第137話 強い

『バベルいきます』


 そして浮上する際、バベルの平坦な声がなぜか少しだけ嬉しそうに聞こえたのだが、俺の思い込みだろうか。まぁ、そんなことより──。


「グッ……。どんだけ魔力吸うんだよっ!」


 吸引される魔力量は一向に減らない。それどころか、より貪欲に吸い取ってきている。俺は余計な思考を締め出し、魔力を練ることだけに集中する。少しでも気を抜いたら魔力欠乏による失神ブラックアウトをしてしまいそうだ。


「うむ、中々やるなジェイド。正直このサイズの飛空艇型ドラゴンドラを浮上させるとなると人であれば二十人は必要になるだろうに。まぁ我に喧嘩を売るだけのことはあったということだな。ガハハハ。まぁこの調子なら我からの魔力供給がなくとも不時着まではなんとかなるだろう」


『確かにこの魔力量であれば不時着までは問題ないと言えます。思ったよりやりますね、ジェイド』


「……テストが終わったなら、早く、下りて、くれ」


 ふよふよと空中に浮きながら暢気に俺の魔力量の評価をしているヴァルとバベル。こちらは魔力器官と魔力回路に負担が掛かり過ぎて全身に激痛が走っているというのに。


「折角褒めてやったのに情けないな。仕方ない、バベル、テストは終わりだ。下りてやれ」


『……畏まりました。着陸に移ります』


 訂正しよう。このバベルには意識が存在しており、確かに感情がある。なぜなら僅かな無言の時間に失望のような落胆のようなものが滲み出ていたからだ。


「は……や……く……」


 これが普通の速度なのかは分からないが、ゆるゆると着陸する。そして甲高いモーター音が徐々に収まり、ようやく魔力吸引が止まる。身体を拘束していたベルトも外れた。全身からは汗が吹き出ており、疲労感が半端ない。


「…………プハッ、ハァ、ハァ。……ふぅ」


 俺は全身の力を抜き、大きく呼吸をする。何度か深呼吸を繰り返すうちにようやく落ち着いてきた。なんとか胸元から懐中時計を取り出し、時間を確認する。集合時間五分前だ。しかし、精魂吸われ果てたため、急ぐという気持ちが湧いてこない。というよりシャワーを浴びて一度リセットしなければどうにもならない。なので──。


「ヴァル、俺シャワー浴びてくるわ……。俺ごとバベルを待ち合わせ場所まで運んでおいてくれないか?」


「ん? あぁ、いいぞ」


 そんなことをお願いする。ありがたいことにこのまま待ち合わせ場所まで連れていってもらえそうなので、一人シャワールームへと向かう。


『ジェイドのシャワーシーンですか……。それは誰が得する絵なのでしょうか』


「ん? そりゃまぁ、全国の──」


 後ろからなにやら頭の痛い会話が繰り広げられそうだったため、できるだけ聞こえないように足早に。




「さて、みんなおはよう。全員揃って──るな」


 シャワーを浴び、時間を確認すれば八時を少し過ぎてしまったところだ。急いでバベルから下りた俺の前には聞くまでもなく皆が揃っており、ジト目で睨んでくる。


「おはようございます。ジェイド先生が一番最後ですよ?」


 まずは引率する立場として行くことになっているミーナだ。ニッコリ笑顔で挨拶をしてくるが、当然お怒りのようだ。


「せんせー、おはようございます! みんな揃ってますよー」


「せんせー、おあよー」


 ミコとキューちゃんもきちんと遅刻せずに集合できたみたいだ。まぁキューちゃんは眠そうと言うか半分寝ているが。


「風が騒がしい。まるで北から逃げてくるかのようね。どうやら彼の地に災いが──」


「アマネもいる、と。いや、遅くなってすまないな、これを作ってた。というわけで早速出発するぞー。乗り込めー」


 平常運転のアマネは放っておき、全員がいることを確認するとバベルに乗り込むよう指示する。


「え!? これせんせーが作ったんですか!? ねぇ、キューちゃん起きて、ほら、せんせーがすごいの作ったよ?」


「んん。すごいの? それ、おいしー?」


 ミコは大げさに喜んでくれたが、キューちゃんはお約束なセリフを言って、寝ぼけ眼のままだ。そんなキューちゃんを見た俺とミコは目を合わせると、どちらからともなく苦笑する。そしてミコはそのままキューちゃんの手を引いてバベルの中へと入っていった。


「……ジェイド先生が作ったんですか? 大丈夫です?」


 そしてミーナはと言えば、俺の横を通り過ぎていく際に、澄ました顔でそんなことを聞いてくる。


「大丈夫だ。ヴァルとバベルにお墨付きをもらったよ」


「バベル……さん?」


 俺がそう言うとミーナは不思議そうな顔をして立ち止まる。


「あぁ、そう言えば紹介してなかったな。この乗り物はドラゴンドラっていうドラゴンが運ぶために作られた乗り物で、名前があって、あとオマケに人格みたいなものがある」


『オマケとは失礼ですね、ジェイド。皆様初めまして、飛空艇型ドラゴンドラのバベルと申します。以後お見知りおきを』


 散々バベルにはバカにされたので、意趣返しにと少しだけ意地悪く紹介したが、当然のごとく文句が返ってくる。


「……? えと、ミーナと申します。バベルさんよろしくお願いします」


『はい、ミーナ様よろしくお願いします』


 バベルはミーナにはなぜか対応が丁寧であった。いや、むしろ俺以外には、と言ったほうが正しいか。


「おい、ミーナ、人工知能だから中に人はいないぞー? にしても、人工知能にまでこの扱いとは……」


『おや、ジェイド。それは差別的発言ですね。肉体がなければ尊厳がない、あるいは自分より下の存在だと思っているなら前時代的と言わざるを得ませんね。なんなら勝負しますか? 私は強い・・ですよ?』


 バベルのそんな挑発に俺は肩をすくめて苦笑いを浮かべるだけだ。バベルと勝負? バカげている。降参だと言わんばかりに両手を上げてミーナと中に入ろうとする。だが、これにアマネが反応した。


「強い、人工知能……? ハッ、まさか、アペイリアシステム? 技術的特異点シンギュラリティは既にこの次元の未来に起こって──」


 そしてわけのわからないことを言い始めた。


『おや、アマネ様とおっしゃいましたね? 少しは話が分かる人がいて安心しました。その通りです。私は強いAI。そしてあなたは今私を観測し、認識してしまいました。これからはこの次元における様々なアペイリアネットワークの残滓を引き寄せることになるでしょう』


 そしてバベルも謎の会話に反応している。アペイリアシステムだのネットワークだのが何を指すかは分からない。だがアマネの嬉々とした表情を見る限り、いつもの与太話だろう。


「おい、アマネ、何の話かは知らないが──」


「カラーバス効果……。あるいは引き寄せ、相互認識の法則とも言う。私は強い人工知能の存在を知ってしまった。そんなものはあり得ないと思っていた昨日には戻れない。今、この時点で私の世界はそう変わってしまった・・・・・・・・・・・

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