■11.異世界と魔法

「可愛い魔女さん」と言われ、少しその気になってしまった単純な私。

今は私とベルナルドさんの二人で話しをしている。

レド君はソファに寝転がっている。

(レドさん、と言ったらものすごく嫌がられ、じゃぁレド君、と言ったらしぶしぶ妥協してくれた。レドでいいのに、と言ってたが、今日初めて会った人にいきなり呼び捨ては出来ません)


「家も全体に魔術がかかってますね。設備は魔導のものですか?王都でも見たこと無いものが幾つかあるようですが」

「そうですね、雷(電力)で動いてますね」

「素晴らしい!こんなに充実した設備はそうそう無いですよ」


ベルナルドさんは電化製品が好きな人らしい。

日本製品の技術の高さは世界に誇れますからね!

外国の方々もわざわざ日本で購入する方もいるみたいですし。

そしてここで奥義をまた炸裂です。笑って誤魔化せ。

にっこり笑うだけで相手は勝手に色々解釈してくれます。

普段ベルナルドさんは秋葉原にいそうですね。電気屋さんで一日過ごせる人です、おそらく。


「ところで、あなたはどんな魔術を使えるのですか?」


いきなり話題が変わった。


「魔術、ですか?」

「はい、火、水、雷、土、風のような自然と密接したものから、光、空間、など様々ありますが」


首を傾げた仕草で髪がサラサラと流れる様は、男性なのに色っぽい。

しかし、こちらを見つめる目には少し何かを探るような意図を感じた。


ゲームなのかマンガなのかも分からない彼らの世界観に付き合えと?

そう思いながらも、話をここまで合わせてしまったのだ。急に現実的に戻すのもつまらなく思い、彼らの話にまだ少し、合わせてあげることにした。


弟がやっていたゲームをたまに見ていたのを思い出し、それっぽく右手の人差し指を立てて


「マッチ」


と言った。

すると、ポンッと音がして、なんと紫の指先にマッチのような火がついた。

ビックリして自分の指先を見つめる。

熱くはない。

ビックリし過ぎて表情は全く変わらなかった。


するとベルナルドさんは


「火魔法ですか」


と言った。


指先に軽く息を吹きかけると、火は指先から消えた。

ビビビビビびっくりしたぁ!!!!!

内心心臓バクバクになりながら手を机の下でグーパーしてみたりした。

ななな、何なのだ。何が起きたのか自分でも分からなかった。

しかし、紫の驚きとは反対に、ベルナルドさんは落ち着いた様子で少し考えているようだったが、紫は気が付かなかった。


ふと、紫は自分の前に置かれている空のグラスが目についた。おそるおそる手に取り


「天然水」


と言ってみた。

清涼感溢れる自然豊かな山の天然水。マイナスイオンで癒されそう。

すると今度はグラスにちょうど良い量の水が湧き上がった。

水は「天然水」に相応しく、透明で綺麗に光っている。ん?光る?

何となしにそれを見ていたベルナルドさんは立ち上がった。


「その水、いただいても?」

「えっ、は、はい」


そう言うと躊躇わずにベルナルドさんはその水に口をつけた。

えっ。何から出来てるか分からないのに大丈夫?お腹壊してもしらないよ?!と少し焦ったが、驚いているのはベルナルドさんも同じようだった。


「これは…ピュアウォーターですね。体力が回復します。もしかしてあなた、治癒魔法も使えるのですか!?」

「えっ?!治癒魔法??使ったことないので分からないです」


というか魔法自体が全くもって初めてです。

自分、どうして魔法が使えているのでしょうか。

そもそも、魔法が実在したなんて知りませんでしたよ!


