第139話 お団子
一分後、ようやく艇体が安定したときには──。
「…………お前ら、重いぞ」
全員が隅っこの方で団子状態になっていた。
「ジェイド先生? どんな状況であれ女性に対してその言葉は禁句です。あと絶対に動かないで下さいね。フローネさん、動けますか?」
「あ、ジェイくん、ミーナちゃんゴメンね? ミコちゃん、ミコちゃん、起きられる?」
「うーん、フラフラして、苦しい……。アマネちゃん下りて~」
「きゅーベェがいるから無理」
「えへへ、エルが一番うえー!!」
さて、ここで問題だ。今の会話からどういった順で折り重なり、そして誰が一番下か分かっていただけただろうか。
『ジェイド、無様ですね』
「うるさいバベル……。あと、ほんとみんな頑張って下りような? 特にアマネ」
「……ハァ、もったいない。こんなラッキースケベチャンスを自ら棒に振るなんて売れない三流ラブコメ主人公のようね──っと」
俺の切実な声にようやくアマネがキューちゃんを抱っこして下りてくれた。その際、ひどい悪口を言われたような気がするのだが、釈然としない。
「せんせー、ごめんね?」
「よいしょ、あら、よいしょなんてオバサンくさくてイヤだわ……」
「……ん、コホン。失礼しました」
そしてミコ、フローネさん、ミーナの順番で下りていく。
「ふぅー、っと」
最後にうつぶせで下敷きになっていた俺も立ち上がり、服をパッパと払う。仰向けじゃなくて良かった。女性と子供とは言え、数人の体重がお腹に乗ったら苦しいからな。そして改めて辺りを見渡す。ラウンジ内の椅子や机は固定されているため動かなかったが、小さな備品などは転がり、散らかっている。
「ん? ミーナどうした?」
そんな惨状を眺めて、今からの片付けに少し気が滅入ってると、ミーナがスススと身を寄せてくる。なんだろうか?
「この魔帝国の旅も生徒と一緒である以上、公務だと思って下さい。ミーナ先生、です。はい、分かったら後ろを向いて下さい」
「りょーかい、ミーナ先生」
相変わらず真面目な幼馴染に苦笑し、言われた通り後ろを向く。するとパッパと背中を手で払われた。
「ん? 背中はミーナが乗ってただけだから別に汚れて──」
「はい、口を閉じて下さいね? 今から三分前までの記憶はなかったことにして下さい。ん、おしまいっ」
ミーナが乗っていた部分を綺麗にはたかれた。なんなのだろうか。転がった時に汚れたのか? いやしかし、それにしてはなかったことにしろと言うのはおかしい。
ミーナの謎の行動に対する疑問がどうしても拭えなかったため、そっと肩越しに振り返り、背中を覗こうとする。だが、当然見えるわけもない。
「ん? この匂い……?」
だが、後ろを振り向いたことで視覚とは別の情報が脳に入ってくる。匂いだ。クンクン。うん、これはミーナの匂いだな。乗られたときにでも移っ──。
「んぐっ。あの゛ぉ、ミ゛―ナ゛先生? 鼻をつまむのやめてくれまてん?」
「ジェイド先生? 自分の肩の匂いをクンクン嗅ぐのは少々不気味ですので、止めたほうがいいですよ?」
ミーナはとてもいい笑顔でそう言ってきた。この笑顔=マズイことだと俺は学習している。鼻をつままれたまま、何も考えず反射的に首を上下に振る。
「わー、ジェイくんの背中からミーナちゃんの匂いがするぅ~。これは怪しい……。二人は一体どんな関係なのっ!!」
「わー、ほんとです!」
「うん。これはミーナ先生のかほり」
だが、そんな中、状況を絶対に分かっているであろうフローネさんがわざとからかってくる。そして、それにつられてミコとアマネも俺の背中にぴたりと張り付き、匂いを嗅ぎ始めた。なんだこの絵は。となれば当然──。
「エルも嗅ぐー!! ママ、抱っこー!!」
「はいはい♪」
「んん~、良い匂いがするー」
好奇心旺盛なキューちゃんもわざわざ抱っこしてもらって嗅ぎにくる。その嗅ぎ方と言えば、俺の背中にしがみつき、鼻をこすって嗅ぐもんだから背中がむず痒くてしょうがない。
「フフ、みんな? 三つ数える内にジェイド先生から離れて、散らかった部屋を片付けましょうね? じゃないとすこーしだけ、怒るよ? はい、いーち」
「キャー、ミーナちゃんがこわ~い」
「わわわー!! 片付けまーす!!」
「……逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げ──無理」
フローネさんたちは蜘蛛の子を散らすように逃げた。ぶっちゃけ俺も俺から離れたかった。いや意味が分からないがそれほどまでのプレッシャーを感じたのだ。現に──。
「ふぇぇ~……」
キューちゃんは俺の背中にしがみついたまま小さく震えて、涙くんでしまっているようだ。このままだと俺のシャツは涙と鼻水にまみれてしまう。
「キューちゃん? キューちゃんは私とお片付け一緒にしよっか。できる?」
「……ん」
「よし、いい子いい子。さっ、おいで」
「……ミーナぁ、ぎゅぅ」
だが、その前にミーナがキューちゃんを泣き止ませ、引き取ってくれた。ミーナの胸に顔を埋めて抱きつくキューちゃん。うむ、実にほっこりする絵だ。
「ジェイド先生は、他の部屋が散らかっていたり、壊れたものがないか確認してきて下さいね?」
「……いえす、まむ」
だが、そんな二人を見つめていたらミーナにくるりと背を向けられ、そう指示を出される。否定することもないため、俺はそそくさとラウンジを後にしたのであった。
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