第127話 ボールコントロール

「というわけで、まずはキックの仕方を教える。みな、ボールを一つずつ持ってサッカー大好きおじさんたちとペアになってくれ」


 俺の号令にレオたち七人はボールを持っておじさんたちとペアを作る。


「でだ、蹴り方は三つに絞る。インサイド、インフロント、トゥーだ。この呼び方はボールと接触する部位を指している」


 俺は三つの蹴り方を教える。と、言っても所詮素人だ。フォームなんてものはきちんとできていないだろうからボールに接触する部位だけ意識して知っておくようにとしか指導はできない。


「この三つの蹴り方を知った上で……そうだな、距離は五メートルくらいから始めよう。ボールを置いてペアのおじさんたちにパスをしてみるんだ」


 生徒たちは言われた通り、自分の蹴りやすい蹴り方でボールを蹴ってみる。速度の違いはあれど、七人ともが大きくズレることなく蹴ることができた。


「よし。じゃあ次は止める練習だ。おじさんたちがゆっくりと足元にパスしてくれるから右足で止めてみるんだ」


 俺はおじさんたちにお願いしますと頷く。おじさんたちはニコニコ顔で生徒たちの右足元へゆっくりと正確なパスを出してくれた。生徒たちはこれも上手く止めることができる。生徒たちからはなんだ簡単じゃんという明るくゆるんだムードが漂う。


「いいぞ、みんな上手いじゃないか。じゃあ次は反対だ。左足でパスしてみろ」


 俺自身も最初にこの練習をしたとき同じように案外簡単かも知れないと思ったものだ。だが、次に言われた左足でのキックとトラップで思い知らされた。そして生徒たちもそれは同じようで──。


「キャッ」


 ミコがボールをすかり、しりもちをついてしまう。だがこれを笑う生徒はいない。それはそうだ、他の生徒たちもコースが逸れたり、僅か五メートルの距離が届かなかったり散々だからだ。右足と同じ精度でキックができたのは元々左利きのヒューリッツだけであった。


「ミコ、痛いか?」


「うぅ、監督痛いです……」


 俺はミコに近づいていく。俺が歩くこのグラウンドは所々地面がむき出しになっており、草足も短かったり、長かったりと不均一だ。土の隆起による凹凸もある。


「……その痛みを忘れるな。転んだら痛い。転ばないようにバランスを保つ必要があることを体で覚えるんだ。そしてこの右足を軸足にしてのバランス感覚、キック感覚を養わなければサッカーにはならない」


 俺はミコを起こすのを手伝いながら生徒たちに両足でキックができることの必要性を説く。


「では、今度は同じように左足でボールを止めてみろ」


 この言葉は予想できていたのだろう。既にみなは覚悟を決めていたようで真剣な眼差しでボールをみつめている。おじさんたちは微笑ましいようで、やはりニコニコしながら左足元へ丁寧にパスを出した。


 生徒たちはなんとか左足にボールを収めることはできたが、右足でのトラップとは違い、明らかにぎこちなく、そして体全体が緊張しているのが見てとれた。 


「……分かったろ? これがお前らが先ほどバカにした止めると蹴るの基本だ。ペペさん」


 俺はレオのペアであったペペさんを呼び、基本のパス練習をして見せる。まず俺から右足でパスを出す。強く速く出したパスを笑顔でペペさんはトラップし、同じように生徒のときとは比べ物にならない速さでパスを返してくる。それを右足でトラップし、左足でパスを出す。そしてまた返ってきたボールを今度は左足で止めて、右足でパスを出す、と。


「監督……サッカーやったことないんじゃないのかよ」


 生徒たちの何倍も速い速度でのパスの応酬を実演していると、レオがそんなことを零す。


「あぁ、土曜日に初めてボールを触った。そしてお前らが限界まで頑張ったように俺も限界まで頑張った。土日はまる二日ともサッカーのことしか考えていなかったからな」


 返ってきたボールをトラップで僅かに浮かし、そのまま左右の足でリフティング、肩や頭でも弾ませる。これも同じ、止める、蹴るの応用だ。ボールがコントロールできなければサッカーはできないというのがスカーレットさんの本にまず書いてあったこと。そして実際にやってみて分かったことだ。だから俺はまずボールがコントロールできるよう努力した。


「逆に言えば、二日でこのくらいならできるようになる。というかなってもらわなきゃ困る。分かったなら体で覚えるんだ。キックとトラップは体で覚えるしかない。反復練習あるのみ、幸いお前たちのペアはサッカー大好きおじさんたちだ。目で見て、ボールを受け取って、感じ取れ。さぁ、左右の足交互でパス練習だ」


 俺は言いたいことを早口で言うとすぐに練習に戻る。付け焼刃で学んだ理論より反復練習が大事と考えてのことだ。そしてこれは間違っていないはず。サッカー大好きおじさんたちもスカーレットさんもこの練習からと言っていたのだ。


「ボールの勢いをいなすんだ! トラップは止めるだけじゃない! 次に自分がどちらの足で、どの方向に蹴りたいか瞬時に考え、最も適した場所に移動させるための技術だ! おじさんたちのトラップを見てみろ!」


 サッカー大好きおじさんたちを見れば皆、速度やコースがバラバラのパスを受け取った時でもワンタッチで上手くトラップし、そのまま流れるようにキック動作へと移行していく。まるで蹴ろうとしたところにボールが勝手に転がってきたくらいに。


「パスは速くだ! 速く! 正確に! この練習はツータッチまでだ! 即ち、トラップ! キック!」


 俺は生徒たちの後ろを往復しながらゲキを飛ばす。そして、そんな時間が一時間ほど続いた。

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