■19.億万長者なのに無一文

魔術師カードという身分証明を作った翌朝。

昨日もらったマニュアル冊子を一通り見る。

マニュアルを見ながら自分のカードを確認する

あれ?マニュアルに載ってる部分が全部は見えないな、と思った瞬間、車の免許証ほどだったカードがB5サイズくらいの大きさになった。重さは感じない。

何がどうなっているのか全く分からないが、見やすくなったのでいっか、と考えるのをやめた。魔法世界のアイテムは原理を考えるだけ無駄な気がする。

改めて内容をじっくりと見る。


____________________

名前:ユカリ ムラサキ

性別:女

年齢:26

職業:

犯罪歴:

-------------

所属隊:

役職:

-------------

レベル:1

HP(体力):25/25

MP(魔力):500/500

力:12

魔導力:300

守備力:8

敏捷:10

運:7777

属性:土・水・火・風・雷・光・治癒・空間

-------------

スキル:想像力▼

特技:笑顔(誤魔化し能力向上)

-------------

加護:最上級の幸運▼

   森の家に好かれし者▼

呪い:

-------------

預金額を表示する▼

____________________


ツッコミどころが満載なのは分かる。取り敢えず上からいこう。


職業欄が空欄だ…ってことに一瞬ガックリくる。その通りなんだけどね。

魔術師のカードの場合、「所属隊」と「役職」以外は一般ステータスカードと表示項目は変わらないらしい。

私はどこにも属していないので「所属隊」と「役職」は表示項目はあるが空欄だ。

それでも一応「魔術師カード」らしい。

因みに一般カードは名前、性別、年齢、職業、犯罪歴、加護、呪い、預金額のみが表示される。


それにしても、レベルとかHPとかMPとか、異世界というかゲームの世界っぽいね!

こんなのまでカードで見れてしまうのか。

HP(体力)25ってどうなんだろう?高いのか低いのか全く分からない。

でも、レベル1でMP(魔力)500は高い気がする。

どのゲームでも最初は一桁、多くても二桁じゃないのかなぁ?

魔力と魔導力の違いがいまいち分からないけど、魔法の体力と魔法の素質的な違いかな?と一人納得する。


運…高い…どう考えても高い。でも7揃いってなんかいいね。

属性はやっぱり「闇」が入っていなかった。そして今のところ8属性。だから昨日のオーブ?水晶玉みたいなやつから出ていた光がカラフルだったのかな。8色だけど、虹みたいだったと言っていた。

属性報告は義務ではない、って言ってたけど、正直アレで結構色々バレたね…。

今思えばそのためにベルナルドさんはずっと傍にいたんだろうなぁ。


スキル、想像力…妄想力じゃなくて良かったよ…。

でも想像力って何だろう?

想像力って書いてある横の「▼」マークをついスマホ感覚でタップする。

すると、想像力の下に説明文が表示された


スキル:想像力▲

・想像力によって新しい魔法を生み出せる

・既存魔法は一度見ればなんとなく想像して使用可能に


チートきたこれ。

つまり一度見ただけで魔法真似っこし放題。

そしてこの世界に無い魔法だって物語やゲームの世界で見てきたような魔法も「想像」するだけで使えちゃうってことね…究極魔法とか想像しないように気をつけなくては…。


詳細が表示されたら「▼」マークが「▲」マークに変わっていた。

「▲」をタップすると詳細画面は閉じて再び「▼」マークに変わっていた。

ほんとスマホみたい。


えっと…特技、うん。笑って誤魔化せ。うふふ。笑ってここはスルーします。


次は加護。「最上級の幸運」

そうだね。最上級にラック持ってる気がする。

まず宝くじに当たった時点で運がいいのは確実だよね。

ただ、運は使い果たした気でいたけど、そうでもないのかもしれない。

「▼」マークがついているので、スキルと同様にタップしてみる。


加護:最上級の幸運▲

・ひたすら運がいい(運:7777固定)


ああ、うん。運がいいんだね。

シャレじゃないです。寒くなった人ごめんなさい。


さて、もうひとつの加護「森の家に好かれし者」

これは何だろう?家って多分この家だよね?

この家に好かれてるの??

再び文字の横の「▼」をタップしてみる。


森の家に好かれし者▲

・森の家から日本とアルベスク王国を自由に行き来できる

・言語能力付与

・魔力の目覚め(但し地球では発動しない)


この家が私を気に入ってくれたから、異世界に繋がるようになった…っていう事なのかな?

