■20.アルバイトの面接

男性は躊躇いも無く店に入ると、ウェイトレスさんに「よぉ」と片腕を挙げて軽く挨拶をし、空いてる席に座った。

手招きして私を向かいに座らせるとコーヒーを二人分注文した。


「すみません、私お金持ってきてないんですけど…」

「さっきも言ったでしょ、おじさんがおごってあげるって。それに無理やりコーヒータイムにつき合わせてるんだからこのくらいいいの。お嬢ちゃんは素直におごられてくれるとおじさんも助かるんだよ」

「はぁ…」

「そういえば、自己紹介がまだだったね。おじさんのことはガルロスおじさま、って呼んでね。もしくはもっと親しみを込めてガーリィおじさま、でも嬉しいな」

「ガルロスさん、ですね。私はユカリと申します」

「ユカリちゃんかぁ。可愛い名前だねぇ」


この男性…ガルロスさんはひたすらテンションが高いようだ。

何が嬉しいのか、ずっとニコニコしている。

しかし、このレストランでの求人を紹介してくれるとのことなので、大人しく付き合うことにした。


ガルロスさんは立ち上がると、壁に貼ってある紙を剥がして戻ってきた。

その紙を見てみれば、昨日ちらりと見たイラスト付きのチラシだった。


「これは?」

「これが求人広告だよ。一応目を通しておいた方がいいでしょ」

「そうですね、失礼します」


そう言って手に取って内容を見てみる。

ホール担当のウェイターまたはウェイトレスを募集している。週3~4程度って書いてあるから、私が探している条件とピッタリマッチする。

時給いくら、と書かれているが、お金の単位が分からないので今はスルーで。

うん、大丈夫そうだ、と紙を置くと、ガルロスさんが口を開いた。


「で、ユカリちゃん、さっき魔術師の求人探してたの?もしかして君、魔術師の資格あるの?」

「え、あ、はい。一応魔術師登録をしてあります」


登録したのは昨日ですが…とは心の中で思っておく。


「なるほど。それにしては世間知らずのようだね。魔術師は変わり者が多いから、君もその部類に入るのかなぁ?まぁ可愛いから大丈夫だ、問題ない!」


いや、親指を立てた手を前に出してそんないい笑顔をされても…。

サムズアップは国によって捉え方が違うと聞いたことがあるが、どうやらこの国では日本やアメリカと同じ意味として捉えていいみたいだ。


って、そういえばさっきもこの人は魔術師は変わり者が多いって言ってたな。


「魔術師って変わり者が多いんですか?」

「そうだねぇ。魔術の研究に没頭してると周りが見えなくなったり…普通の人はそこまで魔導力が無いから、何をしでかすか分からないから怖い、っていうのも一般的な考えとして浸透してるかな。魔導力が高いと、普通の人では苦労するようなことが一瞬で出来ちゃったりもするから、普通の人の考え方が理解出来ない魔術師なんかもいたりするし。自分が魔導力が高いからってそれを鼻にかけてるような嫌なやつもいたりするんだよねぇ」


ガルロスさんが話しを一旦打ち切ったと思ったらちょうどコーヒーが運ばれてきた。

自然なタイミングではあったが、まるでウェイトレスさんに会話を聞かれないように打ち切ったように思えたが、考えすぎだろうか。


「コーヒーはミルクと砂糖を入れる派?」

「うーん、まずはそのままですかね。その後に砂糖とミルクを入れてゆっくり楽しむのが好きです」

「おぉ、ユカリちゃんなかなかコーヒー好きな子なんだね。おじさんコーヒー友達が出来て嬉しいよ」


運ばれてきたコーヒーのカップを持ち、まずは香りを楽しむ。

香ばしくていい香りだ。

そして一口飲んでみる。程よい酸味が口に広がる。ああ、やっぱり美味しい。

そして鼻から香りが抜けていくのを楽しむ。

思わず自分の世界に浸ってコーヒーを堪能していると、目の前からかすかに笑う声が聞こえた。


「どうやらユカリちゃんは本当にコーヒーが好きなようだ。誘った甲斐があったよ」

「…すみません、思わず堪能して自分の世界に入ってしまってました」

「いいのいいの。堪能してるところ悪いんだけど、さっきの話の続きね」


そう言ってガルロスさんは少し声を抑えた。


「魔術師は一般的に少し忌避されてる部分がある。さっきも言ったとおり、変わり者が多いからね。別に頑なに隠す必要もないけど、かといって聞かれてもないのに『魔術師です』なんて言う必要も無い。この街で働きたいなら、普段は登録カードの呈示欄は全部チェックを外しておいた方が生活しやすいと思うよ」


ああ、さっき家でやったところだ。

今はちょうど全部外れた状態となっている。


「それなら、さっきちょうど全部外したところでした。ご忠告ありがとうございます」


素直に忠告に感謝する。


「うん、それなら大丈夫。じゃぁコーヒー飲み終わったら早速オーナーに会いに行こうか。今ならお客さんも少ないし、すぐ会ってくれると思うよ」


私がコーヒーを飲み終えたのを見計らって、ガルロスさんは席を立った。

慣れた様子でカウンターの中に入っていく。

中の店員に「アランは二階?」などと聞きながら奥の部屋へ行ってしまう。

どうしよう、中に入っていいものか、と悩んでいると、一瞬振り返ってこちらを手招きしている。

店員さんに「すみません、お邪魔します」と言いながら、ガルロスさんの後ろを追う。

そして二階に上がったところにあるドアをノックすると同時に「俺だ、入るぞー」と言ってドアを開けてしまった。ノックの意味は…。


「ガルバドロス様、それではノックの意味がありません…」


部屋の中からそんな苦情が聞こえた。

ん?ガルバドロス様?ガルロスさんって本当の名前は長いんだね。ガルロス、はニックネームとか愛称的なものなのかな?


