぁ」

「それなのに剣技大会では炎の剣を巧に操るあの凛々しいお姿!あのギャップで射止められました」

「なるほどねぇ。サムル様だって妻子持ちとは言え、包容力のある大人の男の魅力を感じるわ。あの方に「お嬢さん」なんて言われたらきっととろけちゃうわ」


声が抑えられているとは言え、大興奮である。

ところで山小屋にいらした皆さん、大人気な方々だったんですね。

そして気になったので二人の会話に少し加わる。


「グレスさんは?彼も優しそうだし包容力ありそうよ?」

「あらユカリ。あなたもやっぱ興味あるのね。グレス様は確かに守ってくれそうな感じはあるけど、それは飽くまで『仕事上』って気がするわ。それにいつも無表情だし、私は少し怖いかな。剣術見るのが大好きなミンシアなら好きって言っても分かる気がしたんだけど」

「グレス様は、確かに剣技大会で遠くから見る分には大好物よ。でもアルティの言うとおり、近くに寄るのは少し怖いかなぁ。身体も大きいし、接客してて笑ってるところを見たこと無いわ。いつも無表情だから何を考えてらっしゃるのか分からないのよね。何か自分がやらかしたか心配になることもあるの。苦情言われたことが無いから大丈夫だとは思ってるけど」


二人揃って「無表情」と言う。

確かに山小屋でもあまり表情は変わらなかったけど、目を見て真摯にお礼を言ってくれた。

優しそうな人だと思ったのを思い出す。


「彼らのいる『暁隊』は騎士様たちの間で女性に人気が無い、なんて言われてるらしいけど、そんなこと無いんだよね。知ってる?中隊長のベルナルド様、小隊長のサムル様、アルゼン様を筆頭に、暁隊の創作物語が出てるほどなのよ」


とはミンシア情報。

所謂「薄い本」ですね。分かります。


「そもそも、日々私たちが魔獣や魔物を恐れずにこうやって平和に暮らせるのも、彼らのおかげなのよ。人気が無いなんて誰が言い出したのかな。絶対やっかみだよ」


アルティが少し怒った口調で言う。


「と、いうことでー…注文を誰が取りに行くか、じゃんけんね!」

「えっ」

「何よ、ユカリ。不満でもあるの?」

「そりゃそうよねぇ、ユカリ。さっき入口で出迎えたのアルティじゃない。次は私かユカリに譲ってもらうわよ!」

「えー!でもそっかぁ。仕方ない。そのかわり食事を届けるじゃんけんには参加するからね!」

「え、えーーっと…」

「はい、ユカリ!じゃんけんぽんっ!!」


条件反射でじゃんけんを出してしまった。


「やったぁ!注文聞きにいくのは私ね!」


そして負けました。

うーん、それなら仕方ない。いつまでもここにいるとシェフやコックさんたちに怒られそうなので、仕事に戻る。

ランチタイムのピークが過ぎたとはいえ、まだお客様はいるのだ。


余談ですが、この世界の「じゃんけん」は日本と同じ。

ただし、グーは「土魔法」、チョキは「水魔法」、パーは「火魔法」を現しているらしいが、勝ち負けの仕組みは日本と同じなので割愛する。


頭の周りに音符マークを飛ばしている幻が見えるほどルンルンとした雰囲気でミンシアが四人のテーブルに向かう後ろ姿を眺めながら、私は他のお客様に呼ばれたので、そちらへ向かう。

