第138話 出発進行
「おーい、アマネさーん。もしもーし」
楽しそうにバベルと喋っているアマネは俺を完全に無視している。どうやらバベルは強い人工知能らしいが、何が強いのかは見当もつかない。そして生徒に無視される俺は相当に弱い教師だろう。
『その通りです。ようこそアマネ様、ネクストディメンジョンへ。周りを見渡してみて下さい。ここは果たして現実なのか、それともあなたの脳に描かれているだけの電子世界なのか。フフ、まるで生きているように見えるジェイドもそれこそあなた自身も私があなたに見せている仮想の──』
「いや、生きてるっての。バベル、バカなことを言うな。ほら、アマネいくぞー」
盛り上がっているところ申し訳ないが、こんなところにいつまでもバベルを置いておくわけにはいかない。芝居かかった動きやセリフで悦に入ってるアマネの首根っこを掴み、ズルズルと引きずっていく。
「えぇー……、もうちょっとバベルと遊びたい……」
「だーめ。こんな目立つもん置いておきたくないからすぐ出発するぞ。というか中でもできるんだから中でやりなさい」
「……ん」
俺のその言葉に、確かに、と言わんばかりにポンと手を合わせるアマネ。やれやれ。
「よーし、全員乗ったな」
俺とアマネがラウンジに向かうと、全員が集まっていたため、そう声を掛ける。乗っているのは俺、ミーナ、アマネ、ミコ、キューちゃんの五人だ。これにヴァルとフローネさんを合わせて七人が今回の魔帝国を旅するメンバーである。
「パパとママはー?」
全員乗ったな、という言葉は形だけのつもりだったが、キューちゃんが不安そうに辺りをキョロキョロしはじめた。
「あー、キューちゃん? まずはおはよう。で、パパはこの船を運んでくれるからあっちだな。ママは……そう言えば見てないな」
俺はようやく覚醒したキューちゃんに苦笑いを浮かべ、朝の挨拶をする。そしてヴァルの居場所を指で教えた。真上。つまりこの飛空艇の上空にいるわけだ。今現在浮かんでいるかは分からないが。しかし、フローネさんはそう言えば見ていないことに気付く。
(まぁでも次元竜だし、いざとなったらどこにでも現れることができるのだから置いていくとかいう心配は──)
そう思ったが、キューちゃんの寂しそうな顔を見るとそんなことは言えない。キューちゃんからしたら異世界での家族旅行なのだ。
「よし、キューちゃん。フローネさんを呼んでみようか。せーので、呼ぶぞ?」
「うんっ!」
もしかしたらどこぞの次元まで声が届き、フローネさんが現れるかも知れない。俺の提案に勢い良く頷くキューちゃん。ミーナの生温かい目が少しツライ。俺にだって羞恥心はあるのだが、それは言わないでおこう。
「「せーのっ」」
そして、俺とキューちゃんは目を合わすと、誰もいないスペースへ向かって──。
「ママー!!」「フローネさーん」
「はーい♪」
「「わっ!?」」
呼びかけた。するとどうだろうか、ノータイムで俺とキューちゃんの背後からフローネさんの返事が返ってくるではないか。まったく気配を感じ取れなかったため、心臓がバクバクと早鐘を鳴らす。
「フローネさん……驚かさないで下さいよ」
「フフ、ごめんなさい。支度をしながらエルの様子を見てたらジェイ君が面白そうなことしてるからつい、ね?」
「わー、ママー!」
「よしよし、エルは甘えん坊さんね」
つい、じゃありませんよ──と言いたいところだが、キューちゃんに抱きつかれて、微笑むフローネさんを見ているとすっかり毒気など抜かれてしまい、まぁいっかと思えてしまう。
「まぁいっか。さて、じゃあ改めて全員揃ったし──モニターオン!」
なので、実際声に出してみた。そして俺は話の舵を戻し、出発の準備に取り掛かる。モニターという言い慣れない言葉を発したのには理由があり、この言葉によってバベルの内壁に外の景色やヴァルの様子が映し出されるらしい。すごい技術だ。流石ディアゴスティー○。
「おっ、映った映った」
ラウンジの内壁に外の様子とまだ人化したままのヴァルが映し出される。それを見て、ミーナたちが驚きと興奮の声を上げた。俺も内心驚いているのだが、顔には出さない。さも普通のことかのように振る舞う。そして、アマネだけはフンッと鼻を鳴らし、ニヒルに笑っていた。アマネの元いた世界ではこの技術があったのだろうか、それとも俺の内心を見透かされたのか。恐らく両方である気がするが、後者のが強い気がする。
「あー、ヴァル。そろそろ出発したいのだが、えぇと、バベルとヴァル見えなくできる?」
そして外の様子の見た俺はヴァルに開口一番そんなことをお願いしてみた。というのもここは広い空き地なのだが、空き地であるがゆえにポツンとドデカイ飛空艇が鎮座していると目立ってしまう。当然、誰かが見れば気になるだろう。幾人かが遠巻きにあれは何だと指をさして騒いでいるのが映し出されている。
『やれやれ、まぁこれで我が竜化などしたら色々と厄介になりそうだな。仕方ない、バベル光学迷彩モード』
『畏まりました。光学迷彩発動』
そして状況を察してくれたヴァルの声がモニターの横から聞こえ、光学迷彩という聞き慣れない単語を口にすると、モニターの中からバベルの姿が消えた。
──おぉ~。
皆が感嘆の声を漏らす。悔しいが俺もまったく同じタイミングで声を発してしまった。
『さて、我も姿を消して、と。これでいいな。消えたことでわらわらと集まってくると厄介だ。触れようとすれば我もバベルも存在していることが分かってしまうからな。というわけで出発するぞ』
──え?
俺たちがその急な出発の宣言にまともに言葉を発せられたのはそこまでであった。ガクンと艇体が揺れ──。
「「「うわぁぁぁぁぁああ」」」
強烈な重圧と遠心力に転がされながらの出発となるのだった。
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