■6.辞表提出~そうだ、山小屋で暮らそう

お金を受け取った翌朝。

朝礼が終わり、部長のもとへ行く。


「部長、昨日は午後休をいただきまして、ありがとうございました。今お時間よろしいですか?」

「うん、大丈夫だよ。何かあった?」

「まことに勝手ながら、今年度いっぱいで退職させていただきたいと思いまして。辞表届を受け取っていただきたいのですが…」

「え、村崎くん辞めちゃうの?今年度いっぱいってことは3月まで?」

「はい、あ、でも有休も消化したいので、3月は出来れば有休消化に充てたいな、と。」

「分かった、そのあたりは調べておくね。多分大丈夫だろうけど」

「ありがとうございます、宜しくお願い致します」

「うん、でも寂しくなるなぁ。送別会はするからね。出席してよね」

「はい、ありがとうございます」


ぺこりとお辞儀をして自分の席に戻る。


「何なに、ちょっと聞こえてたんだけど…紫、辞めるの!?」

「久実先輩。すみません、突然で。久実先輩にはちゃんとお話したいので、近いうちに夕食一緒に行きませんか?私が奢りますので…」

「別に奢ってもらわなくても大丈夫だけど…まぁ奢ってもらいましょうか。フッフッフー。詳しく聞かせてもらおうわよ。それまでは聞くの我慢しとくね。てことで、明日の夜なんてどう?」

「はい、ありがとうございます!美味しいお店、調べておきますね」

「任せたっ!」


美香がちらりとこちらを見た気がしたが、気付かなかったふりをする。


翌日、仕事あがりに久実先輩と一緒に退社する。ネットで調べておいた、雰囲気のいいお店に行く。ちょっとお高めだったが、落ち着いた雰囲気で料理も美味しそうだった。本格的なフレンチ料理屋さんだ。


「わぁ、こんなオシャレなお店がこんなところにあったんだねー」

「はい、私も調べてみて初めて知ったんですよ。美味しいといいなぁ」


お店に入ると、ウエイターさんがやってきて席へ案内してくれた。

注文も任せる、とのことなので、ネットで調べておいたコース料理を2人分注文する。

赤ワインをグラスに注いでもらい、二人で乾杯。


「まずはお疲れ様」

「お疲れ様ですっ」


「で、早速聞いていいの?なんで突然仕事辞めるのよ」

「実は…忘年会で話した状態になりました」


それだけで久実には通じたらしく、目を見開いている。


「…まじで?」

「まじです。久実先輩以外には誰にも言うつもりはありません。家族にも。なので内緒ですよ?」

「ああ、うん。分かった。それならお金の心配は無いってことだね。それだけでも安心した。で、仕事を辞めた後はどうするの?」

「まだ決めてないんですけどー…暫くはゆっくり過ごしてもいいかなぁって。でも仕事は何かしないとダメ人間になってしまいそうなので、そのうち軽くアルバイトか何かはしようかな、と思ってます。時間だけあっても退屈そうですし」

「やっぱ紫は紫だね。『自堕落万歳!』ってならなさそうで良かったよ」


久実先輩は笑いながら言う。


「家族には、自作品の通販を始めたら思いのほか売れ行きが良くて、それで生計を立てられそうそうだから、って事にしようと思ってるので、本当に何か通販を始めてもいいかな、とも思ってます。ただそうすると、あまり人と接しなくなってしまうので、先輩とこれからも遊べたら嬉しいです」

