■23.いらっしゃいませ、ご注文は基礎知識ですね

「いらっしゃいませ、空いてるお席へどうぞ」


今日はレストランで働き始めて3回目の出勤。

初日は基本的なことの座学と練習、2日目からは実践でお客様への対応が始まった。

出勤3日目の今日もまだまだ緊張していて少しぎこちないのが自分でも分かる。

日本でも接客業のアルバイトをやっていた事があるが、やはり異世界メニューを覚えるのが中々難しい。

最初だけ、仕事に慣れるために連勤することになった。

出勤日数は求人広告通りの週3~4日で契約。朝9時半~夕方18時半までで間に1時間休憩がある。

会社勤めだった時は休日出勤していた事も多かったので、自分の時間が多くとれて嬉しい。

何より通勤時間が殆ど無いし、満員電車に乗ることもないので通勤によるストレスも無い。


因みに、ベルベス亭は年末年始と特別な日を除き、毎日営業している。

オープン時間は午前10時~翌日午前2時まで。

午前10時~14時くらいまではランチタイム、14時くらい~17時までは喫茶店のような雰囲気になり、17時以降からディナー客が集まり始め、早いお客さんでは18時くらいからお酒の注文が入り始める。

そのまま夜は酒場となり、スタッフも酔っ払いに対応できる男性スタッフとなっている。

因みに、昼と夜、日によってどちらの仕事もこなすカーティさんは、21時を過ぎたあたりからは裏方に回ることが多いと言っていた。


こちらの世界のレストランは日本のように座っただけでお水を出してもらえる、ということはないが、言ってもらえればお水は無料で提供している。

お客さまが席についたらおしぼりをお出しするのは日本と一緒。

魔導具で温めてあるおしぼりを出すので日本と大差は無いだろう。


魔導具は日本でいうところの電化製品のようなもの。

ただし、日本にあってまだこちらでは開発されていない魔導具も多く、電子レンジやスマートフォンのようなものは見かけない。

おしぼりが温かいのは、冷たいものを温めるのではなく、元々温かいものを入れてキープしている。魔法瓶を想像してもらえれば分かりやすいかな?それの魔導具版。入れた状態で時間が止まってるんだって。


テレビ電話に近いものはあり、「水鏡の魔法」というのがあるそうだが、これは水魔法が使える人、それも訓練された人しか使えないらしい。

もしくはものすっごく高価な値段で水鏡の魔法の効果を出せる魔導具があるそうだが、一般的ではないらしい。


一般的な連絡手段としては、手紙がある。

字面的にアナログのように思うかもしれないが、そこは魔法の世界だった。

家の郵便受けには送り用と受け取り用の二種類があり、送りたい相手の住所を書いて「送り箱」に入れれば、一度配送部署で危険がないか検査された後、宛先の「受け取り箱」に届く仕組みとなっている。

送ってから届くまでの時間はおよそ3分程度。

大きいものは送れないが、仕事の急な連絡などによく使われるらしい。


大きい荷物は郵便局的な場所があり、持って行くと有料で配送してもらえる。こちらはアナログだった。

手紙の方も有料。そこは地球と同じように切手を貼る文化があった。値段も日本とだいたい同じくらいかな。切手が貼ってないと、送り箱に入れても配送部署に届かず、ずっと家にある状態なので気をつけなければならない。

尚、私はまだお金がないので切手すら持っていない。

手紙がもしどこからか来たとしても返事ができないのが目下の悩みだったりする。


暁隊メンバー来訪後、山小屋の地下と1階を結ぶ階段下にいつの間にかその郵便受けがあって驚いたのを覚えている。謎の蓋が二つあり、何だろう、と悩んだものだ。

階段下に収納スペースは無く、壁だったはずなのに。

研修でもちろん知ってるよね体で、急な休みなどあったら連絡してください、とお店の住所を渡されたので、さりげなく使い方を聞いた。

自分では使ったことがないから不安で、と言い訳しておいた。嘘ではない。

ロッシュさんに呆れられたのは言うまでも無い。


それと、山小屋の異世界での住所については、仕事を始める前に調べに行った。

広場近くにある役所で地図を見ながらココですーと言ったら住所を出してもらえた。

因みに手数料は無料。まだ一文いちもん無しなので調べる前にちゃんと聞きましたよ!