「やぁアラン、この間ぶりだね!君と僕の仲じゃないか。それとも取り込み中だったかい?」

「いえ、ひと段落ついたところですよ」

「それなら丁度良かった!紹介したいがいるんだ。ユカリちゃん、入っておいで」


そう言われ、まだ廊下にいた私はおそるおそる部屋の中に入った。


「し、失礼致します」


会社の面接時を思い出して緊張してきた。


「ああ、どうぞ。この店のオーナーをしております、アラン・ベルベスと申します。立ち話も何ですから、どうぞお座りください」


そう言われ、お辞儀をしてから既にちゃっかりとソファーに座っているガルロスさんの横に座った。


「で、こちらのお嬢さんはどなたですか?」

「彼女はユカリちゃん。中央広場で求人広告を見ているのを見かけてね、このお店を紹介したんだ。昨日もこのお店でランチをしたらしいよ。今日もさっきまで一緒にコーヒータイムを楽しんだんだけど、中々コーヒー好きなお嬢さんだ」


ガルロスさんが私を紹介してくれたので、改めて自己紹介をする。


「突然の訪問で申し訳ございません。ユカリ・ムラサキと申します。仕事を探していたところ、縁ありましてガルロス様にお声がけをいただき「ストップ!」」

「ユカリちゃんストップ!ガルロス『様』じゃなくて、ガルロス『おじさま』でしょ。もしくはガーリィおじさまね」


私とアランさんの冷たい視線がガルロスさんに向く。


「やれやれ、何となく事情は察しました。ユカリさんはお仕事を探していたところ、この不審極まりない男に連れてこられた被害者、ということですね」


ふぅ、とため息をつきながら、アランさんが私に向き直る。


「それで、ユカリさんはこちらで働く意思がおありなのですか?」

「は、はい。お店で働いている皆さんはとても活き活きとしていて、見ていて素敵でした。お料理もとても美味しかったです。私もこの素敵なお店の一員になれたらと思います」


緊張して何を言ってるのか自分で分からなくなってくる。


「お店を気に入ってもらえたようで、嬉しく思いますよ。店の店員が不足しているのは本当でしてね、店内に求人チラシを貼ってはいるんですが、なかなか申し込みが無くて」

「だから広場にチラシ貼ればいいのに、変なこだわりがあるから」

「店も知らないような奴に来られて、店の雰囲気を壊されたくないんですよ」

「まぁ、この店は居心地がいいからそれも分からないでもないが、なぁ」


ガルロスさんはやれやれ、といった風にため息をついている。


「取り敢えず、ユカリさんは働く意思があるんですね。それでは一応登録カードを見せていただいてもよろしいですか?」

「あっ、はいっ!」


初めて他人に見せるのでドキドキする。

おかしなところは無いだろうか。

ん?他人にはどうやったら見せられるんだ?


「あ、あの…すみません。実はカード、昨日初めて作りまして…その、見せ方がわからないんですが…」


尻すぼみになりながらちらりと横を見ると、ガルロスさんがニコニコとしながら教えてくれた。


「まず、自分に見えるように出してごらん」


言われた通りに出してみる。

さっき登録したままのカードが出てくる。

サイズは免許証サイズ。


「カードの右上に、『呈示する』っていうボタンがあるのが分かるかな?そこを一回タップすれば、暫くの間は他人に情報が見せられる状態になるんだよ」


カードを見ると、確かに右上に「呈示する」と書かれたボタンがあった。

「呈示設定」とかは使ったのに、このボタンの存在に気付かなかったなんて…。

言われた通り、そこをタップしてから一回ガルロスさんに見せる。


「これで見えてますか?」

「うん、バッチリ。そのままアランに見せれば大丈夫だよ」

「ありがとうございます。あの、アランさん、こちらです」


カードを手のひらに乗せ、アランさんに見せる。


「はい、確かに確認しました。ありがとうございます。それではユカリさんは採用ということで」


えっ!?もう採用でいいの!?


「ありがとうございます!よろしくお願い致します!!」


立ち上がってお辞儀をする。

横から「ユカリちゃん良かったねぇ」と暢気な声が聞こえる。


「ガルロスさんも、ご紹介いただきありがとうございました」

「いやいや、アランが困ってたのを知ってたからね。日ごろの感謝もこめてお礼させてもらっただけさ。この店には色々と世話になってるからねぇ」

「それでは早速、詳しく色々と決めていきましょうか」


アランさんがそう言うと、ガルロスさんが椅子から立ち上がった。


「それじゃぁ俺はこの辺で失礼させてもらうよ。そろそろ戻らないと煩い子たちが待ってるからね」

「ガルバドロス様、ありがとうございました」


アランさんが立ち上がってお礼を言う。

やっぱちゃんとした名前は「ガルバドロス」みたいだ。


「ガルバドロスさま…」


ぽつりとつぶやいてしまった。


「ユカリちゃんは『ガルロスおじさま』って呼ばないとだめだよ?もしくは『ガーリィおじさま』ね?」


肩に手をおいてにっこりと笑ってから、颯爽と去っていった。


「ユカリさん、大変な人に好かれてしまったようですね…」


アランさんが少し哀れむようにこちらを見ていた。

えぇっ…まぁ、嫌われてる雰囲気は無かったですが…。


「それでは改めて、細かいことを決めていきましょう」


その後、雇用契約を細かく決めていった。

意外、といっては失礼かもしれないが、とてもしっかりと契約内容が決められていた。

そして、私の初出勤日は3日後と決まった。

それまでに制服も用意してくれるらしい。女性のスタッフが来て、軽く採寸された。


よし、異世界を満喫するために頑張るぞ!

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