すると、ベルナルドさんは懐から小型ナイフを取り出して、急に自分の手の甲を傷つけた。


「なっ!何やってるんですか!!」

「実験材料を作ったまでですよ。ピュアウォーターが作れるなら、治癒魔法が使えるはずです。私の手を治してみてください」


そんな事を言われても、と目の前で血の滲んだ傷を見つめる。

深くは無さそうだが、軟膏薬を付けて絆創膏を貼った方がいい気がする。

しかし、彼はそれを許してはくれなさそうな雰囲気に包まれている。

仕方なく彼の腕を取り、治るのをイメージする。

んー、怪我を治すおまじない…っていったらやっぱアレかなぁ?


「ちちんぷいぷい」


すると、腕だけではなく、彼全体が白い光に包まれた。

ヤバイ。何かやらかしてしまったか、と焦ったのも束の間、彼が驚愕の表情でこちらを見つめていた。

レド君もソファから身を起こしてこちらを見ている。

ハッとして手を見ると、そこに先ほどまであった傷は綺麗に無くなっていた。

そして何を思ったのか、彼は上着を脱いで急に上半身裸になった。


なななな!何してるんですか!引き締まった素敵な身体ですね!!ご馳走様です!!!って違ったぁぁあ!!と、紫が暴走しかけていると、ベルナルドさんはサムルさんを呼んだ。


「サムル、脇腹の後ろを見てくれないか!」

「ちょ、ベルナルド中隊長殿、なに女の子の目の前で脱いじゃってるんですか…ってあれ?二年前の傷跡、いつ消えたんですか?今でも天候が悪いとたまに引きつって痛いと言ってましたよね?」

