■16.王都へ、リトライ

通販で注文していた服が午前中に届いた。

ウキウキしながら梱包を解く。

中から、写真通りの可愛いスカートやブラウスが出てくる。

さっそくハンガーにかけて値札を取る。糸のほつれがないか、ボタンが緩いところが無いかじっくり確認。

新しい服だと、ボタンはわざと緩く縫ってある場合もあるんだよね。

裁縫道具を取り出し、少しだけボタンを補強した。


全ての服を確認し終わったあとは昨日練習した合体魔法の洗濯!

並べた新しい服に向って手を伸ばし、皺や畳まれてる跡が綺麗になるのを想像する。

あ、洗濯というよりこっちだな


「クリーニング」


シュポンッ、と、瓶からコルクを抜いた時のような音がした。

服を見てみると、余計な皺が綺麗に伸ばされてクリーニングから返ってきたてのような仕上がりに満足した。

何となく、買ってそのまま身につけるのには抵抗があったが、これなら問題無い。


今日の着る服を選び、早速着替える。

上は白のブラウス。

袖口と襟、ボタンのホルダーの横に派手すぎない白いレースのフリルがついている。

ビロード生地で出来た黒の細い紐のようなリボンがついており、襟の下を通し顎の下で蝶結びをする。


スカートは三色の中からカーキ色を選んだ。着る位置は胸下から。

上部20センチほどは、コルセットのような作りで後ろで編み上げられている。

一人で着られるのかな?と思ったが、サイドがゴムになっており後ろを結んでからでも余裕で着れた。

コルセットの機能は果たしてないけど可愛いし着やすいし苦しくない。

鏡を見て弛み具合を何度か着たり脱いだりして調節した。

スカート丈は膝下15センチくらい。


スカートの中は温かいヒートテックで足首まである黒のレギンスの上に同色の靴下を履いた。

どうせブーツ履いちゃえ中なんて見えないしね!

っていうこの考えはアラサーだからだろうか。

つま先まで無いレギンスは、足の指が突っ張るカンジもなくて楽なんだよねぇ。


ニットコートはブラウスのリボンと合わせてブラックにしてみた。

鞄はもともと持っていた斜め掛けのショルダーで革製。

明るめで少し黄色がかった茶色。

あとは昨日買ってきたブーツ。ショートブーツとロングブーツ、どっちにしようかなぁと悩んでいると、地下の玄関からまたあの音がした。


トントントン


突然の音にまたもやビクゥっとしてしまったのは仕方ないだろう。

しかし、前回ほど狼狽えることは無かった。


「はーい、どなたですかー?」

「こんにちは、ベルナルドです」


ベルナルドさん?


「ちょっと待ってくださいねー」


そう言ってから鍵を解除しドアを開ける。


「こんにちは、ユカリ。おや?今日はまた一段と可愛らしい格好をされてますね。これからどこかへ出掛けられるところでしたか?」


どうやら今日はベルナルドさん一人のようだった。

爽やかな笑顔でこちらを見ている。

どうしようか、と迷ったが、そのまま伝えることにした。


「これから王都に行ってみようと思ってたんです。(本当は一回行ったけど)はじめて行くのでオシャレをしてみました」

「はじめて、ですか?」

「はい、はじめてです」

「他に大きな、例えば検問所のある街は行ったことありますか?」


よっしゃ、実はそのセリフを待ってましたよ。

おとといワープで行った際、悪いなぁとは思いつつ裏技のワープを使って城壁を潜り抜けたが、できれば正規のルートで通れるようになりたい。

ベルナルドさんの顔を見た瞬間、もしかしたら通行手形的なものを用意してもらえるかも、と思った。

あざといかな、と思いつつも少し上目遣いで答える。


「いいえ、無いんですけど、何か不都合がありますか?」

「そうですね…登録カードはお持ちですか?」

「登録カード?それはどういった物ですか?公的な物は何も持っていないんです…」

「そうですか…」


そういうと、ベルナルドさんは少し何かを考えているようだった。登録カードというもの自体を知らないのはおかしかったのかもしれない。


「…分かりました。小さな村出身だと、持っていない方も少なくないですしね。それでは今日一緒に行って、身分証明となる登録カードを発行しませんか?実は今日、魔術師としての登録カードを発行しないか、という話で来たんですよ」


うん、良かった。なんとか無知なのは流してくれたようだ。

そして本当にナイスタイミングです、ベルナルドさん。

そちらから身分証明となる登録カードとやらの発行を促してくれるなんて。

来てくれるタイミングもバッチリ。私が出かけた後だったら、また前回の井戸までいっきにワープしようと思っていたのですれ違いになるところだった。

しかも私は不法侵入。何かあった時にリスクがあるなぁ、とは思っていた。

ということで、その「身分証明となる登録カードを発行」のお誘いを断る理由が無い。

ん?「魔術師として」?一般の登録カードとは別なのかな?