なんだかちょっと嬉しい。

人によっては、家に意思があるようで怖い、と思う人もいるかもしれない。

けれど、私は素直に嬉しいと思った。

家が私を気に入ってくれたおかげで、不思議で素敵な体験が沢山出来ているわけだし。

それに言語能力付与のおかげで皆としゃべることが出来たし文字も読めた。

魔力の目覚めのおかげで色んな魔法が使えるようになった。

感謝し、嬉しく思うことはあっても、怖いというような感情は全く湧かなかった。

あ、地球では発動しないって書いてある。うっかり何かやらかして人体実験される心配も無さそうだ。

この家は境界線というか、いわばグレーゾーンなのだろう。

だから家の中でなら魔法が使える。


さて、マニュアルを再び読んでみる。

どうやら自分以外に見せる場合の項目を予め設定しておけるらしい。

マニュアルに沿って「呈示設定」という場所をタップする。

すると、今まで見えてた項目の左横にチェックマークが現れた。

今は全部にチェックがついている。

このチェックがついている場所が、相手に見える場所になる。

名前、性別、年齢、職業、犯罪歴だけは隠せないらしく、横にチェックボックスは無い。

チェックが外せるものは一旦全部外して「呈示プレビュー」というボタンをタップする。


----------

名前:ユカリ ムラサキ

性別:女

年齢:26

職業:

犯罪歴:

----------


うん、職業空欄。

ニートなんて文字も無い。

いっそ清々しいね。


そして思い出す。

私、億万長者ですが異世界では無一文でした。

昨日はベルナルドさんがお昼ご飯をご馳走してくれた。

異世界で買い物したくてもお金が無い。

通りすがりに美味しそうな屋台をいくつも見かけた。が、私はお金が無い。

そして決めた。異世界で働こう!


日本ではもう働かなくても一生困らないだけのお金がある。

税金だって年金だって問題ない。

なので、日本では働かずに異世界で働こう!

異世界を満喫するためのお金を!


生きていくための切羽詰まったお金ではなく、娯楽のためのお金。

だから週5日も働かなくていい。

週3日くらいで働けるような仕事は無いだろうか。

アルバイトをすればきっとこの欄に何かしら文字が表示される…はず!

それに異世界の友達だって出来ちゃうかも!

そうと決まったら早速求人広告が無いか見に行こう。


お昼ご飯を食べ終え、異世界ルックに着替えて出かける支度をする。

そのうち異世界の方でも可愛い洋服とか買えたらいいなぁ。


地下の玄関から外に出て、鍵を掛ける。

周りに誰もいないか一度確認する。こんな森の中、人がいる方が珍しいんだけど、念には念をね。

そして森の出口ちょっと手前あたりを想像する。


「森の出口手前までワープ」


そう言うと、一瞬目の前の景色が歪み、次の瞬間には森の出口ちょっと手前に立っていた。

昨日はここまで来るのに馬で3時間半ほどかかったというのに、一瞬だ。

街は見えるが若干の距離があるのがポイント。

そして出口よりちょっと手前なのも。木が自分を隠してくれる。

ここなら誰にも見られることなくワープ出来る安全地帯だ。


森の出口から街の入口までは歩いて行く。

もう不法侵入する必要もなく、堂々と門から入ることが出来る。

一人でもちゃんと入れるかちょっとだけドキドキする。

まるで田舎者だ。


「一般」と書かれている列には今日も列が出来ていた。

昨日ベルナルドさんと入った入口に向うと、兵士さんに魔導師か聞かれたので「はい」と答えた。

ベルナルドさん達は黒地に朱色のラインだったけど、ここに立っている人たちは薄茶色に黄色のラインの入った軍服ぽい服だ。汚れても目立たなさそうな色なので、実用性重視っぽい。

その兵士さんに促され、ドキドキしながらカードを出して球体にタッチする。

すると球体が青く光った。

それを見た兵士さんが「行って良し」と言ってくれたので無事、中に入ることが出来た。

はぁ、緊張したー。


中に入って昨日ベルナルドさんと歩いた道を歩いてみる。

昨日もおのぼりさんよろしく、キョロキョロと周りを見回しながら歩いていたが、やはりまだ観光気分は抜けず、今日もキョロキョロと色んなお店に目移りしながら歩く。

中央広場まで色んなお店が続いているので、歩いていて飽きることが無い。

宿屋やレストラン、鍛冶屋さんなどもあった。

どのお店も分かりやすく、イラスト付きの看板が入口のあたりに掛けられている。

いかにもRPGにありそうな看板。

誰が見ても何のお店か分かりやすい。

昨日入ったレストランの横も通り過ぎた。

この街をそのままドット絵にしても可愛いだろうなぁ、と思った。


中央広場まで行くと広場には数店屋台のようなお店も出ていた。

ホットドックのようなパンに具財を挟んで売ってるお店や、ドーナツのような揚げたお菓子を売ってるお店があり、基本的に食べ歩きしやすいものが売られているようだ。

お菓子のお店からは甘くいい香りがしていて引き込まれそうになる。

今は無一文なので我慢するしかない。

屋台を満喫するためにも、働かなくては!


ところで、働き口なんてどうやって見つければいいのだろう?

屋台もチラチラと見ながら広場を歩いていると、掲示板のようなものを発見した。

近寄って見てみると、ビンゴ!求人広告が貼られていた。

どうせなら、魔法を活かした仕事なんかをしてみてもいいかもしれない。

折角のファンタジー異世界なのだから!

