第121話 キラキラ袋

「……キラキラ? はぁ!? それってゲロだろ!? イヤだよ! おっさん自分で持てよ!!」


「バッカ、俺とヒューリッツは手を繋いでるんだ。途中で離したらそれこそ危ない。友達だろ? というわけで始めるぞー」


 まだ文句を言いたげなレオを無理やり黙らせ、ヒューリッツの前にスタンバイさせる。レオはものすごくイヤそうな顔で袋を広げた。使うことがなければいいが、それは叶わないだろう。つまり吐く。いやそれはもう確実に吐く。


「ではヒューリッツ、ウィンドを唱えてみろ。俺が魔力器官を無理やり回して、魔力回路をこじあけてやる! レオも用意はいいか!?」


「はい!」


「……へーい」


 ヒューリッツは力強く返事をする。対照的にレオは気の抜けた返事だ。そしてヒューリッツは息を大きく吸う。


「では、いきますっ!! ウィンおぼろろろろろろっ」


「キャ!?」


「え!? 早っ!?」


 ミコは衝撃な絵に小さく悲鳴を上げる。キューちゃんはキャッキャと喜んでいる。レオたち三人、特に袋を構えていたレオはあまりの早さに驚愕を隠せないでいた。そして──。


 ふら〜っ、パタンッ。


 顔を真っ青にしたヒューリッツは倒れ込む。もちろん倒れることは想定済みなので床に倒れる前に俺が左手で体を受け止めた。


「…………さすがヒューリッツだな。『ン』まで唱えられたのは驚愕の精神力だ」


 そして俺は意識を失ったヒューリッツを讃え、褒める。


 今しがたの出来事は『ウィ』の部分で俺がヒューリッツの魔力器官に無理やり大量の魔力を変換させた。そしてその大量の魔力を右手に伸びる細い魔力回路に無理やり通した。この時点で胸から腕にかけて味わったことのない激痛が走ったはずだ。


 だが、ヒューリッツはその激痛に顔を歪めるも『ン』まで唱えた。『ド』の部分で本来であれば魔法が発動し、風が起こるはずだったが、残念ながら精神力では凌駕出来ない体の反射によりそれは叶わなかったということだ。


「さて、じゃあヒューリッツは端っこで寝かせておいて、と。みんなの魔法をみていくぞー。特にキース、ケルヴィンはヒューリッツを見習って、吐いて気絶するまで頑張るかー」


「「…………」」


 俺が不敵な笑みを浮かべ、そう言うと、当の二人はわざとらしく倒れ、気絶したフリをする。まったく、本当にヒューリッツを見習ってほしいものだ。


「……おい、おっさん。これどうすんだよ……」


 そしてヒューリッツを運び終えて苦笑する俺の目の前には、レオがジト目で睨みながら立っていた。その手にパンパンになったゲロ袋を持って。


「…………結んで、ゴミ焼却炉に持ってってくれ」


 俺は目をそらしながら職権を乱用した。


「はぁ!? 俺が!? ヤダよ!!」


 当然レオは怒鳴る。やめろ、あまり揺らすなゲロが零れる。


「あ、ミコが持っていきましょうか?」


「エルも一緒にいくー!」


 そしてそんな俺とレオを見兼ねて、ゲロ袋運搬係を申し出たミコとキューちゃん。実に良い子たちだ。だが──。


「いたいけな女性徒二人にゲロ袋を持たすの? 明日からミコのあだ名はゲロ。キューべぇのあだ名はゲロべぇになっちゃうかも」


「え……、それはヤダかも……」


「……エルもゲロべぇはヤー」


 アマネが俺に対するあてつけのようにそんなことを言う。まぁ流石に生徒に後処理を全部頼むのもアレなので──。


「……というのは冗談だ。先生が持っていこう」


「……ぜってー、冗談じゃなかった」


 俺は笑顔でイヤミを言うレオからゲロ袋を受け取り、口を結ぶ。そして部屋から出ようとするときに振り返り、最後に──。


「あ、そうそう。レオ? 俺の代わりにヒューリッツの様子を見ててくれ。寝ゲロしたら窒息しないように横を向かせて、ゲロを口の中から──」


「おっさん、俺やっぱゲロ持ってくわ。んじゃ」


 なんて言いかけたらレオが俺からゲロ袋を奪い、走り去っていった。ったく。それから幸いにして、ヒューリッツは寝ゲロすることもなく、しかし毎日嘔吐しながら訓練をする日々が続くのであった。




 そしてそんな常軌を逸した訓練が当然秘密にできるはずもなく──。


「乾杯」


 久しぶりに俺はミーナとスカーレットさんと三人で飲みにきている。他愛もない雑談のさなか、スカーレット先生の口からヒューリッツの話題が飛び出たのだ。


「あー、ジェイド先生? なにやら生徒を毎日吐くまで痛めつけてるようじゃないか」


「……人聞きが悪いですね。まぁ確かに間違ってはないですけども」


 スカーレットさんは焼き鳥を頬張りながら。


「あ、それ私も聞いたよ? あの先生は怖い先生なんじゃないかって生徒たちが噂してるよ?」


「……怖い? 俺が? まったく俺以上に優しい先生などいるだろうか、いやいない」


 ミーナはちまちまとサラダを摘みながら、それぞれ俺を非難してくる。俺はと言えば、今しがた食べ終えた串を左右にチッチと振り、苦笑しながら受け流す。事情を説明すれば理解してくれるはずだ。


「──というわけです」


「なるほど。まぁ確かに時間も限られていることだしな」


「……う~ん、そうだね」


 二人は事情を聞くと理解を示してくれた。まぁ決して安全な方法ではないため、ミーナは何か言いたげであったが。そして俺はもう一つの事情も口にする。


「それにヒューリッツの場合は双子の弟の件もあるだろ?」


「あぁ、クーリッツな。兄は銀髪で努力クラス、弟は黒髪で学年主席。思うところはあるだろうな」


 そう、ヒューリッツには双子の弟がおり、スカーレット先生のクラス、つまり特進クラスだ。それも主席。まるでヒューリッツの魔法の才能を全て持っていってしまったのではないかというほどの差だ。


「……ヒューリッツ君もすごく真面目で熱心なのに、ね」


「そうだな。だが、そのために俺たち教師がいる、だろ? それに毎日吐きながらもあいつは弱音を言わないし、現に魔力器官や魔力回路は強くなってきている」


 俺はやりきれない思いを酒と一緒に飲み込む。才能がなかったからと見放すのは簡単だ。だが、ベント伯はあてのなかった俺を拾い、教師としての才能があると信じ、期待してくれているのだ。全力は尽くさねばなるまい。

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