■22.ベルナルド視点1
※ほんの少しだけですが、グロ表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。「■13.グレス視点1」のお話よりは軽い表現です。
2019/2/11 誤字修正しました。
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アルベスク王国騎士団、暁隊中隊長 ベルナルド・ウォレ・サンパリヒ、27歳。
「ウォレ」は侯爵の位を指すが、自分は四男坊。
跡取りでなければ「スペア」でさえもない。
長兄は健康そのもので器量も問題なく、立派に父上の跡を継ぐことだろう。
四男坊ともなれば気楽なもので、大概好きなことをやらせてもらえる。
三男の兄上でさえ、ふらっといなくなってはひと月~半年程して何事も無かったかのように帰り、土産物をたんまりと置いてまたいなくなる、ということを繰り返している。
それを考えれば魔術と剣術が趣味で騎士団に身を置き、国に尽くしている自分の方がよほど「しっかり」しているように見えるだろう。
まぁ、やりたい事をしているだけなのだが。
そんな自分も気がつけば中隊長という位を賜り、「趣味」というだけでは済まない若干面倒なポジションになってしまっていたが、それでも日々自分なりに楽しく過ごしている。
暁隊昇級試験会場下見の日、久し振りに肝が冷える思いをした。
仕留めた、と思った黒魔犬が頭だけになった状態で殿下を目掛け跳ねたのだ。
頭だけの状態で動くなど、そんな報告は聞いたことがないがそんなことは言訳にはならない。
油断していたとしか言いようが無い。
幸いなことに殿下に怪我は無かったが、同僚のグレスが深手を負ってしまった。
黒魔犬の牙が鎧を噛み砕き、グレスの肩に深く突き刺さったのだ。
今思えば、死ぬ間際の馬鹿力、所謂「火事場の馬鹿力」というものだったのかもしれない。
とっさに周辺の様子を風魔法を使い伺う。
すると、ここからそう遠くない場所に少し開けた場所があり、そこに微かだが人の気配と小屋にしては大きいのでおそらく家と思われる空間を見つけた。
余談だが、空間把握は風魔法と空間魔法、どちらでも行える。私の場合は風魔法。
風の跳ね返りなどを駆使することにより、近くにどんな物があるか把握することが出来るのだ。
例えば人のような生き物がいる、動物がいる、動物より禍々しい空気を纏っていれば魔獣か魔物がいる、などと推測することが出来る。
建物や地形なども確認することが出来るが、その範囲や精密度は術者の能力により変わってくる。
また、すばやく動いているものに対しては把握するのが難しかったりもする。
言い訳にしかならないが、そのために黒魔犬の存在に気がつくのが遅れてしまった。
尚、空間魔法の場合もっと精度の高い索敵や地理の把握が出来る。
とにかく負傷したグレスを一刻も早く休ませたい。
グレスと殿下を部下の二人に任せ、方角を告げ先に目的地へと向かう。
森から開けた場所に足を踏み入れたとたん、何かしらの魔法の膜を潜ったのが分かった。
そして目の前には、この森には不釣合いな程立派な家が建っていた。
この辺りに家があるなんて聞いたことが無かったが、うまく森に隠されていたのだろうか。しかし細いながらもちゃんと道がある。
玄関らしきドアがあるので近づく。
この家の周辺の空気はとても清涼感がある。どうやら魔物や魔獣を近づけない魔法がかけられているようだ。
この魔法の膜で見つかりにくい工夫もされているのだろうか。となると、この場所を見つけられたのは奇跡かもしれない。
これだけの魔法を家周辺にかける。つまり、この家に住んでいるのは魔術師か。
…魔術師というのは都合が悪かったと思わざるを得ない。
魔術師は偏屈が多く、人との接触を極力避ける者が多い。王国魔術師団の中でさえ、そういった者がいるくらいだ。
こんな森の中に住んでいるくらいだ。尚更だろう。
厩舎あたりを借りられれば御の字か…と諦めながらもドアを叩く。
トントントン
軽く三回ノックしてみた。
中で空気が揺れるのを感じ取った。人はすぐ傍にいるようだが、反応が無い。
やはり偏屈な魔術師なのか。
しかしここで諦めるわけにはいかない。再びノックをし、そこに人がいると分かりながら声を掛ける。
焦ったような、思わずドアを開けたくなるような声を心がける。
焦っているのは本当だが。
「すみませんっ、どなたかいらっしゃいませんか!?」
すると、ゆっくりと扉が開いた。
このチャンスを逃すわけにはいかない。騎士団の名前を出せば拒否しにくくなることを想定し、顔を見る前から自ら名乗る。その際、さり気なく片足をドアの隙間に入れることも忘れない。これで強制的にドアを閉めることは出来ないだろう。
「あぁ、良かった。突然ですみません。怪しい者ではございません。わたくし達はアルベスク王国騎士団、暁隊の者です。怪我人がいるため、休む場所をお借り出来ませんでしょうか」
「…」