いつ引っ越してきたのか、家主は誰なのかなども聞かれたので素直に答えた。

どうやら住民登録的なものをしてくれたらしい。

あ、もちろん引っ越してきた日は日本で山小屋を買った日じゃなくて引っ越してきた日ね。


魔導具にはラジオのようなものもある。天気予報やニュース、音楽が聞ける娯楽番組などがある。

天気予報は専門の魔術師がしており、ほぼ外れることが無い。魔術師による天気予報は「魔天報まてんほう」と呼ばれ、広く一般的に親しまれている。

今のところ、山小屋から日本側に出た際と異世界側に出た際のお天気はリンクしているように思われる。

そのため、お給料が入ったら真っ先にラジオを買おうと思っている。

魔天報が一番の目的だが、この世界で流行っている音楽にも興味がある。


お給料の使い方に思いを馳せていると、カラン、という音と共にお客様ご来店。


「いらっしゃいませ、ドレポス様。本日も個室が空いておりますが、そちらにいたしますか?」


今いらしたお客様はナギィ・コンツ・ドレポス様。接客に慣れているアルティが対応中。

彼は昨日も来店されていたので名前を覚えた。

出勤初日、ロッシュさんによるマンツーマンの講座では、この世界の基本的なことも色々と教わった。ロッシュさんからしたら基礎知識のおさらい的に話ただけなのだろうが、私にはとても重要な基礎知識だった。

お名前にある「コンツ」は伯爵の位を表す。

ベルベス亭では貴族のお客様もいらっしゃることが多く、貴族の方は個室を選ばれることが多いと聞いた。


「いや、今日はそこの窓辺の席をお願いしよう。私一人だしね」

「かしこまりました。それではこちらへどうぞ」


…もちろん例外もある。


貴族階級は職業によっても色々と変わってくるらしいのだが、まずは基本的なところから覚えるようにと言われた。

爵位とか全く分かりません、と言ったら少し驚かれたが「田舎育ちなので」と言ったら少し呆れたように、それでも丁寧に教えてくれた。

ロッシュさんには呆れられっぱなしだ。でも聞くは一時の恥じ。恥ずかしいのは今だけ今だけ、と心の中で唱えておいた。


さて、私たち日本人が普段生活するうえでほぼ馴染みの無い貴族階級について。

上の位から大公、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。


大公とは、王様その人ではなく、王家直系の人を指す。なので王様と王妃様とその子供が大公となる。これは国によって異なるらしいので、アルベスク王国では、ということらしい。

国によっては王だけが大公と呼ばれたりもする。

詳しくはまた色々とあるのたが、それは機会があればまた別にご紹介しよう。


それぞれの階級には称号名がつけられている。


大公:アーチェ

公爵:ディーニ

侯爵:ウォレ

伯爵:コンツ

子爵:ヴィズ

男爵:ブロン


この称号名が名と家名の間に入れられ、爵位を分かりやすくする。

例えば先ほどのお客様は「ナギィ・コンツ・ドレポス」様。

つまり、名:ナギィ、爵位:伯爵、家名:ドレポス

となる。

公式でない場では爵位を言わない事も多いし、爵位を持ってない人はそのまま名、家名の順になる。

こちらからお名前をお呼びするときは家名+様。

もし爵位をつけて呼ぶ場合は家名+爵位。

つまりドレポス様の場合は「ドレポス伯爵」と呼ぶことになる。


ただし大公については「○○大公」と呼ぶことは無い。

「陛下」や「殿下」と呼ぶのが一般的らしい。


因みに騎士になると一代限りの爵位が与えられ、ヒラの兵士でも男爵よりは下だけどそれなりの地位が与えられるらしい。

また、その場合は名前に称号名は入らない。

そのあたりは人によって違ったりするので、そういうもんだ、ということを知っていればいいと教わった。


そして気付く。

ベルナルド・・サンパリヒ

グレス・・クライデン


ベルナルドさん侯爵様だったぁぁぁああ!!

