第130話 制服の下には
「チッ、止めろっ!」
ヒューリッツはそのまま大きく外へ展開し、ディフェンスを引き付ける。そしてセンタリング──。
「だっしゃぁぁい!!」
やや浮いたそのボールをレオがダイビングヘッド。だがこれは──。
「そう何度もやられるかっつの!! カウンターだ!!」
グレゴリーにキャッチされてしまう。そしてカウンター。大きく蹴られたボールは特進クラスの前線三人に届いてしまう。こちらの守りはケルヴィン、アマネ、ミコ。そしてボールを持ったクーリッツは──。
「アーノルド!!」
「っ!! ──え」
左ウィングのアーノルドにパスを出すフェイントをかけ、ケルヴィンを抜き去った。だが、それを読んでいたアマネが詰めている。
「甘い。俺フィ、エリアの騎士、ホイッスル、ビーブルース、アオアシ、ジャイキリまで読んだ私に死角はない。あとアイシールドも読んで──あっ」
一対一になったアマネは不敵に笑いながら話しかけるが、クーリッツはそれをまるっきり無視し、あっという間に抜き去る。ちなみにアイシールドは──ん? 俺は今何を考えていた? そんなことより今はボールの行方である。
「アマネのやつ、なにやってんだ……。ミコ! カバーだ!」
かなりのピンチだ。キーパーまでの間は誰もいない。慌ててケルヴィンとミコがクーリッツを追っているが間に合いそうにない。
「チッ、キース前に出ろ!! シュートコースを潰せ!!」
「……っ!!」
キースは覚悟を決めたようでクーリッツへ向かっていく。だが、その距離が二メートル程になったとき、クーリッツは少しだけ口元を歪め、ボールをふわりと浮かした。ループシュートだ。
キースは懸命に手を伸ばしながらジャンプする。ゆっくりと放物線を描くボールに指が触れた。だが、ボールの勢いは弱まったもの、そのままコロコロとゴールへ向かっていく──。
「えへへー、セーフ!」
が、キューちゃんが間に合った。中盤にいたはずなのに、誰よりも速くゴールまで戻ってきたのだ。
「よーし、よーし! よくやったぞキューちゃん!!」
「おい、ジェイド先生、あれはなんだ? 自軍ゴールまで戻る速さが人間のソレではないぞ?」
俺がピンチを救ったキューちゃんに拍手を送りながら褒めていると、つかつかとスカーレット先生が近づいてきてドスの効いた声で文句を言ってくる。怖い。
「…………ほら、チビッ子は素早いって相場が決まってますし」
「…………チッ」
決定機を決められなかったことにより、スカーレットさんのご機嫌は斜めを通り越して垂直だ。いや、それが機嫌の良し悪しをあらわす表現かはさておき。
そして試合は一点を追いかける試合のまま終盤へと差し掛かる。
「残り時間三分だ! 一点を守れば勝てるなんていう甘い考えでは負けるぞ! もう一点とって突き放してやれ!」
俺は声を張り上げてゲキを飛ばす。ちょっぴり監督っぽいなと悦に入ったのは内緒だ。
「キャッ──」
だが、そんなふざけたことを考えているときにミコが相手選手に弾き飛ばされ転んでしまう。試合は一旦中断、すぐに駆け寄る。
「おい、ミコ! 大丈夫か!」
「あっ、監督……。だいじょ──痛っ」
「足を捻ったのか……。これ以上は無理だな。下がれ」
「でも……折角ここまできたのに」
サッカーは七人いないと成立しない。そしてうちのベンチには誰もいないのだ。それを理解しているミコは自分がピッチに立つと食い下がる。
「ダメだ」
すぐに処置が必要なケガだろう。まして悪化してしまう可能性を考えればそんなことは許さない。他の生徒たちも集まり、心配そうに見つめる。ここまで来たら勝ちたいと思ってしまうだろうが、誰もミコに対して試合を続けろという声を上げる者はいない。意地より友人への気遣いが
「審判、俺たち努力クラスはここで棄権──」
「……出るわよ」
「え?」
そこには見学するだけだったサーシャが体操服で立っていた。まるで脱皮したかのように制服が地面に転がっている。
「サーシャお前……」
初めて見る体操服姿に体操服持っていたのかとツッコミたくなる。更に言えばその体操着はまさか制服の下に着込んでいたのかとツッコミたくなる。ツッコミたくはなるが、ここでそんなことを言えば台無しだろう。俺は努めて真面目な顔で礼を言った。
「ありがとう。頼めるか?」
「と言っても立ってるだけよ。あとは勝手にやって」
「あぁ、それでいい。頼んだぞ。審判! 選手交代だ! さぁミコ保健室に──」
「監督、試合が終わるまでは見させて下さいっ」
サーシャに後を任し、俺はミコを保健室まで連れていこうとするが、ミコは最後まで見届けたいようだ。試合時間は残り僅か。ピッチに立っていなければそこまで焦ることもない、か。
「そうだな、ミコも頑張ったもんな。結末を見届けないとな」
「わっ……」
俺はひょいとミコを抱え上げ、ピッチの外へと運ぶ。意外にもミコは小さく驚いた声を上げ、顔を赤くする。平気そうだと思ったがどうやら恥ずかしかったらしい。また、アマネにセクハラだと怒られてしまうな。
俺は苦笑しながらピッチに立つ自分の生徒たちに最後のゲキを送る。
「楽しんでこい」
それに生徒たちは強く頷く。試合再開だ。俺は生徒たちを信じ、ピッチを見つめる。
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