■7.レッツ下見

ウキウキしながら出かける支度をする。

1泊なのでそんなに荷物はいらない。ただ、温泉というのがとても楽しみだ。もしも引っ越したら、ちょいちょい通えるかもしれない。なんせお金には困っていない。旅館に泊まってもいいし、日帰りでもいい。夢が膨らむ。


翌日。不動産屋さんとは午後一時に駅で待ち合わせ。

指定された駅まで行くと車で迎えに来てくれていた。下見した後は旅館まで送ってくれて、翌日も旅館まで迎えに来てくれるとのこと。ありがたい。

不動産の人は白髪まじりの優しそなおじさまで、小林こばやしさん。よろしくお願いします、と握手を交わした。


新築の物件二軒、中古物件三軒がネットで見て気になった物件。

その中で今日はまず、新築二軒とネットには載せてないという中古物件一軒を見に行くことになった。

明日は中古物件三軒と、見た中で気になった物件があれば再度見に行かせてくれるという。


まずは新築物件。

外観は三角屋根のこじんまりとした可愛い山小屋。

一人だからそこまで大きくなくてもいいんだよね。普段は。

ただ、友達や家族が遊びにきたとき、広さに余裕がある状態で泊めてあげられる家がいい。

最初の物件はそれが少し難しい。部屋としては2LDK。1部屋は自分の寝室として1部屋余るのだが、部屋が狭い。これでは人数によってはぎゅうぎゅうだ。

出来れば4人くらいがゆっくり寝れる環境がいい。

ネットで見た際、この家はとにかく外観が可愛くて気に入ったので、間取りが本当に残念だ。


二軒目。こちらは敷地からして結構広い。

まだ手をつけられていない場所もあり、それは購入者が自由に庭造りができるように、わざと手をつけていないのだとか。

外観は山小屋というよりペンション。四角く可愛い窓が沢山ついている。

1階はとにかく広いリビング。そしてキッチンとダイニング。お風呂場は1階と2階に1つずつ、主賓室にはそれとは別にシャワールームもついていた。

…一人でそんなにいらねぇ…

レアケースで家族などが泊まりに来る際を考えて、部屋は広くて多い方がいいが、設備が多いのは掃除とか面倒そうだし…お風呂がいっぱいあるのは有る意味憧れでもあるが、お手伝いさんを雇う気もない。

この物件はただのミーハー心だったんです。不動産屋さんごめんなさい。

因みに主賓室のほかに客間は3部屋と和室が1部屋あった。和室は掘りごたつだ。掘りごたつは憧れるなぁ。


さて、次はネットに載せてないという中古物件。車で移動しながら景色を楽しむ。緑の多い山の中。

どんどん家同士の間隔がひらいてきた。

思ったより前の二軒で時間がかかってしまい(細かいところも見るのが楽しくてつい時間をかけて見ちゃった…)、だんだんと薄暮の時間となってきた。


暫くすると、一軒の家が見えてきた。どうやらこの家がホームページに載せていないという家らしい。

車を降りて家の外観を見る。

薄暗くなってきているため、奥の方はよく見えないが、かなり広そうだ。

玄関に向かって左側に駐車場。

1階は全体的に丸太を横に組み合わせたような、木をふんだんに使った贅沢な見た目。

2階はどうやら白の土壁に木の梁でドイツにありそうな雰囲気。

今年は珍しくまだ雪は降っていないが、雪が積もりにくい屋根の形をしているらしい。

積もっても勝手に滑り落ちる工夫がしてあるとのこと。


玄関の正面には小さな階段が3段あり、右横にはゆるやかなスロープでの登り口もあった。

玄関扉の上には大人3人くらい入れるくらいの大きさの屋根がついていて雨とか雪が降っていても玄関前で濡れることは無さそうだ。

そして階段をのぼったその先には緑色で木製の、可愛らしい玄関扉があった。

上部には小さく桔梗のような花を模ったステンドグラスがはめ込まれている。

前の二件と比べ、ドキがムネムネ、違った、胸が高鳴っている。こどもの頃のようにワクワクとしている自分に気がつく。


現在電気は通っていないとのことで、懐中電灯を渡された。

玄関の扉を開けると、チリン、と可愛いらしい鈴の音がした。振り向いて扉を見ると、内側の上部に仕込みがあり、扉が開くと鈴が鳴るようになっていた。

薄暗くなってきた部屋の中を懐中電灯で照らしながら、「ここがLDKにあたる場所ですね」と小林さんが説明してくれる。

リビングダイニングキッチンは間仕切りが無く、とても広く、併せて20畳あるという。広っ!!

奥には洗面所、それとは別に洗濯部屋と干すことの出来るサンルーム、浴室、リビングから見えるのぼり階段の脇にはお手洗いがあった。

お手洗いを背にして立つと、その先に下り階段があった。なんと地下室があるらしい!!