グレスさんも伯爵様だったぁぁぁああああ!!


うあぁ、身分制度の無い日本で生まれ育ったので、今までの対応が大丈夫だったか不安になってくる。

更にはそのお二人に守られていたレド君。

いや、もう考えるのよそう。うん。なんか考えてたら吐きそうになってきたし。


さて、ご来店の貴族様の対応についてですが、暫くは先輩ウェイトレスの皆様が対応してくるとのことで見た目で何となく貴族様だろうな、と思ったら私は一旦奥に引っ込み、他の仕事をする。

新人がお貴族様に何か失礼なことをしたら色々と厄介だからとのこと。

(但し、制服を着ている騎士様には貴族だろうと対応します)

以前、新人スタッフと分かってわざと嫌がらせをする貴族がいたらしく、新人のうちは皆先輩に任せることになった。

最近ではそのような客も殆どいなくなったが、万が一を考え最初から火種を無くしておくことにしたそうだ。

制服を着ている騎士様はまずそのような事が無いので対応しても問題ないとのこと。

私服の時でも騎士業の人たちは大丈夫だが、最初はお客さんの顔を覚えるのも難しいだろうし、服装で判断するように言われた。


この店に来る常連貴族様の情報は休憩部屋に「お客様情報ノート」というのがあるらしいので、時間がある時には目を通しておくようにと言われた。

ノートはお客様ごとに分けられ、爵位や特徴、食べ物の好き嫌いなどが書かれ、いつ何を注文してどんなことを言っていたかなどが書かれており、対応したスタッフが都度書き込めるようになっている。

