第112話 グラム数

 しばらく無言で眺め続け、メニューを最後まで目を通し終えたところで俺は再度尋ねる。


「…………ミーナ、決まった?」


「うん、決まったよ」


「どれ?」


「これ」


 ミーナはパラパラとメニューをさかのぼり、ジェノベーゼなる料理を頼もうとしていた。説明書きや絵がないため、一体何の料理か分からない。だが、強そうだ。恐らく血の滴る肉料理であろう。


「ほー。中々ワイルドなのを選んだな」


「え……。うん、ワイルドかな?」


「謙遜するな。うんうん。俺も肉にしよう」


「え……。も? え?」


 ミーナの顔は引き攣っている。ん? もしやジェノベーゼは肉ではないのか? こんなに強そうな名前なのに肉料理じゃないのか?


「ミーナ、一応確認しておくが、このジェノベーゼってのは血の滴る肉がドドンと出てくるような料理じゃないのか?」


「……逆になんで料理名だけでそんな自信を持って決め付けれたのか不思議だよ。ジェノだよ? 香草にジェノってあるでしょ? あれを使ったパスタ料理。ほら、パスタのメニュー欄でしょ?」


「あぁー……確かに。そう言えば聞いたこともある気がしてきた。なるほど、じゃあ麺か。うーん、俺はどうしようかな」


 ミーナのメニューを聞いたはいいものの、だからと言って自分のメニューが決まるわけではない。俺は再度メニューに目を落とし、パラパラとめくりはじめる。


「もう……。聞いておいてその反応はひどいんじゃないかな」


「え? なんか言った?」


「なんでもないですー」


 何か聞こえた気がしたが、メニューに集中していたため、聞き逃した。だが、ミーナはもう一度言うつもりはないようだ。ここで変に食い下がって機嫌を損ねるのもイヤなので、俺は黙って昼食選びに戻る。


「……よし、決めた!」


「何にしたの?」


「これだ」


 俺は肉料理の欄にある料理名を指さす。


「……シャルコヴォッテ・ソルニッチェル? 聞いたことない料理だね」


「おう。でも強そうだろ?」


「……おバカさんなのかな?」


「アハハハ、まぁモノは試しだ。ヴァルとフローネさんは決まった?」


 語感だけで決めた謎の料理にミーナは呆れ顔だ。だが俺に後悔はない。未知というのはそれだけで最高のスパイスとなりえるのだ。そして、ドヤ顔でメニューをパタンとたたむと、対面の二人に話しかける。


「あー、ジェイド。何でも頼んでいいのか?」


 ヴァルたちはこちらの世界の通貨を持っていない。当然、世話になっている二人のお金は俺が出すと最初から言ってある。まして無駄遣いではない昼食で何を遠慮することがあろうか。


「当たり前だろ。気にせず好きなの頼んでくれ」


「そうか。なら決まったぞ」


「ジェイくんありがとうございます。私も決まりました」


 どうやら決まっていたようだ。そう言えばヴァルたちと食事をするのは初めてだ。何を食べるのか少し興味が沸く。まぁ恐らく……肉だろう。


「じゃ、店員さんを呼ぶな? すみませーん」


「はーい! 少々お待ちくださーい!」


 俺が手を上げて店員さんを呼ぶとすぐ近くにいた女性が反応して、注文を取りに来てくれる。俺はメニューをもう一度広げ──。


「では、ご注文をどうぞ!」


「えぇと、このジェノベーゼと、こっちのシャルコヴォッテ・ソルニッチェルを一つずつ」


「はい、ジェノベーゼとシャルコヴォッテ・ソルニッチェルですね。はい」


「あー、ヴァルたちは?」


 サラサラと伝票に注文を書きとる店員さん。ヴァルたちの注文を俺は知らないのでそちらに投げる。ヴァルも同じようにメニューを開いた。


「このトウトツステーキの──」


 ほらな? 予想通りの肉だ。確かこのトウトツステーキは肉料理の中でグラム数を指定できる唯一のメニューだ。でもグラムあたりの値段はかなり安い。なんだか気を遣わせてしまったみたいで申し訳ない──。


「はい、トウトツステーキですね、何グラムでしょうか?」


「あぁ、一万グラムを二つくれ。焼き方はブルーで頼む」


「え、あ、え? 一万グラムでしょうか?」


「あぁ、一万グラムを、二つだ。俺とコイツに」


 と思っていたのが間違いであった。単純に量を食べたいらしい。だが、待て。いやお金のことは置いておくにしても一万グラム? 十キログラムだぞ? まぁヴァルは下手したら食べられるかも知れないが、フローネさんも? 俺は半信半疑の目でフローネさんを見つめる。


「あら、恥ずかしい。アナタ、私はそんな量いりませんよ? 店員さん私は七千グラムでいいです」


「……え、あ、はぁ」


 どちらにせよ常軌を逸していることに変わりのない注文に店員さんは困惑している。そして店員さんはまるで縋るように俺の方をチラリと見てきた。


「あぁ、間違ってないです。一万グラムと七千グラムのステーキをお願いします」


「はい……、畏まりました。トウトツステーキの一万グラムと七千グラムを焼き方ブルーですね?」


 なぜか少しだけ申し訳ない気持ちになりながら注文を改めて通す。店員さんはなにやら覚悟を決めた様子で注文を繰り返した。


「おう、あぁあとワインはあるか? 食前に軽めの赤と料理と一緒に渋みの強い赤を頼む。銘柄は任せる」


「あ、グラスは四つくださーい」


「……では食前はこちら、料理と一緒にお持ちするのはこちらでどうでしょうか?」


「あぁ、それでいい」


 ヴァルは最後にワインまで頼んで注文を終える。フローネさんはしれっとグラスを四つ頼んだ。これは付き合わなければならないだろう。隣を見ればミーナも苦笑いだ。

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