「もちろんよ。会社を辞めてもちょくちょく会ってちょうだい。私も恥ずかしながら友達が多くはないから、紫と会えなくなったらとっても寂しいわ」


そんな話をしながら前菜をいただいた。

ホワイトアスパラのスープは甘くてアスパラの味もしっかりしていて美味しかった。

メインディッシュは牛ヒレ肉の上にフォアグラが乗った料理で、赤ワインにとても合っていた。


「それにしても、紫の運すごいわね。彼氏と別れた後で本当に良かったわねー。これが付き合ってる最中だったら最悪な結果になってたかもよ?」

「それは考えたことがありませんでした。確かにそうかも。お金目当てにずっと付き合いそうですよね。私はそれと気付かないで」

「うんうん、紫はしっかりしているようで、男見る目は無いし」

「ああ、やっぱりですか?私も最近になって自覚しました。でももう騙されませんよ…多分」

「頑張れ。応援してる。次にいい人が見つかったら紹介してね。僭越ながら私も見定めさせてもらうわ」

「暫くはいらないですけどね。彼氏」

「フリーな時間も楽しいものよ。私はいささかフリーが長くなってきてしまったので、最近焦ってますけどね」

「先輩はその気になればすぐ出来ますよ。私が恋人になりたいくらい」


二人で笑いあった。

デザートはスフレの周りにイチゴとバニラアイス、そしてイチゴソースが綺麗に飾られ、味も見た目も美味しい一品ひとしなだった。


予告通り、お会計は私が全て済ませた。「幸運の恩恵ありがたや~」と言って先輩は大人しく奢られてくれた。

明日も仕事はあるので深酒はせず、終電よりもだいぶ早い時間にそれぞれ帰宅した。


翌日はいつも通りに仕事をこなした。さすがに連休明けの5連勤は少し疲れた。

とは言っても、半休もらった身ではあるのだが。


土曜の朝、これといってやることも無いままパソコンを起動する。

お正月にテレビで見た「憧れの山小屋生活」と、初夢で見た「可愛い山小屋」が何となく気になっていたため、ネットで検索してみる。


「何て入れて検索したらいいんだろう…」


まずは「山小屋」と入れてみた。居酒屋がヒット。うん、残念!

次に「ロッジハウス 家」と入れてみた。すると、想像していた山小屋風の可愛らしい住宅の画像がいくつか出てきた。紫はその可愛らしい外観にいっきに虜になった。

ついでに「ログハウス 家」とも入れて検索してみた。画像としてはロッジハウスと殆ど変わらない画像だった。うーむ、ぱっと見の違いが分からないね。同じ画像が表示されてたりもする。そのあたりはあいまいでもいいかもしれない。取り敢えず併せて「山小屋」でいっか、ととして決める。響きがね…「山小屋」っていう響きがなんとなく好きなんですよ。


その他にも、色々な家を見てみたのだが、近代的な外観よりも、丸太や梁で飾られた、アルプス山脈などにありそうな外観の建物が可愛いと思った。

外観は山小屋風でも、設備はしっかりしている建物が多いようだ。


「いいなぁ、こんな家に住んでみたいなぁ。何より、設備がちゃんとしてる、っていうのがいいよね。やっぱり近代文化に慣れちゃってると、水道もガスも電気も無い生活は無理だわ」


そして今度は別荘地を色々調べてみる。

以前、家族で旅行したあたりを調べてみた。自然豊かで、でも文明から切り離されていなくて、紫のお気に入りの旅行地となった場所。

駅までいけばそれなりに賑わっていたし、あのあたりに住んでみるのもいいな、と思った。


その周辺で売り物件が無いか調べてみたところ、何件かヒットした。不動産を調べてみると複数の物件が同じ不動産の扱いだった。その不動産の連絡先をメモする。

そして今後の予定を考える。今日は土曜だが、明日は日曜、月曜は祝日で休み。下見に行ける。思い立ったが吉日とも言う。早速不動産屋に電話をかけてみた。すると、明日、明後日とも対応可能とのこと。しかも何件か回ってくれるらしい。

近くの宿泊施設を数件教えてもらい、ネットで調べてみる。その中で気に入った温泉付の旅館に電話をかけたら、ちょうど空きが出たとのことで予約が取れた。ラッキー!

ということで、明日と明後日は山小屋の下見に行くことに決定した。

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