第128話 試合前の様式美
「よし、休憩!」
「…………ハァハァ」
俺が手を叩いて練習を止めると皆は一斉にへたりこんで、息を切らす。生徒たちの足はピクピクと痙攣している。いや違うな。一人だけピンピンしている生徒もいる。キューちゃんだ。流石ドラゴンである。
「ほれ」
俺は皆に水分を渡していく。そして──。
「
生徒たちに三音節魔法を掛ける。
「あれ? 体が楽に……」
「あぁ、この魔法は自己回復力を高め、痛みや疲労を感じさせなくなる魔法だ」
俺はそう説明した。生徒たちはこんな便利な魔法があるならもっと早く使ってくれと文句を言う。俺だってノーリスクであればドンドン使っただろう。だが──。
「……魔法の効果が切れるとその反動で疲労や痛みがまとめて押し寄せてくる」
そんな全てをなかったことにできる便利な魔法ではないのだ。
「…………」
生徒たちの顔色が曇った。想像したのだろう。凝縮された疲労と痛みを。しかし想像できないのだろう。初めて体験するであろうソレを。
「アッハッハッハ。なーに、たかが一日分の疲労と痛みだ。死にはしないさ。それを四日続けるだけだ。慣れる慣れる。さ、練習再開だ」
こうして、不安そうな生徒たちと一日中目一杯トラップとキックの練習を行う。翌日、生徒たちが皆、体をひきずって登校してきたのは言うまでもない。いや、キューちゃんだけはケロッとしていたか。流石ドラゴンである。
そしてそんな調子で二日目はドリブル、パス、シュート。三日目はポジション決めとそのポジション毎の動きの練習。四日目は何度も試合をして練度を高めた。生徒たちは一日一日体のキレは増していったが、それに反して目の輝きは失われていった。
「よしお疲れさん! すごいじゃないか、サッカーの形になったな! よくやったぞみんな!」
俺は四日目の練習を終えた後、生徒たちを労い、誉めそやす。だが生徒たちは力なく笑って、小さく首を縦に振るだけだ。
(……やりすぎただろうか)
今更になって少しばかり無茶をしすぎたかなと反省らしきものをするが、本当に今更である。
そして遂に試合当日となる──。
「ほら見ろお前ら! 試合順はまるで天が待ちきれなかったとばかりに一回戦に魔法科一年特進クラスとだ!」
俺は張り出された試合表を指差しながら、喜色を浮かべる。万全な状態での一回戦で当たるなんて、まさかこんな偶然があろうとは。いや、本当に偶然とは恐ろしい。うんうん。
「それが世界の選択……。早めに終わらせにきたのね」
「ん? アマネ何か言ったか?」
「ううん、なにも」
隣でアマネも試合表を眺めてボソボソと何か言っている。そして──。
『一年特進クラスと一年努力クラスのチームの方々はAコートに集まってください』
アナウンスが遠くから聞こえてくる。いよいよだ。
「行くぞ」
俺は生徒たちを引き連れて指定のコートまで向かう。
Aコートには既に特進クラスの生徒たちが集まっていた。当然担任のスカーレットさんもおり、目が合う。
「やぁ、ジェイド先生まさか初戦とはな。どれだけ鍛え上げたか楽しみにしているよ。よろしく」
「えぇスカーレット先生、おかげさまで楽しませることができそうですよ。こちらこそよろしくお願いします」
そして俺がスカーレットさんに対し不敵に笑ってみせて挨拶している間に、生徒たち同士も言葉を交わしている。双子の兄弟、ヒューリッツの下にはクーリッツが──。
「結局本当に出るんだな……。そんなことよりやるべきことはあるだろう?」
「ん? あぁ、これもやるべきことだから、だ。とても良い体の鍛錬になったぞ。魔法師にとって体作りは大事だからな」
「……減らず口を。そんなことを言っていて課題魔法も満足に使えず退学にでもなったら帰る家などないからな」
「あぁ、心配してくれてありがとう。だが大丈夫だ。良き師に会えたからな」
「フン、何を言ってる。誰が心配などするか」
クーリッツは鼻を一つ鳴らし、そっぽを向いてしまう。
「わー、ヒューリッツのそっくりさんだ!」
「フフ、キューちゃん。クーリッツさんはね、委員長の弟さんなんだよ?」
「……クーリッツ。なにそのアイスみたいな名前」
だが、そんな兄弟同士の因縁もキューちゃん、ミコ、アマネにかかれば途端にアホらしい空気へと変わってしまう。
「……おい、ヒューリッツ。なんだ、この無礼な連中は。それに明らかに幼児が混ざってるが、まさかこれも生徒なのか?」
「あぁ、編入生のキューちゃんだ。あと、ミコとアマネ」
「よろしくー、エルだよー」
「ミコです! 委員長にはいつもお世話になってます!」
「アマネ。好きな言葉は兄より優れた弟なんていない」
「………………」
怒涛の口撃にクーリッツは頬をヒクヒクと引き攣らせ、そしてそのまま無言で去っていった。
「あれー、クーリッツ行っちゃったよー?」
「うーん、これから戦う相手だから仲良くはできないのかな」
「ヘタレね」
そしてその背中に容赦ない言葉を指す女生徒たちであった。そしてこちらは──。
「おい、赤髪チビ。なんだ無様に負けにきたのか? 先に言っておくが俺はキーパーだ。お前らヒョロガリのチビどものシュートなんか小指で弾き返してやるよ」
「あー、グレなんちゃらだっけ? そりゃ不幸だったな。なんてったって俺がフォワードだ。大事な指を折っちまうと悪いから手加減してやろうか?」
グレゴラスとレオが火花を散らしていた。そんな生徒たちを見てスカーレットさんは実に愉快気に笑った。
「ハハ、生徒たちは元気があっていいな。まぁお互い怪我はしないよう、フェアプレーでいこうじゃないか。うちの生徒はあんなだがそこらへんはきちんと守るやつらだ」
「えぇ、もちろんです。こちらは一人熱くなりやすいやつがいますが、口すっぱく言ってますんで、多分大丈夫かと……」
そして俺とスカーレットさんの視線は自然と今まさにグレゴラスに熱くなってるレオに向くのであった。
「あのー、そろそろ試合を始めても?」
「あ、すみません。おーい、みんな集合!」
そんなやりとりを苦笑しながら待っていてくれていた審判の先生が遂に痺れを切らしたようで、俺は慌てて生徒たちを集める。
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