「転ばないように気をつけて」と言われ、気をつけながら階段を下りていくと、そこにはまた10畳ほどの広いスペースがあった。ちょうどリビングの真下に当たるらしい。

壁には棚が備え付けられており、少し手を加えればワインセラーにも使えるそうだが、それにしては広すぎる。

ふと、ここは作業場にちょうどいいのではないか、と思った。

久実先輩にも話しをしたが、革で色々作ってみようと本気で考え始めていた。

売れなくてもいい、趣味の一環としてだが。


妄想しながら見渡していると、ちょうど玄関の真下にあたる場所に、玄関と同じように靴が脱げる場所があった。

だがその先は壁となっており、外に出ることはできない。

首をかしげていると


「これはおそらく、この建物を建てた人の遊び心なんでしょうね。壁を見てみてください。玄関と同じ扉がだまし絵で描いてあるんですよ」


そう言って小林さんは壁に懐中電灯をあてた。

本当だ。暗くてただの壁のように見えていたが、そこには玄関と同じ扉の絵が描いてあった。

洒落ていて可愛いと思った。


二階へと移動した。

地下から二階に行くと、若干息切れしてしまった。あれー?小林さんの呼吸は乱れていないのに…。

二階は8畳ほどのシンプルな洋室が二部屋に、主賓室。主賓室にはウォークインクローゼットや書斎までついていて、とても広い。

二階にもお手洗いと洗面所がついていた。

この家を建てた人は、何目的でこの家を作ったのだろうか。

ものすっごく贅沢な作りだと思った。


「今は暗くなってしまったので、もし気に入ったようでしたら明日また、日の明るいうちに見に来ますか?」


小林さんに聞かれ、「是非お願いします!」と即答した。


本日はここまで。

予約した旅館まで送ってもらい、明日また、午前十時にお迎えに来てくれるとのこと。

温泉付の宿なので、朝風呂も充分堪能できる時間だ。


旅館では、山の幸とお肉がたっぷりの美味しいご馳走を堪能した後、温泉へと向かった。

温泉の効能でお肌がすべすべになると書いてあった。その名も「美人の湯」。よっしゃ!美人になったろう!!なんて一人でも盛り上がってしまう。奥には露天風呂もあった。

露天風呂に続く扉をカラカラとスライドさせると、ビューっと冷たい風が吹いてきてた。

ヒー!寒いっ!!凍えるっ!!!

かけ湯をして、すぐさま湯船に入り肩まで浸かる。そのまま空を見上げれば、雲もなく、満天の星空だった。

さっきまで凍えそうだったのも一瞬で忘れ、わぁ、と思わずため息が漏れる。

そのまま暫く星空を見上げていると、すっと流れ星が見えた。

すごい!東京ではこんな綺麗な星空見れないよ!


翌朝六時。朝食前に朝風呂で温泉を堪能してからゆっくりと朝ごはん。

朝ごはんはバイキング形式だった。

連休中のためか、家族連れや夫婦で来ている人が多いようだ。

キャンセルが出ていて本当に良かった!運が良かったとしか思えない。

食事を済ませた後、最後にもう一回!と温泉を軽く楽しんだ。


チェックアウトを済ませると、既に小林さんは旅館前に来てくれていた。


「おはようございます。ここの温泉どうでしたか?すごく人気の旅館なのに部屋が空いてて良かったですねぇ」

「おはようございます。本当にラッキーでした。ご飯も美味しかったですし、それに何より、露天風呂が最高でした。お風呂に入りながらあんなに綺麗な夜空が見れるなんて、東京じゃぁ考えられませんからね」

「それは良かったですねぇ。私も今度、オフシーズンにでも妻と来ようかなぁ。さて、それでは行きましょうか。まずは昨日最後に見た物件から見に行きましょう。明るいところで見るとまた、雰囲気も違いますしね」

「はい、お願いします!」


旅館から車で少し走ると昨日、最後に見た物件が見えてきた。

昨日は見えなかったが、屋根も玄関と同じ緑色をしていた。


「この物件、中古とは言ってますが、ほぼ新築なんですよ」


車から降りながら小林さんが言った。


「この家を設計して建てた人は、この家が経って間もなく、亡くなってしまったんです。建物の中で亡くなったのではありませんが、そういう経緯があって中々買い手がつかないでいるんです。こんなに立派で素敵な家なのに、本当に勿体無くて。でも、お客さんにはちゃんとそのことも伝えておかないといけないですからね。あ、昨日はうっかり言い忘れちゃってたんです。すみません。家に帰ってから言うのを忘れたのに気がついて、少し焦りました」


すみません、と頭を掻きながら小林さんが謝った。


「そうだったんですか。だから少しお安くなってるんですね」

「こういう話、苦手だったりします?」

「いえ、私は大丈夫です。そういうのを気にしちゃうと古城とか民家とか、行けないですよね」

「ああ、それなら良かったです、昨日気に入ってくれていたようだったのに、後からこの話をしてガッカリされてしまうのではないかと思いまして」


そして再度、昨日暗くて見づらかった場所なども見せてもらい、途中昼食をはさんでから残り三つの物件も見せてもらった。


「どうでしたか?もし気に入った物件がありましたら是非また、お声がけください。他の物件が見たいのであれば、また幾つか見繕っておきます」

「どうもありがとうございました。一度帰って、じっくり悩んでみますね」

「はい、それではお気をつけて」


こうして山小屋の下見一回目は終了した。

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