騎士様ではなく、常連のお客様だ。

今日で私が出勤するのは5回目だが、座学だった初日を除いて毎日会っているお客さん。


「ご注文をお伺い致します」

「食後にリキュカファを3つ頼むよ」

「畏まりました」

「ところでユカリちゃん、聞いた?最近街の近くで魔物が出たらしいよ。おっかないこった。ユカリちゃんも気をつけてな」

「えぇっ、そうなんですか?知りませんでした。ありがとうございます、気をつけます?どうやって気をつけたらいいんですか?」

「まぁ、城下町のここまで入るなんてこたぁ無いと思うがな、もし見かけたら逃げろ。建物の中に逃げ込め。後は街の外に出るとか、森に行くなんてことをしない事だな」


…街の外の森の中に住んでるんですが…


「そ…うですか…分かりました。ご丁寧にありがとうございます」


そう言ってお辞儀をすると、どや顔で「おうよ」と返事をされた。

注文されたリキュカファを3つお客様にお出しした後、さて、次はどのテーブルの片付けをするかな、と周りを見渡したところでグレスさんと目が合ってしまった。

マンガで言うなら「バチッ」という効果音が入ったことだろう。

挨拶をこちらから行かなかった後ろめたさが少しあり、一瞬固まってしまった。

するとこちらのことに気がついたベルナルドさんが手でおいでおいでとしている。

仕方ない、と腹を括り四人の席へ近づく。


「い…らっしゃいませ」

「そんなに緊張しないで、ユカリ。こんにちは。お仕事頑張っているようですね」

「はい、ありがとうございます。ベルナルド様、グレス様、サムル様、アルゼン様、こちらからご挨拶に伺わず申し訳ございませんでした」


ドキドキしながら謝る。

顔を上げてみると、グレスさんの眉間にシワが寄り、グヌヌヌヌという効果音がつきそうな顔をしている。

ヒィィィ…怖い、怖いです。グレスさん、その表情怖いです。

ちょっと半べそになる。

アルティとミンシアに、グレスさん無表情じゃないよ、怖い顔もするよ、と言いたくなった。

更に横を見れば、サムルさんとアルゼンさんは少し悲しそうな表情になっている。

助けを求めるようにベルナルドさんを見ると、極上の笑みだった。一瞬ほっとした自分が間違いだった。


「『様』?ユカリ、いつものように呼んでいいんですよ。そんな他人行儀されちゃうと私たちみんな泣いちゃいますよ?ほら、先日のように呼んでください」


ひぃぃぃ…極上の笑みの下でベルナルドさん怒ってるぅぅぅぅ。目の奥が笑ってないんだけどぉぉぉぉ。

なんとなく周りの人たちが聞き耳を立てている気がする。自意識過剰でしょうか。いや、私じゃなくてこの四人の会話が聞きたいんだよね。うん。分かるけど今は遠慮して欲しい。


「で、でも今は仕事中なのでっ」

「ユカリがここで働いてると聞いて皆で来たんですよ。仕事の邪魔するつもりはありませんが、他人行儀だけはしないでもらいたいです。ほら、グレスなんて泣く寸前ですよコレ」


クスクス笑いながらグレスさんを指さす。

グレスさんを見れば、眉間のシワがますます増えている。

これ、怒ってる表情じゃないんですかぁ!?むしろこちらが泣きそうです。


「…あ、あの…グレス…さ…ん」

「…ああ…」

「お、お久し振りです」

「…ああ…」


これ絶対怒ってるってぇぇぇえ!!


「ベルナルドさ…んとは、先日お会いして色々とお世話になったのですが、サムルさんもアルゼンさんもお久し振りです。皆さんお元気そうで良かったです。そしてわざわざ会いにきて下さってありがとうございます」


するとようやくサムルさんとアルゼンさんが嬉しそうな表情になった。


「ユカリ殿もお元気そうで何よりです」


サムルさんは確かに包み込んでくれそうな優しさを感じるな。アルティとの会話を思い出す。


「ユカリさん、お久し振りです。あの時は美味しい食事をありがとうございました」


アルゼンさんは真面目だけど優しさの篭った目をしている。

ミンシアの発言も納得がいくなぁ、なんて思ってしまった。

すると、ほかの席から「すみませーん」と声が聞こえた。

しまった、仕事中だった!と慌てて四人にお辞儀をし、そちらへ向かう。

取り敢えず四人に挨拶が出来た事にほっとしながらお客様のもとへ向かった。

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