んー、よく分からないけどそれは道中聞けばいっか。カード自体を知らないというのはもうバレてるんだし。


「はい、是非お願いします!」


そう答えてから、ふとベルナルドさんの服装に気付く。今日も黒地に赤ラインの入った騎士様の服を着ている。


「ベルナルドさん、お仕事で来られたんですか?」

「はい、前回お世話になった際にもお伝えしましたが、こちらに治癒師がいることは国に報告させていただきました。治癒師が貴重、という話をしたのを覚えてますか?」

「はい…なんとなくですが」

「ええ、それで結構です。その貴重な治癒師がどこにいるか、出来れば把握しておきたい、というのが国の意向でして。先ほども言いましたが、今日はあなたに魔術師登録してくれないかという勧誘で来たんですよ。もちろん強制ではありませんが、魔術師として登録すれば検問所も通行が楽になりますよ。国としてもどこの検問所を通ったかなどの履歴が確認できるので、だいたいの現在地が分かるようになる、というメリットがあります。国に現在地を把握されるのは嫌ですか?」


なるほど、取り敢えずそのカードを作れば壁通り抜けの術を使わなくても堂々と街に入れるようになるんですね。

国としてもカードを使って検問所を通れば、その履歴からどこの検問所をいつ通過したかが分かる。どの魔術師がどの辺りにいるのかを把握するために便利なのだろう。

日本で言うところのパスポート機能のある住民票とか、マイナンバーカードとか思えばいいかな?ちょっと違うか。

まぁでも


「嫌ではないです」

「それは良かった。あと、作る前にお伝えしなくてはならないのが、魔術師として登録すると徴兵があるかもしれない、ということです。普通の魔術師というだけなら、王国魔導師団に所属してない限り無いのですが、治癒師の場合は遠征に同行をお願いできないかお伺いすることがあるんです」


え、マジか。徴兵ってことは戦いがあるんだよね、きっと。戦闘は怖いな…。

日本に住んでいて、今まで命の危険を感じるような場所に行ったことがない。

VRの世界で遊んだとしても、それはただの仮想世界。本当の命のやりとりなんてしたことがない。

でも、もし私が参加することにより、ひとつでも助かる命があるのだとしたら。

グレスさんのような怪我人をまた助けてあげることが出来るのであれば…。


「もちろん治癒師の都合が優先ですので、断ることもできます。ただ、ユカリの場合はとても優秀な治癒師として報告しましたので、その実力を確認するためにもお声掛けさせていただく事が何度かあるでしょう」


ここで「無い」と言わないベルナルドさんに逆に好感を抱いた。

戦闘は怖いし怪我してる人を見るのだって怖い。

今まで医者でも看護士でもなく、普通のOLだったのだから。

でも、もしその怪我人の中にベルナルドさんがいたら。サムルさんやアルゼンさんがいたら。この間のグレスさんのような怪我をし、それが元で亡くなってしまったら…。

自分が同行さえすれば助かる命だったかもしれないのに、と後悔するほうが嫌だと思った。


「ベルナルドさん、是非その登録カード、作りたいです!」


思わず両手拳を胸の前に握ってベルナルドさんを見上げる。

すると、なんということでしょう。ベルナルドさんに頭をなでなでされてしまいました!

思わず赤面してしまったのは仕方ないですよね!?

笑顔を惜しげなく振りまいているため、最初はチャラそうって思ってましたが、こんな爽やかでイケメンな青年に頭なでなでとかもぉほんとご馳走様です!!!


「そう言ってもらえて良かったです。では今からすぐ行けますか?」

「はい、お願いします!あっ」

「どうされました?」

「あ、いえ、あの、靴…ショートブーツとロングブーツ、どっちにしようかな、って迷ってるところだったんです」

「ああ、そうでしたか。どちらも可愛らしくてユカリによく似合いそうですね。今日は少し寒いですから、ロングブーツが良いのではないでしょうか」


あ、やっぱチャライは合ってそうな気がしてきた。

でもそっか、ロングブーツだと暖かいよね!

ご助言通り素直にロングブーツを履く。

靴を履いている間、ベルナルドさんは後ろを向いていた。

何でだろう?って思ったら、めっちゃスカートの裾が捲れてた。わぁ、ロングスカートとか普段穿いてないからうっかりしてた。ていうか出てるのは膝下だけだけどね?それも黒いレギンスを履いた。

それでもスマートに後ろを向いて待つあたりはジェントルなカンジがした。チャライのかジェントルなのか、どっちなんだろう。

サイドにあるブーツのジッパーを上げて踵をトン、と鳴らす。


「ベルナルドさん、準備出来ました!」


ベルナルドさんはこちらを向いてまた頭をなでなで。

よくできました、ってこと?

