第129話 試合開始!

「よし、円陣を組むぞ!」


 そして俺は集まった生徒たちに監督としてやらねばならぬことベスト三に入るであろう円陣を指示した。


「…………」


「サーシャなにやってるんだ? 早くこい」


 サーシャ以外の七人は特に文句も言わず、肩を組み円になったがサーシャだけはその輪から離れたところで一人佇んでいる。というか一人だけ制服姿だ。


「絶対イヤ」


「仕方ない……。みんな、サーシャを囲めっ!」


「は?」


「わーい!」


 俺がそう号令をかけると嬉しそうにキューちゃんが駆けていった。ミコとアマネも楽しそうにキューちゃんについていく。結果──。


「……ほんっと最低」


「よーし、お前ら絶対勝つぞ!!」


「おーー!!」


 サーシャを囲んでの円陣を成し遂げるのであった。



 試合は前後半なしの二十分制だ。こちらの布陣は2-3-1。もっともバランスが取れた布陣であろう。トップにレオ。左ウィングにヒューリッツ。右ウィング、キューちゃん。トップ下にケルヴィン。左サイドバック、アマネ。右サイドバック、ミコ。キーパーにキースというポジションである。


 向こうの布陣は1-2-3だ。バックが一人、中盤二人、そしてフォワードが三人というカウンターに弱いが攻撃力はあるという布陣だ。そしてその意図とはつまり──。


「お前ら、舐められてるぞー。絶対先取点とってこい」


 ボールを前線で奪われない前提での布陣ということだ。その意図はうちの生徒たちも察したようだ。その背中から沸々とした闘志を感じる。


 ピーッ。


 ホイッスルが鳴る。まずはうちのボールだ。レオがケルヴィンにボールを渡して試合が始まった。特進クラスの生徒の前線三人、その中でもセンターフォワードのクーリッツが早速詰め寄る。


「キューちゃん!」


「はーい!」


 ケルヴィンはクーリッツの詰め寄る速度に若干動揺しながらも右ウィングのキューちゃんに正確にパスを出した。キューちゃんはそれを受け取ると同時に別の生徒にピタリと詰め寄られてしまう。内側、つまりレオへのパスコースは塞がれてしまっており、逆に外はガラ空き。


「へー、一応パスとトラップらしきことはできてるじゃん」


「んー? だれー?」


「アーノルドだよ。お嬢ちゃんほらこっちが空いてるぞ?」


 そしてキザったらしい男子生徒はドリブルをして抜き差ってみろと挑発する。まぁ見た目も年齢もまるっきり幼児のキューちゃんを見たら油断もするだろう。そしてキョトンとしているキューちゃんのボールへ足を伸ばした。そしてその男子生徒が予想したであろう未来は──。


「ひょいっ」


「なっ!?」


「いっくよー! アハハハ!」


 訪れなかった。キューちゃんはボールを巧みに操り、アーノルドをかわした後一気にトップスピードに乗る。アーノルドは振り返り、追おうとするが足がもつれて出遅れた。その隙にキューちゃんは五m以上離れている。


「チッ、アーノルドのやつ油断しやがって」


 すぐに中盤の生徒一人がケアに入った。キューちゃんのドリブルスピードを見て、警戒心を高めたようだ。足を出さず、体を入れてとにかく抜かれないように、スピードを落とさせるように──。


「なっ!?」


「えへへー、がら空きだよー?」


 キューちゃんは直前で体を左右に振り、右に抜きに行くと見せかけて、相手のくるぶしの内側を壁に見立てボールを当て、股抜きで一人ワンツーをしながら抜き去る。


「クッ、待てっ……」


 抜かれた生徒は顔を真っ赤にし、体操服の裾を掴んでファールになってでも止めようとしたみたいだが、キューちゃんまで手は届かない。虚しく空振った手の先、キューちゃんは既に守備の要であろうセンターバックの男子生徒と一対一になっていた。


「絶対抜かせない」


「じゃあ、はい。レオー」


 キューちゃんはドリブラーでありながらエゴイスティックではなかった。普通にパスを出した。そりゃもう呆気ないくらいに普通にパスを出した。センターバックの生徒はパスの選択肢などないと思ったのだろう。そのパスは呆気なくレオまで通り──。


「死ねぇぇぇえええ!!」


 真正面最高の位置でボールを受けたレオが渾身の力を篭めて右足を振りぬく。


「なっ、ブレ球だとっ、チィッ生意気なっ、うおおおおおお!!」


 グレゴリーは低く腰を落とし、弾道を読みボールに飛びつくが──。


 ピピーッ。


 不規則に揺れたボールはグングンと伸び、グレゴリーの手を弾いて、ゴールネットを揺らす。


「っしゃぁぁい!! 何が小指だ! バーカバーカ!! 必死に叫んで両手で取りにいったのに取れねぇでやんの!」


 そしてレオは、悔しげにグランドを叩くグレゴリーに嬉しそうに近づき、煽り倒す。これは当然──。


 ピピーッ。


「レオ君、イエローカード。暴言が酷いよ?」


「え、あ、すみません……」


 イエローカードものであった。やれやれ頭が痛くなる。


「バカモノー。まぁ、だがナイスシュートだ」


 色々言いたいことはあるが、ひとまずゴールを決めたのだ。俺はレオに向け、親指を立てて、賛辞を送る。そしてチラリとスカーレット先生を見た。


「………………」


 無表情で腕を組みながらトントントンと肘のあたりを指で叩いている。誰が見ても分かるレベルでご機嫌斜めであった。


「お前らー、油断するなよ! しっかり守りつつ、追加点ドンドンとってけー!」


 だが遠慮はしない。そして、相手ボールから試合が再開される。ボールを持つのは──。


「すまなかったな。お前たちのことをやはり心のどこかで侮っていた。これは俺たちの慢心が招いた結果だろう。サッカーができる相手と認めた上で全力で潰す」


 クーリッツだ。レオとヒューリッツが二人でディフェンスへと入る。


「上等だよ。委員長、何か言い返してやれ」


「む? あぁ。お兄ちゃんはお前とサッカーができて楽しいぞ」


 睨み返すレオ。普段の澄ました顔でやはり空気の読めないヒューリッツ。


「……そういうところがイラつくんだ!」


 そして激昂したクーリッツが二人を抜き去ろうと強引にドリブルをしてくる。


「クーリッツ、それは悪手だ。お前のドリブルはおじさんたちの何倍も遅い。まして二対一だぞ?」


 レオが体を入れて止めた隙にヒューリッツがボールを奪う。そして一旦アマネにパスを出し、自身はオーバーラップ。そしてアマネはすかさず大きく縦にスルーパスを出した。つまり縦へのワンツーだ。

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