第136話 命名
「…………はい」
携わったというか制作は全部俺だけどな、という言葉はグッと飲み込み、ドラゴンドラの名前を考える。ぶっちゃけ名前とかどうでもいいので、適当に思いついたものをパッと言ってみる。
「ハイウィンド」
「却下」
「インビンシブル」
「却下」
「ブラックジャ──」
「却下、却下、却下だ。貴様、木っ端の分際で天下の四角に喧嘩を売る気か? 真面目に考えろ」
なぜかものすごい勢いで怒られた。別にただなんとなく思い浮かんだ語呂の良さそうなのを言っただけなのにひどい言い草である。仕方ないので、別のものを考える。
「あー、じゃあバベルってのはどうだ。なんとなくヴァルの名前とも似てるし」
「……ほぅ。貴様にしてはいいセンスだ。気に入った。では、カルナヴァレルの名のもとに、この飛空艇型ドラゴンドラをバベルと名付ける!」
俺の提案をあっさり了承するヴァル。そしてヴァルが宣言した瞬間、バベルの外壁に血液のように魔力が流れ始めた。
『艇体認証名:バベル。艇体所有主:カルナヴァレル。次元竜契約、魔力コンバート。艇体機能カスタマイズ、クリア。次元飛行対応型ドラゴンドラ──アップデート完了』
そしてバベルから感情のない声が発せられる。どうやらこのドラゴンドラは喋るらしい。流石異次元の技術である。
「うむ。バベルよ、操舵士はこのジェイドだ」
そして俺が謎の技術に驚き、ボーッとしている間にヴァルは俺の肩をグッと引き寄せ、バベルにそう告げる。
「へ? 俺?」
当然何のことか分からない俺は混乱するが──。
『承認。操舵士:ジェイド。下手な操舵をして艇体を傷つけないようにお願いします。ド素人さん』
間抜けな声を上げている内にバベルはそれを承認してしまった。
「え、あ、あぁ、気をつけるよ……っておい。感情たっぷりあるじゃねぇか」
結局俺もなし崩しにそれを承諾してしまった。だがそのあとの言葉──やはりバベルは抑揚のない声であったが、サラリと毒舌を吐いてきた。無機質なのが余計にイラッとくる。
「ハハハ、ジェイド、人工知能にそうムキになるな。それに貴様がド素人なのは事実だろ?」
「……そりゃまぁ操縦したことはないな。ていうか、操舵室を取り付けたときも思ったんだが、これってヴァルが運ぶんだろ? 操舵とか必要なのか?」
「ん? あぁ、基本的には必要ない。我がぶら下げて飛行するからな。まぁしかし艇体を何も操作しなければ当然気流やら慣性に煽られて、乗り心地は最悪だろう。そのための人工知能だ。自動で艇体をまっすぐに保ってくれる」
「じゃあ益々俺いらないじゃん」
「フン、このバベルは飛行時吊り紐が魔力回路となり、我の魔力によって稼働する。しかし、何らかのトラブルでこれが切れたとしよう。艇体は一気にコントロールを失う。そんな時に自立飛行モードを起動し、稼働させるための魔力供給源がジェイド、貴様だ」
「なるほどね……。つまり俺は操舵士というより予備の燃料ということ、ね」
「うむっ」
腕を組み力強く頷くヴァル。まぁ、いざというとき乗っている生徒たちを守れる手段があることはいいことだ。それ自体に不満はない。だが釈然としないのはなぜだろうか。そしてそんな会話をしていると──。
『はい。カルナヴァレル艇長の仰る通りです。というわけでジェイド、貴方は基本的に操舵の必要はありません。有事の際は魔力さえ供給して下されば私が安全に着陸を行います』
バベルがわざわざそう宣言してくれる。
「……はぁ、さよですか。頼もしい限りだよ」
じゃあ最初のド素人さんの下りいらなかったんじゃないか? と言いたくもなるが、恐らく今日はツッコミ始めたらキリがない日なのでスルーする。
「さて、折角だ。操舵室へ行くぞ」
そして一段落したところでさぁ待ち合わせ場所へではなく、操舵室へ行こうと言い出すヴァル。時間はまだ少し余裕がある。そう言えば制作に必死であまり細部まで見ていないのだ。操舵をどのようにするかなど確認する必要はあるだろう。俺はその言葉に従い、ヴァルの後に続き操舵室へと向かう。
「これが操舵桿か」
操舵室の中央、玉座のような椅子が置いてあるだけだ。ヴァルはそれを操舵桿と言った。そして顎でしゃくり座れと促してくる。なんとなく嫌な予感を感じながらも恐る恐る腰掛ける。
「バベル、テストモードだ」
『畏まりました。魔力供給源切り替え、操舵士ジェイド。魔力ドレイン開始』
バベルがそう宣言すると嫌な予感は形となった。両手、両足がカシャンとロックされ、腹部にベルトが巻かれる。キュイインという甲高いモーター音のような音が響き、玉座に魔力回路が浮かぶ──。
「…………おい、待て」
そして体中から抜けてはいけない量の魔力が吸い取られはじめた。本能的に危機感を感じ、ヴァルとバベルにやめろと言うが二人(?)はおかまないなしだ。
「よーし、バベル浮上だ!」
「え……ちょっと待って──」
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