最後まで言ったところで、家の住人の姿を確認することが出来た。
そして驚いた。
家の住人は女性、というには早い女の子だった。そして何やら見たことの無い服を身に纏っている。
やはり風変わりな魔術師なのだろうか。
因みに、女性の魔術師でこのように森に住む者も少なくはない。
彼女らは森の恵から魔術品を作っては時折街でアイテムを売ったりしている。
そんな者を総称して「魔女」と呼ぶことが多い。彼女もその類だろうとあたりをつける。
不躾にならない程度に観察していたが、彼女は目を見開き、こちらを凝視していた。
そうこうしている間に、背後にはグレスと殿下を連れて部下の二人がこちらに来た。
どうやら殿下もこの家の周りを取り巻く魔術に気付いたようだった。
興味深そうに家を眺めながらこちらに近づいてくる。
そろそろ彼女に反応してもらわなくてはならない。
「…あの?」
「…っは!すすすすみません、突然の事で驚いてしまって。怪我してる方がいらっしゃるのですか?」
第一声を聞いて、涼やかで気持ちのいい声だ、と思った。
慌てている様は可愛らしくもある。
偏屈な魔術師や今まで見かけた魔女とは雰囲気が異なる。
まるで街娘と変わらないあどけない娘だと思った。
その後は驚きの連続だった。
グレスの怪我が治って安心し、改めて家の中をよく見てみれば家全体の魔導具は全て一級品。王国でさえ見かけないような珍しいものばかりだ。
自分には魔導技師としての能力が無かった為に作ることは出来ないが、最新魔導具を見たり触ったりするのが好きなので目移りが止まらない。
(翌朝色々見させてもらおうと思っていたのだが、触るのは禁止されてしまったので見るだけで我慢しなくてはならなかった…)
更には彼女…ユカリ自身の魔術も一級品だった。
実験材料の傷口を治してもらうつもりが、まさか二年前の傷まで治してしまうとは。
王国魔術師団の治癒師に治してもらってこの状態だったので、これ以上は自己回復に頼るのみだと思っていたのに、だ。
振舞ってくれた料理も、前々から下ごしらえしていたかのような濃厚な味わいだった。クリーミーですこし濃い口だが、疲れている身体にはちょうどいい塩分加減のため、ついおかわりをしてしまった。私がおかわりをお願いすると、そのあと殿下とサムル、アルゼンまでおかわりをしていた。
そして話していくうちに彼女は見た目よりももう少し大人なのではないか、と感じた。
見た目は14~15歳くらいに見えるが、おそらく成人…18歳より上なのではないだろうか。
素敵なこの空間を誰にも告げずそっと隠し、自分だけが知る場所としておきたいとさえ思った。
(この際他のメンバーがいることは考えないでおく)
しかしユカリは治癒術が使えた。
治癒師は貴重だ。ただでさえ人数が多くない。
今日はじめて治癒術を使ったと言っていた。ということは、まだ治癒師ということをどこの国にも登録していない、ということだった。
他の国に登録させられるくらいなら…。
彼女の意思とは関係なく、我がアルベスク王国に報告するのが良いだろう…自分にそう言い聞かせる。
彼女と別れ、城に戻るとグレスと共に隊長に報告に行った。
一つ、団体試験の候補地は魔獣が少なく、試験会場に向いていないこと。
一つ、あの地域には報告の無かった黒魔犬が出たこと。
一つ、黒魔犬が首だけの状態で身動きし、殿下を狙ったこと。
そして最後に…森の中に優秀な治癒師を見つけたこと。
殿下の件についてはサムルの水鏡の魔法を使った連絡で既に知らせてあるので省く。
一旦全ての案件は隊長の預かるところとなった。
それから二日後、隊長に呼び出された。
やはりユカリをアルベスク王国の治癒師として登録すると決まったらしい。
隊長にしては珍しく…と言っては失礼だが、対応が早いと思ったが、どうやら今回の件については魔術師長、さらには国王陛下からも早急に対応するように、というお達しがあったらしい。
そしてその役目を自分が仰せつかることになった。
ここまで来ると、彼女に拒否権は無いに等しい。
彼女には申し訳ないが、彼女自身のためにも素直に登録に応じてくれることを願おう。
実際、彼女はすんなりと受け入れてくれた。
それどころか「丁度よかった」という雰囲気だ。
こちらは拒否されたらどう対応すべきか悩んでいたというのに。
徴兵の話をしたとき少し迷ったようだが、それもほんの一瞬のようだった。
両手を握りしめ、こちらを見上げている様が可愛らしかったので思わず頭を撫でてしまった。
先日、見た目ほど幼くないと感じたのを思い出し、しまったと思ったが、少し頬が赤くはなっているが気にした様子はないようだった。
道中、彼女はおそらく気付いていないが私のほかに1小隊チーム(5人)が着いてきていた。
道中魔物や魔獣が現れたときに対処するためというのが一つ目の目的。
もう一つは魔物などが現れたケースを除き、彼女に気付かれないで往復するという隠密の練習を兼ねている。