「たった今…ユカリが治した…」

「治癒師だったのですか!?」

「いや、ユカリも治癒魔法が使えることを今知ったようだ」


正確には、魔法を使えることを、ですが。


「っ!ユカリ殿!それならすぐにグレス中隊長殿にも治癒魔法を使ってくださらないか!」


そうだった。今ここには重症患者がいたのだった。

私で役に立てるか分からないが、やってみる価値はあるかもしれない。


「部屋に行きましょう」


いつの間にかちゃんと上着を着直したベルナルドさんに促され、グレスさんの寝ている部屋へと行く。

グレスさんの横にはアルゼンさんが付き添っていた。

グレスさんの額には玉のような汗が浮かんでいて、とても辛そうだ。

何事かを察したのか、アルゼンさんはそっと後ろに下がった。


私はグレスさんの額の汗をタオルで拭ってから、その手を握る。

今度はちゃんと、傷が癒されるのをイメージしながら呟いた。


「ちちんぷいぷい、痛いの痛いの飛んで行け」


さっきより長くなった。まぁ気分の問題かな。

因みに紫が幼少期に使っていたおまじないのフルバージョンは「ちちんぷいぷい御代ごよ御宝おんたから、痛いの痛いの飛んで行け、遠いお山に飛んで行け」となる。


昔からのおまじない(省略バージョン)を唱え終わるとグレスさんの身体がふわっと少し浮き、全身が白く輝いた。

そして光だけ窓からふっと飛び出し、どこかへ消えていった。

グレスさんの身体もゆっくりベッドの上に戻る。

グレスさんを見ると、先程までの辛そうな表情ではなくなっていた。


ゆっくりとグレスさんの目が開いた。こちらを見た、と思ったら急に目を瞠った。

無言のままこちらを見ているが、大丈夫だろうか。

暫くしてからゆっくりと起き上がろうとしたので、背中に手を添えてそれを手伝った。

サムルさんが傷が治っていることを確認した。


「グレス、調子はどうですか?こちらのユカリが、治癒魔法が使えたので治してもらいましたよ」

「あ、ああ、悪いところは無いようだが…」

「少しぼーっとしてますね。まぁ怪我のせいでは無さそうですからいいですが」


どうやら会話も出来るくらい回復したようなので、夕飯も食べられるだろう。

そう思い、一度台所に戻ってシチューを温めなおし、一人前を用意して部屋に持って行く。

ゆっくりと、でもしっかりと完食してくれた。

先ほどまで玉のような汗をかいていたので再度シャワーを勧めてみたら、素直にシャワーを浴びに行った。

アルゼンさんが付き添ってはいるが、一人で歩けていて足取りもしっかりしている。


グレスさんがシャワーを浴びている間、ベルナルドさん、レド君、サムルさんと私でリビングに集まった。

アルゼンさんはグレスさんにお風呂場の説明をしたあと、外の見回りに出かけた。


「ユカリは優秀な治癒師ですね。さっき、風の魔法も使ってましたね。これで火、水、風、治癒の魔法が使えることが分かりましたが、他には?」

「それは答えなければいけませんか?」


というか何が使えるか自分でも全くもって分からない。


「ご存知だとは思いますが、魔術師でも三属性以上使える人は稀ですよ。普通は一属性か二属性、多くて三属性。なのに貴女はすでに四属性見せてくれた。騎士団の騎士として、ここに治癒師が住んでることも国に報告しなくてはいけませんし、教えていただけるのでしたら、それに越した事は無いな、ということです」

「それにとっても強力。魔導力かなり高いんじゃない?聞いたことのない詠唱だったけど、師匠は誰?まぁ、言いたくないならいいけど」


ベルナルドさんとレド君が続けて言った。


どうやら、彼らの「国」とは、「地球」の中にある国とは別物ではないかと思いはじめた。

地球には、一属性どころか魔法を使える人なんて見たことが無い。

マジシャンだってちゃんとタネがある。

自分が知らないだけで、某映画のような魔法学校が存在するのかもしれないけれど…。

地下室の扉。

あそこから、地球ではない場所に繋がっているのではないか。

そう考えると色々疑問に思っていたものが納得へと変わった。


そう、彼らはコスプレイヤーではなく、本物の騎士団に所属している騎士様なのだ。

レド君は…彼らの護衛対象になる人物だと思われる。

そして恐らく、魔物も実在するのだろう。

一瞬、ここに住んでいては魔物に襲われるのでは、と思ったが、彼は「対魔物の強力な結界が張られている」と言っていた。

それが本当ならば、この家にいる限りは安全だろう。

むしろ熊が来る方が確率が高いかもしれない。


「手の内を明かすのを嫌う魔術師もいますし、属性報告は義務というわけでもないので、気が向いたら教えてくださいね。ただ、治癒魔法を使える魔術師は貴重ですし多くはありません。あなたの意に沿わないかもしれませんが、こちらは報告させていただきます」


悶々と考えてるうちに、ベルナルドさんはそう言って立ち上がった。


「さて、今日はそろそろ休ませていただきます。ご飯とっても美味しかったです、ご馳走様でした。そしておやすみなさい」


そう言ってサムルさんと二階へ上がっていった。


「ユカリ、グレスを助けてくれてありがとう。本当に感謝している。近いうちにちゃんとしたお礼をするから、覚悟して待っててね?」


そう言ってレド君も二階へと上がっていった。

にっこり天使のような笑顔で「覚悟して」ってどういう事ですか!?


本当に疲れた。

何だろ、お腹のあたりがごっそり何かを持っていかれたような空虚感。

、を使った為…なのだろうか。

分からない事だらけだ。

取り敢えず私もお風呂に入って寝よう。

あ、その前にパンがもう無いや。全自動パン焼き器に材料を入れて時間をセットする。

これで明日の朝は焼きたてのパンが食べられる。

そう思うと少し気力が戻った。


グレスさんが出たのを確認して、今度こそお風呂に入る支度をする。

ラッキースケベ?今この疲れていっぱいいっぱいの状況にそんなものいりません。

本当に疲れたんです。

この家に住んでから初めて、鍵をかけてお風呂に入り、寝室の部屋も鍵をかけて布団にもぐった。

興奮して眠れないかもと思ったが、疲労感が勝ったようで布団に入ったとたん、眠りについた。

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