子ども扱いされてる気がする。何故だ。


「では行きましょうか。馬の二人乗りになりますが、大丈夫ですか?」

「えっ、二人も乗せてこの子…大丈夫ですか?」

「軍馬ですから鍛えてありますし、大丈夫ですよ。それにユカリはとても軽そうだから一人に勘定されないですよ」


お兄さん、何が欲しいんだね?ほらおばちゃんに言ってごらん?

「軽そう」の一言で嬉しくなってしまった。


移動はワープでひとっ飛びできるけど、ワープはまだ黙っておく方向なので馬に一緒に騎乗させてもらうことにした。


馬に乗るなんて、小学生の時にポニーに乗った以来だ。ベルナルドさんにも小学生、を幼少期と言い換えて伝えたら、笑って大丈夫だと言ってくれた。

ただ、私が馬が怖くないか、という事を気にしてくれていた。

野生の馬なら怖いと思うが、ベルナルドさんが一緒だし怖くない、と素直に伝えたら嬉しそうにまた頭を撫でられた。


一人で乗るのが難しかったので、ベルナルドさんに手伝ってもらい横向きに座った。

そう、スカートなので横向きだ。

私が座ったのを確認すると、ベルナルドさんはひらりと馬に飛び乗り、私の後ろに跨った。

後はベルナルドさんに指示されたとおりの体勢をとる。


「横座り用の鞍ではないので、怖いかもしれませんがしっかりつかまってくださいね。ゆっくり進みますから、あまり怖がらないで」

「はははははい、よろしくお願いしますっ」


あ、あのですね、確かに高さもあるし、横座りだし、怖いかもって思ったんですよ。

でもそれどころじゃないですよ。

ななななんですか、この近さは!

私はベルナルドさんの胸に頭をあずけるような形で右手はベルナルドさんの腰から背中にかけて腕を回し、左手は鞍を掴んでいる。

ベルナルドさんは右手で手綱を持ち、左手で私の背中から腰にかけて腕を回してしっかり固定してくれている。

つまり、ぺったりべったりくっついてる。

はははは恥ずかしい!

こんなに密着するものなんですか!?

でも、体を離して落馬したらと思うと怖いので離せない。

何の羞恥プレイだろう。誰も見ていないのが救いかもしれ…まっ!街に着いてもこのままなんてことは無いですよね!?


脳内パニックが続くよどこまでも。

野を越え山越え、いえ、ずっと森の中の一本道ですけど。

ふと、顔を少し上げてみたらベルナルドさんの素敵に整ったお顔がとても近くにあり、思わず顔を逸らしてしまった。

イケメンは遠くから鑑賞する分には目の保養になりますが、近くに寄ると心臓に悪いですね。


そして身体を預けているこの胸板。

ベルナルドさんは見た目細いのに、とてもしっかりした身体をしていることを私は知っています。

ええ、先日はっきり堪能させてもらいましたよ。

ピュアウォーター事件、とでも命名しましょうか。

あの素敵なお身体に自分がもたれかかっていると思うと、鼻血吹きそうになりますね。思い出さないでおこう、とか思うと余計鮮明に思い出すのは仕様です。

決して私が欲求不満だからとかそんなことはありません。仕様なんです。仕様。「仕様がない」ってやつです。


一時間くらい過ぎたところでようやく私の脳内パニックも収まってきた。

この距離にも少し慣れ、今はただ、ご馳走様です、と思うことにした。

本物の騎士様に横向き抱っこ状態で馬に乗せてもらうとか、日本ではほぼ確実に体験できないことなので、今を堪能することにする。

と思ったら、少し広くなった場所で馬を止めた。ここで一回目の休憩を取るとのこと。

一度馬を降りて軽く伸びをしてみたりしてストレッチをする。

やはり身体は緊張していたらしくガチガチに固まっていた。

切り株に座ってベルナルドさんが持ってきていたお茶をいただく。


「あとどれくらいで王都に着きますか?」


前に来たとき、王都まで二時間半、と言っていたので、あと一時間半くらいだろうか。


「今日は少しゆっくり目に移動してるので、あと二時間半くらいですね。王都に着く前に、もう一回休憩を取ります。大丈夫ですか?」


え、あと二倍以上の時間がかかるのか。そうか騎士様たちだけで二時間半だもんね。

私を横抱きにした状態でゆっくり移動しているんだから、それでも早い方なのかもしれない。


「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


王都まであと二時間半。

イケメンベルナルドさんを満喫ツアーの再開。

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