馬と一緒に気配を消す、というのは中々難しいのだ。しかしこれが出きるようになれば馬との絆も深まるし、何より魔物討伐の際にとても役立つ。
私は部下たちの位置を常に風魔法を発動して分かるようにしておき、後で彼らに評価や問題点を指摘してやる。
王都に着き、城下町で1、2を争うほど人気のあるレストランで昼食を取ってから魔術師の棟へ向かった。
魔術師のカードに限らず、一般カード以外の登録カードを作る際にはオーブに触れ、属性を調べることになっている。
ユカリは既に4属性あることがわかっているため、目の前にいる魔術師の棟副事務長殿の驚く姿を思い、笑いそうになってしまうのを堪える。
しかし、驚かされたのは自分もだった。
それは虹のような、オーロラのような、カラフルでいて嫌味の無い、綺麗なコントラストで織り成す光の束だった。
ユカリがオーブから手を離し光が止むと、副事務長は魔術実験用の新種の魔獣を目の前にしたかのように目を輝かせていた。
素直な反応、といえなくもないが、これはいけない。
副事務長殿を牽制オーラで圧しながら声を掛ける。
「それで、カードは出来たんですか?」
副事務長殿は一瞬ハッとし、こちらに怯みながら答えた。
「ええ…登録は無事に終わりました。発行まではもう少しこちらでお待ちください」
牽制が効いた様で一先ず安心する。
これで牽制が分からないような鈍感な者だと返って面倒な事になるところだ。
魔術師カードも出来、森の家までユカリを送ると彼女は夕餉をご馳走してくれた。
やはり彼女は料理がうまい。
レストランの食事も美味いが、彼女の料理の方が断然美味い。
しかし彼女は無防備すぎる。
夜が更けたので泊まりませんか、と声を掛けてきたのだ。これは年長者として注意しておかなくてはいけない。
「これくらい慣れてるので大丈夫ですよ。それよりそんなに簡単に男を泊めてはいけませんよ」
すると彼女はしまった、という顔をしたあと「すみません」と頭を下げた。
素直な反応にまたしても思わず頭を撫でてしまったが、彼女も嫌がるそぶりがないので良しとしよう。
戸締りをきちんとするように言ってから彼女の家を後にした。
翌日、自分に割り当てられた部屋で雑務をこなしているとノックと同時に隊長が機嫌よく部屋に入ってきた。
「よぉ、昨日はご苦労さん」
「隊長、ノックと同時に部屋に入ってきてはノックの意味がありませんよ」
「まぁ気にすんなや。それよりお前、昨日魔術師登録してもらった例のお嬢さんに今さっき会ったぞ」
思わず手が止まってしまうと、隊長がニヤリと笑った。
「どうやって会ったか聞きたいか~?聞きたいよなぁ?気になるよなぁ?」
正直酔っ払いに絡まれた時より面倒臭い。
こういう場合、癪だが彼の望む答えを言うのが一番面倒臭くなく済むことを経験上知っている。
「はい、気になるので教えてください」
「なんだよ、お前は素直というか要領がいいというか。まぁいいか。彼女、仕事を探してたぞ。だからベルベス亭を紹介しておいた。あそこならここの連中も常連でよく行くから目が届くしな。お前らも様子見に行きやすいだろ?紹介した俺に感謝しまくってくれていいんだぞー!」
「ベルベス亭ですか…。確かにあそこなら目が届きやすくていいですね。店自体の評判もいいですし、私もあそこの店は気に入ってます。昨日も彼女とそこで食事しました」
「ああ、それは聞いた。誰、とは言ってなかったがな。ま、取りあえずお嬢さんのことは暫くお前らに任せるわ。次はグレスに自慢してくるわー。あいつはお前より面白い反応してくれると思うから、後に取っておいたんだ。ケーキの上のフルーツは最後に、ってな。じゃーなー」
そう言って隊長は嵐のように去っていった。
つまり彼女のシフトを調べ、暁隊で彼女の護衛兼見張りをするように、という隊長からの命令だ。隊長じきじきに紹介したということは、オーナーのアランもある程度何かを察してはいるだろう。ここは腹を括って協力してもらおう。
魔物討伐を主としている暁隊の仕事としては珍しい案件だ。部下たちにもいい刺激となるだろう。
そして隊長はこの後グレスにも話すと言っていた。
つまり、この案件は私の中隊とグレスの中隊とで受け持つということだ。
尚、中隊は私とグレスのほかにあと十中隊ある。その全ての中隊を纏めているのが隊長だ。
全ての中隊がここにいるわけではなく、王城のあるここには四中隊が常駐している。
残り八中隊は国内各所に駐屯地があり、中隊単位で分かれて配属されている。
そうか、彼女は昨日の今日で来ていた…か。
彼女の家には馬がいなかった。そして先日乗ったのも幼少期ぶりだと話していた。
あれだけの属性と魔力がある彼女だ。おそらく空間移動魔法を使っているのだろう。
それを考慮した上での護衛方法を考えていく。
この後、おそらく部屋にグレスが来るだろう。
それまでにある程度案を練っておくことにしよう。
退屈しない、この仕事がやはり私の「趣味」なのだ。
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