第111話 ロマンペット
「………………」
断腸の思いだ。可愛かった。とても可愛かったんだ。俺は渋々、本当に渋々、頭の上のエンシェントサーベルを持ち上げ、芝生の上へとおろす。
「…………ベル、強く生きるんだぞ」
「ミャー!!」
俺は最後にひと撫でしながらそう言うと、まるで言葉が、気持ちが通じたようにエンシェントサーベルの『ベル』は力強い鳴き声を一つ返してくれた。だが、やはり俺はベルを眺めていつまでもその場から動くことが──。
「はい、いくよー?」
できなかったのだが、ミーナに無理やり手を引かれ、ふれあいコーナーの外へと出されるのであった。
「うぅ、ベルぅ……」
「もうジェイドってば大袈裟なんだから……。でも名前までつけちゃってよっぽど気に入ったんだね」
「だってあんなに可愛いのに、いずれ最強クラスの魔獣へと成長するんだぞ? ロマンしかないじゃないか!」
「はいはい。でもあの部屋じゃ飼えないからダメだからね?」
俺はまるで母親に駄々をこねてペットを買ってもらおうとする子供のように喚いた。だが、ミーナは大ベテランの母親のごとくピシャリと却下してくる。
「……ダメ?」
「だーめ。っていうか、パークの子なんだから勝手に連れ出しちゃダメだし」
食い下がってもダメなものはダメであった。というより、流石に俺も勝手にパークから連れ出す気はない。まぁそれだけベルが可愛かったというだけだ。
「にしても、ホントヴァルたちは……」
そんな冗談を俺とミーナが言い合ってる間もヴァルたちはまだふれあいコーナーの中に留まっていた。というのも──。
「お客様っ!? あの、困ります!」
「いや、我たちも困っている。おい、お前らついてくるな」
「はい、みんなー? ついてきちゃダメよー?」
まるで親ガモ、子ガモのようにヴァルたちの後を爬虫類がゾロゾロついてきて出るに出れないのだ。何人もの従業員が集まり、ようやく引き剥がして出ることができたようだ。
「ハハハ、ドラゴン大人気だな」
「……クッ。我ら誇り高き竜族を気安く親だと思いよって」
「あら、いいじゃない。みんな可愛かったわ。そっちはどうだったの?」
「こっちはエンシェントサーベルとデッサーパンツァーと遊んでました。フローネさん聞いて下さいよ。ジェイドったらエンシェントサーベルに『ベル』って名前までつけて連れて帰ろうとしたんですよ」
「あ、コラ。ミーナ、あれは冗談だろ」
「でも名前をつけてかわいがってたのは事実ですー」
「グッ……」
ミーナはあろうことか俺の恥ずかしい冗談をフローネさんに告げ口しやがった。だが、確かにかわいがったのも名前もつけたのも事実だ。悔しさに下唇を噛むことしかできない。
「フフ、あらあらまぁまぁ。楽しかったようでなによりだわ。ね、アナタ?」
「ん? あぁ、おう」
そしてそんな俺たちを見て優しく微笑むフローネさん。本当に善意でしかないため、一番反応に困る。否定することも文句を言うこともできないため、目を逸して聞こえないフリをするしかない。隣を見ればミーナも同じ反応だ。
「そ・れ・に」
ゴニョゴニョとヴァルに耳打ちをするフローネさん。背が大分違うため、フローネさんはつま先立ち、ヴァルは中腰だ。そして、二人はニヤニヤと頬を緩ませ、俺たちの真ん中、ちょうど手が繋がっているあたりを見てくる。
「…………ミーナ、腹が減らないか?」
「……そうだね。ご飯にしよっか。カルナヴァレルさんとフローネさんも昼食にしていいですか?」
俺とミーナはわざとらしく時間を確認する。お昼をやや過ぎたあたりだ。どうやら察してくれたらしくヴァルとフローネさんはこれ以上からかうこともなく、それを了承し、俺たちはパーク内のレストランへと向かうこととなった。
「えぇと、ここか?」
「うん、そうだね」
暫く歩くとかなり大きな建物が見えてきた。看板には魔獣キッチンと大きく書かれている。なんとも強気なネーミングだ。
「いらっしゃいませー、何名様ですか?」
「四人です」
「はい、四名様ですね? こちらへどうぞー!」
店内は賑わっていたが、幸い空いてる席があったようだ。すぐに案内をしてくれた。通された席はボックス席。俺とミーナが隣り合い、対面にヴァルとフローネさん。なんだか改まって二対二で向かい合って座ると気恥ずかしいものがある。
「ジェイくん、どうしたの?」
「あ、いえ。なんでもないです。あ、これメニューどうぞ」
「そう? あら、ありがとう」
調子が狂いっぱなしの俺を見て、不思議そうにそう尋ねてくるフローネさん。別に大したことではないので、メニューを渡してお茶を濁す。メニューは二つあったため、一つはこちらで見ることとする。
「ミーナ決まった?」
「……まだ一ページ目だよ?」
「……すまん」
だが、やはり平静ではないようだ。落ち着くためにも一回大きく深呼吸をする。そして俺は肩の力を意識して抜いたところでミーナと一緒にパラパラとメニューを眺めるのであった。
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