第117話 学生時代
「……どうぞ」
「お邪魔します」
扉を開け、ミーナを先に入れる。狭い玄関でミーナが靴を脱ぎ終わるのを待ってから自分も入る。
「紅茶でいいか?」
「うん」
ミーナが紅茶が好きだというのは再会してから知ったことだ。そしてそれから初めて淹れ方を覚え、今日で何度目かになる紅茶をカップに二つ注ぐ。
「……ほい」
「ありがと」
ローテーブルに紅茶を置く。定位置となったクッションに座る。ここに座って、この部屋の壁とミーナをセットで見ることにも随分慣れたものだ。
「さて……、ミーナにはあんまり学生時代の話をしてなかったな」
「そうだね」
俺は紅茶を一口飲んだあと、そう切り出す。ミーナにはなんて言ったが、正確にはミーナ
「……俺はウィンダム魔法師学校の入学試験で主席だった。入学前から注目を浴びていた名家のアゼルやエメリアを差し置いてな。ド田舎のパージ村でぬくぬくと育った俺はそれがどうなるかも分からず、喜んだよ。周りの反応は最初、未知による畏怖だった」
話し始めは入学式から。胸を張って入学の挨拶をし、三席しかないSクラスに入ったことを誇りに思っていた子供の時分。だが、周りの目は期待していたものではなかった。
「……畏怖?」
「そう、あいつの正体はなんだ? どんなヤツなんだ? 背後には誰がいるんだ? 名前も知られていない田舎出身の俺が王都の最難関魔法師学校に主席で入学したんだ。怪しむよなぁ。だから周りの生徒は俺から距離を置いて徹底的に情報を集めていたんだ。多くが貴族出身で処世術を叩き込まれていたからな。……だが、同じクラスになったアゼルとエメリアは違った」
俺は少し微笑む。初めて王都でできた友達。魔法が好きな同志。楽しく平和だった時間。
「すぐに友達になり、魔法のことを語り合った。俺を田舎モノの平民だとバカにせず、対等に見てくれた。王都のことや貴族について教えてくれた。田舎でミーナとしてきたイタズラを自慢げに話して笑いあっていた。そんな学生らしく楽しい時間が暫く続いた。他の生徒や担任以外の教師からは腫れ物扱いだが、目に見える悪意はなく、平和な時間だ。そこに一人の女生徒が現れた。名前はシャーリーと言う」
今でも鮮明に覚えている。休み時間にミーナと同じ栗色の髪をした女の子がとても不安そうに教室に入ってきたのを。
「シャーリーは東の辺境の小さな村の出身だった。俺と同じ平民だ。成績は四席、Aクラスのトップだ。そしてAクラスには平民がいなかった。彼女は俺と同じ境遇だったんだ。だけど違う点があった。それは俺にはアゼルとエメリアという友人がいて、シャーリーには友達がいなかった。そこで平民出の俺と話してみたいってなったらしい。当然俺やアゼルたちは彼女を受け入れた」
シャーリーは魔法バカだった。俺たちとはすぐにウマも合った。アゼルやエメリアに対しては身分の違いからか少し遠慮をしていたが、イヤミってことはなかったし、とても聡明で何より優しく笑顔が似合う子だった。
「それで、俺たちは四人でつるむようになった。と言ってもアゼルとエメリアは貴族だ。学校が終わると予定がビッシリ埋まっていてな。俺も周りからは距離を置かれていたから丁度放課後魔法の訓練や勉強をするときの友達として自然とシャーリーと二人で過ごす時間が増えた」
ミーナは黙って話を聞いてくれている。ここからは苦い過去だ。俺はミーナの目を見ることはできず、テーブルに視線を置きながら言葉を搾り出す。
「……そしてシャーリーに告白された。俺はその当時から恋愛というものに対してあまり興味がなかったし、そういった感情が分からなかった。だから正直に恋愛として好きかは分からないと言ったし、関係が変わるのを恐れて断ろうともしたが、説得されて結局付き合うことにした。シャーリーと過ごす時間は楽しかったし、居心地が良かったのは事実だったから」
交際が始まった頃を思い出す。交際と言っても手を繋いで帰ったり、休みの日に王都を散策したり、二人で魔法の勉強をしたり、だ。友達の頃と大して変わらないおままごとみたいなものだ。だが、その代償はあまりにも大きすぎた。
「この頃かな。……俺へのイヤガラセが始まったのは。ようやく俺が何の後ろ盾もないタダの魔法バカな平民だってことに確信を持ったんだろう。誰がやったか分からないような巧妙なものから、罰を受けないようなギリギリのラインを見極めた陰湿なものまで。貴族の恐ろしさを知ったよ。あいつらはこういう世界を生きているんだって。だが、アゼルとエメリアはそんな俺を守ってくれた。シャーリーは寄り添ってくれた。それに担任はダーヴィッツさんだ」
ダーヴィッツさんは俺たちの入学と同時にSクラスの担任となった。新任でいきなりSクラスの担任なのだから、いかに破格の人物だったかが分かる。そして公明正大で教育熱心な人であった。結局、この頃から今まで世話になっているのだから一生頭が上がらない。在任期間は僅か三年。教えた生徒は俺たち三人とシャーリーだけだっだ。
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