第153話 特訓
「……ん、あぁ、すまんすまん。理由が知りたいよな。あー、つまり感知系の魔法というのは違和感を拾う魔法が多い。音や熱や空気の動き、まぁ総じて気配と言う。緊張するとな、この気配での感知魔法に引っかかりやすくなる。だから散歩をする感じで? 足音は消しながら? 心の中ではスキップするくらいのつもりで? 移動してくれ」
「えぇっ!? ……そんなの無理です」
「だよなぁ、アッハッハ」
ミコは困惑した表情でヘナヘナと下を向いてしまう。笑い事ではないのだが、我ながら無茶な要求をしたとは思っている。だが、他の生徒はと言うと──。
「できないわけがない」
「エルもできるもーん!」
妙に自信満々だ。それになんとなくだが、この二人はできる気がする。二人とも緊張とかまったくしないタイプだしな。というわけで、こっちの二人に関しては問題なし。
「むぅー……」
問題はミコだ。
「まぁまぁ、ミコ。人には得手、不得手がある。先生はミコの優れているところをたくさん知っているぞ? 例えば勉強熱心だし、芯は強いし、面倒見はいいし、優しいし、明るくて元気なところだって立派な長所だ。そして誰だって苦手なことの一つくらいあるもんだ」
俺はぶーたれるミコに対し、少しばかり先生っぽい言葉を掛けてみる。それにできないのであれば──。
「それに先生も自然体でいるのは苦手だったんだぞ? というわけでミコ、ちょっとバベルの中で練習してみるか」
「え……? 自然体の?」
「そうだ」
時間は確かに限られているが、失敗すれば命に関わることだ。不安材料は減らせるのなら減らした方がいい。本当に些細な緊張の違いが明暗を分けることがあると宮廷魔法師時代に思い知らされているからこそだ。
「……うんっ、頑張ってみます」
「よし、その意気だ。それで先生のやっていた練習方法はと言うとだな──」
俺は自身も行ったことがある訓練方法を説明し、皆に協力してもらいながら訓練の準備を始める。
「よし、これで準備はいいな。今、このラウンジにはそーっと息を潜めて、ミコのことを見つめる目がいくつかある。視線を感じるか?」
「はい……。ぞわぞわってします……」
ミコの顔は引きつっている。姿は見えずとも視線だけは感じる。それも複数だ。実に気持ち悪い状況であろう。
「うんうん。この中を俺と自然体で喋りながら歩くわけだ」
「…………はい」
なんとか頷いてはいるが、その顔は青ざめている。だが、これは様々な場面で必要なスキルなのだ。まぁ、普通に暮らしてれば必要のないスキルではあるかも知れないが。
「とにかく習うより慣れろ、だ。やってみるぞー。ここからあっちに向かって歩くぞ」
「え、あ、はい。えぇと、自然体で、足音を消して、心の中はスキップで……」
ミコは俺が言ったアドバイスを声に出しながら確認すると、実際にやってみようとする。
「……うん、まぁ最初はそんなもんさ」
足音は消えていた。これは合格点だ。しかし心の中でスキップしているとは到底思えないほど表情と動きはカチカチだ。一言で言えば超不自然。
「うぅ、ごめんなさい、ごめんなさい。無理です、ダメです。視線が気になります……」
自分でも不自然なのは分かっているのだろう。ミコは半泣きだ。だが、ここで諦めてしまっては生徒の成長を諦めるも同じ。
「いや、諦めるのはまだ早い! 三十分! 三十分だけ頑張ってみよう!」
「せんせー……。はいっ」
「よしっ」
俺たちはそれから一心不乱に訓練を続けた。そして遂に三十分が過ぎた頃──。
「せんせー……」
「あぁ、ミコ……」
訓練を終える。協力してくれたみんなにも出てきてもらい、温かい眼差しで見守られながら俺とミコは目を潤ませ、頷き合う。そして──。
「寝ている間に運ぶな?」
「はい、お願いします」
俺は爽やかな笑顔でそう言い、ミコは頭を下げてそれを了承した。みんなの表情は苦笑いだ。この三十分での訓練の結論は起きて気付かれるくらいなら眠ったまま運んでしまった方がいい、だ。あまり人道的な手段ではないため、選びたくはなかったが、もう四の五の言っていられない。無理だ。今日中に自然体をミコが獲得するのは無理だ。
「というわけでミコ、ベッドに行こう」
「? はい」
魔法で寝かせると言ってもそう簡単ではない。意識を刈り取るという魔法であれば別だが、ただ眠りに誘うという魔法であれば、対象の協力が必要だ。その一つが神経的な興奮を抑える、つまり先程まで苦労したリラックスということである。これの手っ取り早い方法がベッドで身体を休めるという方法だというだけ。生徒に対してベッドに行こうと言うセリフは少しだけ気まずいものがあるが、別にやましい意味ではない。だからミーナ、その若干引いた目で俺を見るのはやめてくれ。あとフローネさんとアマネはわくわくするんじゃない。
「あんまり人がいると緊張して魔法が掛かりにくいから二人で……、あ、いやキューちゃんなら慣れているだろうから、キューちゃんに手伝ってもらおう。いいか?」
「ん? エル? いーよ!」
本来は周りにいる人間は少ない方がリラックスできるものだが、俺と二人きりよりはキューちゃんがいた方が安心できるだろう。幸いキューちゃんは変な勘ぐりもせず、二つ返事で了承してくれているし。
こうして、俺たち三人は一つの客室に向かい──。
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