そう思いながら見てみるが、「魔法使い募集!」的なチラシは見当たらない。

「魔法使い」じゃなくて、「魔術師」か。

うーん、とあごに手をあてながら見ていると、声を掛けられた。


「よぉ、お嬢ちゃん。仕事を探してるのかい?」


馴れ馴れしく声を掛けてきたその人は、40代半ばくらいの男性だ。

髪の色は赤ワインのような濃い赤紫あかむらさき色をしていて、まるでざんばら髪のようなのに少しウェーブしているせいか、妙に色っぽい。

身長も高く、こちらを見下ろしている。

無精髭が若干伸びているようだが、それも似合ってしまっている。

服は着崩してはいるが、仕立ての良い服を着ているのが分かる。

ゆかりの第一印象は「異世界版イタリア人(偏見有り)」だった。

思わずじっと観察していると、再び声を掛けられた。


「そんなに見つめられたら、おじさん照れちゃう」


いきなり声を掛けられてきたので思わず不躾な視線を送ってしまった。

が、どうにもノリが軟派すぎて、別にいいか、と思ってしまった。

一応大人の礼儀として謝っておく。


「すみませんでした」


そう言って再び求人広告に向き直る。


「あれ、つれないなぁ。おじさんいい求人情報知ってるよ」


いかがわしいお店にでも誘う気だろうか。

じろっと横目で睨む。


「怖いなぁ、大丈夫、いかがわしいお店じゃないって。おじさんの知り合いのお店で、ずっと求人広告をお店の中に貼ってあってね。でもお店に来たことも無い人を雇うのは嫌だっていうから、この場所には求人広告出してないんだよ」


人手は欲しいくせに、妙なこだわりがあるからなぁ、などとその男性は一人でしゃべっている。


「因みにほら、あそこの大通り沿いにある大きいレストランだよ。この通りを歩いてきたなら見たことはあるでしょ?」


そう言われてつい、そちらの方向を見る。


「レストラン、ですか?」

「お、やっと興味持ってくれた。そう、レストラン。うちの王国の騎士団も御用達と聞くこの街で1、2を争う人気のレストラン。どう?求人広告をお店まで見に行ってみない?ついでにおじさんとそのお店でコーヒーでもどう?」

「…因みになんですが、質問しても?」

「うん、おじさんに何でも聞いてごらん」


にこにこと上機嫌な男性に、何故求人広告に魔術師を募集する項目が無いのか聞いて見ることにした。


「お嬢ちゃん、それは需要が無いからさ。個人的に魔術師に依頼するなんてよっぽどの事が無い限り有り得ない。魔術師に依頼するのは高額だしね。王国所属の魔術師団に依頼する方がよっぽど安くあがる。個人的に魔術師を雇うような経済的に余裕のある人は、こんな場所の求人広告じゃなくて傭兵ギルドの方に依頼するのが普通だね。もしくはスカウトもあるみたいだけど…魔術師は変わり者が多いから、雇うのも難しいらしいよ」


そうか、魔術師としてのアルバイトは需要が無いのか。それこそ王国魔術師団とやらで働かない限り。

でも、王国魔術師団で週3は無理だろう。なんとなく国家公務員的な感じがするし、アルバイト的な感じではなさそうだ。

魔術師として働くのは諦めよう。

傭兵ギルドは少し気になったが、きっとモンスターを倒したり採集クエストがあったりするんだろうな。こちらも少し面倒そうだし、この世界の一般常識がない自分一人では危なそう。

自分が十代だったらまだ、冒険者登録とかもしてみたかったけどね。アラサーにそんないきなり身体はる仕事は無理さ。元OLの体力の無さをなめるなよ?

つまり、この軟派な男性の最初に言っていたレストランあたりが無難なのかもしれない。


「よく分かりました、ありがとうございます。あなたがおっしゃっていたレストランが少し気になるのですが、お店の名前を教えていただけますか?」

「おぉ、レストランに興味持ってくれた?ここのオーナーにはよく世話になってるから、君を紹介できたら少しは恩返しが出来るよ。店の名前は『ベルベス亭』。聞いたこと無い?」

「あ…」


『ベルベス亭』。聞いたことある、というか行ったことある。

それは昨日、ベルナルドさんに連れて行ってもらったレストランだ。


「昨日そこで食事しました」

「おおお!それなら話は早い!さぁ早速おじさんとそこでコーヒーを楽しもうじゃないか!あそこの店はコーヒーが本当にうまいんだ」

「いえ、コーヒーは結構です」

「そうかい?うまいのに」

「昨日いただいたので美味しいのは知ってますが、今日は仕事を探しに来ただけなので」

「いきなり行って、働きたいです、って言うより、客としてもう一度行ってからの方が心象もいいと思うよ。おじさんがおごってあげるから、コーヒー一杯だけ飲もう」


そう言うなり、男性は先に歩き出してしまったので、仕方なく後ろをついていくことにした。

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