また、要注意人物ノートというのもあり、そこには常に目を通すように言われている。

更に「絶対読むケース」というのが机の上にあり、そこに置かれているノートがあった場合には絶対に目を通し、読んだらサインしてから仕事に入る。


そうそう、このお店は騎士団も大切な常連客。

騎士団も幾つかに分かれていて、山小屋に訪れた皆さんは「暁隊」と名乗っていた。

王家を守る「黎明れいめい隊」、主に警吏を行う「明星みょうじょう隊」、そして魔獣や魔物討伐を主とした「あかつき隊」。


黎明隊は白地に青いラインの制服を身に纏い、一般に見かけることは滅多に無く、この店に来ることもほぼ無い。

年に一度の祭のパレードや剣技大会でならお見かけすることがあるだろう、と言われた。

黎明隊は貴族の中でも爵位の高い者が多く、また見目のいい人が揃っているらしい。更にはもちろん腕も立つ者しかいないので、女性の憧れの的らしい。アイドル的な意味で。


明星隊は別名警吏隊。薄茶色に黄色のラインの制服。一番身近で貴族外からの登用も多く、小隊長以下は特に平民出が多い。

日本で言うところの「おまわりさん」に近い。

この店にも常連の方は多く、初日から何人かお見かけした。

また、「タッチ&ゴー」の入口に立ってる兵士さんもこの明星隊だ。


暁隊は魔獣や魔物の討伐が主な仕事。戦争となれば最前線に向うのもこの暁隊。

黒地に朱色のラインの制服。遠征時は鎧を身に纏うが、鎧にもこの特徴が活かされていたな、と思い出す。

一番実力主義の隊で、貴族平民関係なく実力で選ばれる。

また他の隊と比べ、魔術師団と組むことが多い。


黎明隊は見目がいい、ということだったが、グレスさんやベルナルドさん達だって充分見目が良かった。

この国の顔面偏差値が高すぎるのかとも思ったが、街に出てみれば、失礼だけどそうでもない人もわりと多くて安心した。


騎士団のほかに魔術師団があるが、魔術師団は客として店に来ることはまず無いとのことで、ローブ着てれば魔術師の可能性が高いな、という説明だけだった。

やっぱり魔術師って引き篭もり的な感じなのかな?魔術師の棟にいた副事務局長のカイトさんはそんな感じしなかったけどなぁ。


尚、騎士団については騎士学校が有り、そこを卒業しないと騎士団に入ることは出来ない。

金銭的に不安があったとしても、国の補助を受けて学校に通うことが出きるという。所謂奨学金制度。たとえ騎士にならなかったとしてもちゃんと返済さえすれば問題ないとのこと。

平民であろうがそのチャンスの門は開けている。

しかし、一定の実力が無いと入学は出来ない。その実力を見るためには「一般ステータスカード」が必要。

なので学校に通えるのは最低10歳からだという。


お客様が帰られた後の席を整えていると、肩をトントンと叩かれ、振り向くとアルティが苦笑いしながら立っていた。どうしたのだろう。


「なぁに?」


お客様がいるため、少し声を落としてアルティに問う。因みにアルティには初日に敬語厳禁礼を言い渡された為、タメ口で話をする。

アルティも声を落としてこっそりしゃべる。


「ドレポス様がさっきからユカリをチラチラ見てるのよ。彼はうちの常連でとても優しい方だから新人でも怒ったりなさらないし、悪いんだけど注文を聞きに言ってくれない?」

「えぇっ、でも彼伯爵様でしょ?」

「正確には伯爵様のご子息様ね。確か次男だったはずよ。それに明星隊の隊員でもあるし大丈夫。私も何かあったらすぐ対応できるように近くにいとくからさ、ね、お願いっ!」

「うー…緊張するなぁ…」


しぶしぶと頷き、気持ちを切り替えて笑顔でテーブルへ向かう。


「ご注文はお決まりですか?」

「ああ、ギーウサンドセットとホットコーヒーを。…あたなは新しい従業員の方ですよね?昨日もお見かけしましたが」

「ギーウサンドセットとホットコーヒーですね。かしこまりました。はい、本日で3日目です。至らないところもあるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します」


メニューの確認と挨拶をする。


「そうですか。私はナギィ・ドレポスと申します。明星隊に勤めてますので、何か困ったことがあったらいつでも声を掛けてくださいね」

「ドレポス様、ありがとうございます。私はユカリ・ムラサキと申します」

「様はいらないよ。それによければナギィと呼んでくれると嬉しいな」


教わったとおり、確かに彼は爵位を入れない形で名乗った。

それにしても、彼は貴族としての爵位を名乗ってないとはいえ、貴族のお客様には変わりない。

それなのに様付けするとなとは、難易度の高い注文をしてきますね。

少し悩んでから


「それでは…ナギィさん、とお呼びしても?」


首を傾げながら質問する。

一瞬ナギィさんの頬が朱に染まった。空調的にちょうど暑い席なのだろうか。アルティに報告しなくては。


「うん、それで。私もユカリと呼んでいいかな」

「はい。それではシェフにメニューを伝えてきますね」


やっと離れられる、と安堵してシェフのもとへ向かう。

スススとアルティが近寄り、やはり小声で声を掛けてきた。


「やっぱりね~。後で色々話聞かせてね~♪」


何やら楽しそうな口調ではあるが、空調のことだろうか。暑いの分かってたのかな?

それよりも今の会話も「お客様情報ノート」に書くべきなのだろうか…そのあたりを後でアルティに聞こう。

そういえば私って文字読めるけど書けるのかな?

もしかしたら字の練習から必要なのかもしれない…。


さて、そろそろお昼の混み始める時間だ。

文字のことは一旦おいといて、気合を入れて接客を頑張るぞー!

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