第110話 あくまでジャレてるだけ
「ほら、強い子強い子。おいでおいで」
そんなデッサーパンツァーたちにミーナは声を掛け続ける。ふらふら立ち上がり、コテンコテン転びながらも確かに近づいてきている。これは負けてはいられない。
「サーベルちゃーん? エンシェントサーベルちゃーん?」
俺も同じように芝生の上に膝をつき、まさしく猫なで声でエンシェントサーベルを呼び続ける。だが微動だにしない。その間にもデッサーパンツァー二匹は距離を縮め、ついに──。
「よしよし、偉いねー、ありがとね」
ミーナの両腕にすっぽりと収まったではないか。これは悔しい。俺はすくっと立ち上がる。
「? ジェイドどうしたの?」
「「ツァー、ツァー?」」
そんな俺を見て訝しげな表情のミーナ。二匹のデッサーパンツァーまで不思議そうに鳴き声をあげる。
「……待っているだけでは手に入らないものもある。俺は自らの足で自らの腕でやつを抱く」
俺は真剣な眼差しでエンシェントサーベルを射竦めると、その足をゆっくりと前へと進めた。
「ジェイド? 怖がらせちゃダメだからね?」
「「ツァー、ツァー」」
当然そんなことは分かっている。みなまで言うなと手で応えた。俺は視線を決して外さず、腰を落とし、ゆっくりゆっくりにじり寄る。にーじ、にーじ。
「…………ほーら、サーベルちゃん、怖くないでちゅよー」
「!?」
数多くの戦闘を経験してきたから分かる。ここからがヤツの間合いだ。俺はそこに踏み込む直前に声を発した。エンシェントサーベルはビクッと体を震わせ、そして全身の毛をチリチリと逆立てた。
(……威嚇、か。敵意は……なし。怯えているだけだな)
俺はそう判断し、にっこりと笑う。言葉は通じずとも感情というのは通じるものだ。そーれ、怖くないぞ、にっこにこーと俺は全力の笑顔で──間合いに踏み込んだ。
「フシャーーー!!」
「おー、よしよし、かわいいなー。いていて、いててて、かわいいな〜」
エンシェントサーベルは俺の胸に飛び込んできてくれた。両手でそっと受け止める。そのまま爪を胸に立て、ガシガシ肩まで登って、俺のテンプルへポコポコとサーベルパンチしてくる。うん、これは遊んでいるということだろう。
「……ジェイド大丈夫?」
「ん? なにがだ? この通り仲良しだぞ? よーしよし、サーベル、あっはっはー」
俺はそのままミーナの元へと戻った。サーベルはその間に俺の頭の上によじのぼり、上から覗き込むように俺の額にサーベルパンチをかまし続けている。当然可愛いので頭をなでた。指に乳歯が突き刺さる。甘噛みというやつだ。
「……ジェイド。指すごく血出てるよ?」
「あっはっは、フンッ。ほれ、止まった」
一度、手を口から遠ざけ、強く拳を握り締める。止血完了だ。それにすでに薄い皮ができあがっており、数十秒もしないうちにこの程度の怪我は完治だ。
「え……ジェイド。人間やめちゃったの……?」
「失礼な、少し怪我が治りやすくなっただけだ」
俺の指を手にとりじっと見つめるミーナ。出てきたのはひどい言葉だ。恐らく竜の血の影響だろう。あれ以降ちょっとした怪我はすぐに治るようになっていたのだ。
「「ツァー、ツァー」」
「ミャーミャー」
そして俺の手を握っているミーナの腕をつたってデッサーパンツァー二匹も俺の肩の上に乗ってきた。三匹でわちゃわちゃと遊んでいる。可愛いものだ。
「あれ、そう言えばヴァルたちは何してるんだ?」
つい夢中になって忘れていたが、ヴァルたちは何をしているのだろうか。その問いにミーナは苦笑し──。
「……あっち」
指先を向ける。それを視線で追う。いた。さっきからなんだかざわついた空気を感じていたが、原因はヴァルたちであった。
「……やっぱドラゴンって爬虫類になるんだろうか」
「さぁ……。でも、懐かれてるね……。すごく」
ヴァルとフローネさんの元にはバジリスクオオトカゲや、ヘビーパイソン、キラーイグアンなど爬虫類の幼体がわんさか集まっていた。あの中に突入していくのは……。
「……こっちはこっちで楽しむか」
「フフ、そうだね」
「「ツァー、ツァー!」」
「ミャーン」
そして俺とミーナはそっとその異様な光景から目を背け、離れていく。エンシェントサーベルとデッサーパンツァを芝生の上におろすとゆっくりとついてきてくれた。
「はーい。次の組と交代となりますので、みなさん退場してくださーい。赤ちゃんたちを持って帰らないでくださいねー?」
遊んでいたらあっという間に時間が経っていたようだ。名残り惜しいが仕方ない。俺はくるりと振り向き退場しようとする。
「こらこら、ジェイド。その子は置いてかないとダメでしょ?」
「…………なんのことだ」
だが、出口へ向かおうとする俺をミーナは服の裾をちょこんと掴み、引き止めた。その子? 何を言ってるんだ?
「ミャー」
「もう……。その頭の上でミャーって鳴いてる可愛い子のこと」
「………………」
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