第122話 サッカー

「フフ、いいぞジェイド先生、その意気だ。それにヒューリッツ君は幸せだな。第三者が内魔力を操作して魔力器官や魔力回路を無理やり鍛えるなどジェイド、キミにしかできないことだ」


 グラスをゆっくり一度回してからそんなことを言うスカーレット先生。どことなく浮かない顔だ。それは多分、俺にしかできないことと言った部分。つまり自分にできないことがあると認めているからではないだろうか。


 なんと声を掛けていいか分からず、一言ありがとうございますと返した。そこからは口数少なくお酒をチビチビと楽しむ。そんな中、ミーナが思い出したように声をあげる。


「そうだ! ジェイドは初めてだよね。サッカー」


「サッカー? なんだそれ?」


 急に聞き慣れない単語を口にするミーナ。サッカー? なんだろうか、語感から予想をしてみるがさっぱり分らない。


「え? 学習計画に書いてあったでしょ? 球技だよ球技。学期ごとに一回ずつクラス毎にチームを組んで試合するの。チームには七人必要だから一学期、二学期は努力クラスから参加できなかったけど、今学期はできるんじゃない?」


 確かにそんなことも書いてあった気がする。が、魔法に関係ないから覚えていなかった。そしてミーナに言われたことを頭の中で反復する。


(球技、チーム、七人……)


 俺は努力クラスの面々の顔を思い浮かべた。キューちゃんもいれれば八人だ。だが、恐らくサーシャは出ないだろう。というかサーシャが出なかったから一学期と二学期は出られなかったのではないだろうか。


「ん、まぁ分かった。で、どんな競技でルールとかは……」


「いいだろう。私が説明してやる」


 球技とは聞いたが、どんなものかまったく分かっていない。ミーナにそれを聞いたのだが、なぜか得意げで食い気味なスカーレットさんが答えてきた。


「フフ、スカーレットさんは毎回サッカーを楽しみにしてるんだよ。特進クラスは七人でギリギリだけどすごく強くて、一年生ながらに優勝候補なんだよ」


「フフン、それほどでもある。ジェイドいいか。監督は楽しいぞっ!!」


 スカーレットさんは拳を握りしめ、何やら力説しはじめた。それよりどんな競技かを教えてほしかったが、それを口にする勇気はなかった。だが、それを察してくれたミーナがさりげなくアシストをしてくれる。


「フフ、スカーレットさん。まずどんな競技か教えるところからですよ」


「む、そうだな。いいか、ジェイド。サッカーとは肉と肉、魂と魂のぶつかり合いだ!!」


(肉と肉……、魂と魂……? この人は何を言ってるんだ?)


 本当にそういう競技、と言ってもどういう競技かは未だサッパリなのだが、ミーナにどれほど正しいのか目で尋ねる。


 フルフル。


 苦笑して首を横に振った。どうやら肉と肉をぶつけあう競技ではないらしい。まして魂をぶつけるわけでもなさそうだ。


「スカーレットさん、俺は初心者なのでもう少し分かりやすく教えてもらえると──」


「あぁ、すまんすまん。ついサッカーのことになると周りが見えなくなってしまってな。いいだろう。まずは──」


 それからスカーレットさんは浮かしかけた腰をゆっくりと沈め、どんな競技であるかとルール説明を細かく教えてくれた。ひたすらに教えてくれた。結果、それがボールを蹴って相手のゴールに入れて点数を競い合う競技だということが分かった。細かいルールもいくつかあり、それも説明してもらったが、それにしてもそこまで時間がかかるようなものではないだろう。……好きというのは恐ろしい。


「と、ここまでがルールだ。さて、ここからはいくつか戦略を──」


「あ、いえスカーレットさん、大丈夫です。そこまでで大丈夫です。今聞いたルールの中で一度自分なりに戦略というものを考えてみますっ!」


 俺はこれ以上サッカーの話を聞く気などなかった。ハッキリ言えば努力クラスの子たちを出場させる気すらない。学年末の進級試験もあるのに、サッカーになど構ってる余裕はないのだ。


「……ふむ、そうか。だがいいことだ。まずは考え、実践してみる。試合では本気を出すが、それまではサッカー監督の先達者としてアドバイスをいくらでもしよう。キミとの試合を楽しみにしているよ」


 遠回しにそう伝えたつもりだったがむしろ感心されてしまった。そしてものすごい熱量のこもった視線とともに両肩をポンポンと叩かれる。俺は苦笑しながらどうやって逃げようか考えていたのは言うまでもない。


(まぁ、うちの生徒たちもそんなにやる気はないだろうしなぁー)


 そしてそんなことを考えながら、その場はなんとかお茶を濁しやり過ごしたのであったが──。



「おっさん! サッカーの練習をさせてくれっ!!」


「は?」


 翌日学校へ行き、朝一番教室を開けたらこれである。待ってくれ、昨日まではサッカーのサの字もないクラスだったじゃないか。しかし見ればレオだけでなくキース、ケルヴィン、そしてヒューリッツまで真剣な眼差しでこちらを見つめている。


「あー……。ひとまず急にサッカーをしたくなった理由を説明してくれ」


 詰め寄る四人に俺は降参したと言わんばかりに両手を上げ、ひとまず話を聞くこととした。するとレオが昨日の夕方に起きたことを喋り始めた。


 ◇


「おーい、キース、ケルヴィン帰ろうぜー」


 俺は帰り支度を素早く済ませ、二人へそう声を掛けた。俺は剣の修行をしてから帰るから下駄箱までだが、そこまではいつも一緒に帰っている。


「はい。おや、委員長も帰るんですか? なら一緒に帰ります?」


「あぁ、では」


 そして委員長、つまりヒューリッツもたまに一緒になることがある。委員長は嫌いではないが、一緒にいても楽しくないから俺はそんなに積極的には声を掛けない。だからキースやケルヴィンが声を掛けることが多い。 


 そしてなんとなしに四人で廊下を歩いて下駄箱へ向かっていると、反対側から数人の生徒が歩いてくるのが見えた。特進クラスのやつらだ。気取ってるし俺たちをバカにするから俺はあいつらが大嫌いだ。そしてすれ違いざま──。

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