第123話 お兄ちゃん

「さっ、落ちこぼれないように魔法の練習しにいこうぜ」


「あぁ、エルム学院魔法科の名に恥じないようにしないとな」


 特進クラスのヤツらが俺たちへの当てつけで言ったのは明らかだった。その言葉に俺は拳をギュッと握り締める。


「レオ、やめましょう」


「うんうんー、無視に限るさ」


 俺がイラッとしたのが伝わったのだろう。キースとケルヴィンは俺の両肩に手を置き、特進クラスの奴らから離れるよう押してくる。何か言ってやりたかったが、確かにいちいち喧嘩を売るのもバカらしい。俺は鼻をフンッと一つ鳴らしズンズンと足を進めた。


「……なんだ、やっぱ腰抜けか」


「……っ!」


 俺はピタリと足を止めた。今、何て言った? 腰抜け? 俺が?


「おい、お前ら今何て言った?」


「あちゃー……」


「はぁ、もうレオキレやすすぎだろー」


「……喧嘩は校則で禁止されている。レオやめるんだ」


 俺はキース、ケルヴィン、委員長の制止を無視し、さきほど腰抜けと言ってきた大柄の男、名前は確かグレなんちゃらだった気がする、に詰め寄った。


「ん? 何が? 別に何も言ってないけど?」


 だがここにきてあいつは誤魔化しやがった。人をバカにしやがって。


「上等だよ。腰抜けはお前の方じゃねぇか。あん?」


 はい、そうですかと引き下がれるわけがない。俺は下から思いっきり睨みつけて啖呵を切る。


「レオー、先に手を出したらダメですからねー」


「ちなみに後から手を出してもダメだよー?」


「ほら、レオもういいだろ。特進科の皆さんもこんなところで油を売ってないでどうぞ魔法場の方へ」


 睨み合う俺とグレなんちゃら。拳を振るえば避けられない位置。殴られたらぜってー殴り返す。他の特進科のやつはニヤニヤと見ているし、こっちのみんなは俺を引き離そうと必死だ。だけど俺からは絶対に引かない。引いてやるもんか。


「グレゴラス何をやってるんだ」


「……クーリッツさん」


 そんな膠着した場に現れたのは特進クラスのトップ、つまり学年主席のクーリッツだ。グレゴラスは急にしおしおと大人しくなり引いた。なので俺もフンッと一つ鼻を鳴らし、一歩下がる。


「お前ら、こんな落ちこぼれどもと会話をするな。無能が移る」


 だがその場に現れたクーリッツから出てきた言葉は先程のグレゴラスのようにイヤミではないストレートな罵倒。怒りの感情が起こる前に呆気にとられてしまう。そのあいだに双子の兄弟である委員長が前に出た。


「おい、クーリッツ。ややこしくするな」


「黙れヒューリッツ。俺に話しかけるな。視界に入るな。一族の恥であるお前は早く学校を去り、そしてどこへとなり出ていけ」


 メガネと髪の色以外はうり二つな見た目だが、かなりクーリッツの方はキツイ性格だ。


「反抗期と言うやつか。お兄ちゃんは悲しいぞ」


「……お前を兄と認めたことは一度もない。兄と名乗るならば何か一つでも俺に勝ってから言え。時間を無駄にしたな。お前ら行くぞ。あぁ、そうだ。近々サッカーの試合があるか、今日はそれを少し練習しよ──」


「それだっ!!」


 カヤの外で眺めることになってしまっていた俺は反射的に声を上げた。サッカー。今までは出場すらできなかったが、今回は人数も足りそうだし、イケる気がする。そんな俺の意図を察したのかグレゴラスがでしゃばってきた。


「はんっ。雑魚が考えそうなことだ。魔法なしのサッカーなら俺らと対等に戦えると思ってんのか? おめでたいやつだ。いいか、俺たちは魔法科の生徒が魔法なしなら球技一つまともにできないと思われるのがイヤで努力してるんだよ。実際に一般科や商業科はおろか、騎士科にまで勝っている。思いつきでサッカーしようなんて言うやつらに万に一つも負けるわけねぇだろ」


「ぐっ……」


 その言葉は痛いところを突いた。確かにサッカーなんてしたことがなかったし、思いつきで言ってしまったのは否めない。クラスのみんなに確認も取ってないから誰か二人出たくないと言えば試合に出ることすらできない。


「お? なんだ? ビビったのか。やっぱ腰抜けは腰抜けだな。まぁ無様に負けるのよりよっぽど賢いぜ? 負け癖は一旦つくと中々取れないからな、ハハハハ!!」


「おい、グレゴラスそこまでだ。もういい、弱いものイジメはやめろ。行くぞ」


 そしてグレゴラスに言いたい放題言われ、クーリッツに憐れみの目を向けられ、それでも俺は何も言い返せず、唇を噛み締めることしかできなかった。


「……チクショウ、あいつらバカにしやがって」


「確かに少し言葉が過ぎますね、見返したくなりました」


「そうだね、ちょっとムカついたかな」


「……みんなうちの弟がすまん。家に帰ったら叱っておこう」


 多分、委員長のこういうとこが兄弟仲のこじれた原因だろうなとは思ったけど、口にはしない。言っても無駄だから。


「それでレオどうするんです?」


 呆れた目で見ていたらキースがそんなことを聞いてくる。もちろん叶うならば──。


「……サッカーであいつらをこてんぱんにしたい」


 これだ。この言葉にキースとケルヴィンは肩をすくめ──。


「委員長? サッカーしません?」


「む? ……いや、しかし魔法の訓練が──」


「委員長、いいじゃんー。魔法の訓練は日中、死ぬ気でやる。それで放課後はサッカーを死ぬ気でやろ?」


 ケルヴィンを説得してくれようとした。


「お前ら……」


 俺は嬉しくなる。俺の思いつきに付き合ってくれるバカな友達に。そして委員長も最後には条件付きで了承してくれた。


 そしてその条件こそがおっさんの協力を取り付けるというものであり、今に至るのだ。



 ◇


「というわけで、おっさんサッカーの練習をさせてくれ! それと魔法の訓練を今より厳しく頼むよ!」

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