第144話 潜入

「あ、あぁ。そうだな、すまない。コホンッ。あー、まずはだな、予定通り俺一人で潜入してくる。というわけでみんなはここで待っていてくれ。そのあとは──」


 ミーナにお膳立てされ、なんとか暗闇の中での潜入ミッションのレクチャーを始めた。実際魔帝国領に降り立ち、帝都を肌で感じると警戒態勢が強いであろうことがなんとなく分かる。この時点で予定通り俺は一人で行くということを決めた。この直感というのはバカにできないのだ。そして帝都がどのような警備体制かを知り、どのような方法が通用するかを調べてくる。そして改めて手順を説明するということを皆に伝え終えると──。


「…………はい、みんな船の中に戻りましょうか。ジェイド先生お気をつけて」


「アハハ、せんせー、頑張って下さいね?」


「せんせ、気をつけてねー!」


 こうなる可能性が高いとは事前に言っておいたが、いざそうなるとみんなの顔には若干の落胆の色が見えた。早く帝都に入りたかったのだろう。しかし、それでも見送りの言葉は掛けてくれた。ありがたい。


「ちょいちょい」


「ん?」


「潜入したら偶然今みたいに「「ん?」」なんて言って顔を見合わせる女性が現れたら気をつけた方がいい。絶対にトラブルになるし、かつヒロインになるし、そして最後は修羅場になる。じゃ、頑張って」


 約一名はやけに具体的かつ、色々と面倒くさい言葉も添えてくれたため無視しておく。そしてフローネさんはフローネさんで──。


「ジェイくん、おにぎり持ってく?」


「……ありがとうございます。ですが、ピクニックにいくわけではないので」


「なん、だと? 貴様、折角我の妻が好意で提案したと言うのに──」


 散々ヴァルやフローネさんにはお世話になっているのだが、ドラゴン一家は面倒くさい一面もあった。一面ではなく二面、三面くらいあった。なので俺はそっとヴァルを無視して、闇夜に溶け込むように一人帝都へと向かうのであった。


(さて、帝都までは五キロほどか。慎重かつ急いで、だな)


 闇夜の中、気配を消しつつ急ぐ。急ぐ理由? あまり待たせるとみんなの機嫌が悪くなりそうだからだ。


(……あれが正門か)


 五キロなど最大限警戒しながら走っても五分もかからない。得意の闇魔法を使い、闇に溶けながら正門を覗く。兵士の装備はウィンダム王国とは大分違う。印象としては、技術力は向こうの方が上のようだ。持つ武器もただの槍や剣ではない。機械仕掛け、あるいは魔法武器かも知れない。


(流石は北の超大国だな。戦争にでもなったら何が飛び出してくるやら)


 当然正門を守る兵が最下級の兵ではないだろう。かと言って最上級でもない。十段階で言えば四~六の位置にいる者たちだろう。それであの装備。最上級の兵士の装備や、隠し持っているであろう戦闘兵器のことは考えたくもない。


(と、いかんいかん。何を考えているんだ。今は魔帝国の戦力分析をしに来たわけじゃないんだ。侵入経路を探そう。まずはこの壁か)


 ぐるりと帝都を囲んでいる壁。高さは二十メートル程だ。音を立てないよう壁に手を当ててみる。


(……ま、当然耐魔法素材の合金だわな)


 土や石ではなく、合金。手を掛けられる突起や傷などもなければ、壁に何かを刺して足場にすることもできない。厚さも数メートルとなれば、生半可な攻撃魔法では突き破ることもできないだろう。バレずに壁を越える方法は一つ。即ち──。


(シュタリ、と)


 脚力を強化して跳び越えればいいのだ。左右を見渡せば何人もの兵士が巡回しているが、こうして気配を消せれば見つからないタイミングもある。聴力を強化し集中すれば足音、呼吸音、鎧がこすれる音など、何人でどのように巡回しているかなど手にとるように分かるからこそだ。 


 そして俺は危なげなく壁の上を巡回している兵士たちの死角から死角へ移動し、その数や巡回ルートなど警備体制を覚えていく。その際、僅かな気配や物音を出し、兵士の反応を伺ったが中々に優秀なようだ。


(この警備体制だと生徒を連れて潜入というのは難しそうだな)


 魔帝国の兵士にとって、うちの生徒たちの出す僅かな気配や物音は十分すぎるほどの材料であろう。ひとまず壁の状況は分かったため、俺はそっと壁の上から身を翻し、内側へ降り立つ。つまり今ここは帝都の中ということになる。


 帝都内は夜だと言うのに昼間ではないかと思わせるほどに明かりが煌々としており、活気があった。人を隠すには人の中。俺はこれ幸いとばかりに素早く壁から離れ、何食わぬ顔で人混みの中に紛れた。


(さて、中に入ったはいいものの、どうしたものか──)


「お兄さん、お兄さん」


「ん?」


「なにか困ってるでしょ」


 しばらく帝都内を歩き、状況を観察しながら何か良い方法はと考えていると、後ろから服の裾を引っ張られた。振り向いた先、背格好を見るからにうちのクラスの生徒たちと同じくらいだろう。ハンチング帽に隠れる顔を覗くと、あどけない少年だ。恐らく小遣い稼ぎかなにかだろう。


「いや、大丈夫だ」


 この少年が潜入にとってプラスに働くとは思わないし、むしろマイナスになる可能性の方が高い。あまり現地の人間とは関わりを持つべきではない。そう思い、はっきりと否定するが、状況は一変する。その少年はニコリと笑い──。


「じゃあ、なんで正門から入ってこなかったの?」


 そう言ったのだ。

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