第109話 いつだって男の子は強い魔獣が好き

 その指摘はなるほどと思わざるを得ない言葉だったため、俺は開きかけた口を閉じ、しばし看板を見ながら考える。


(……ミーナが喜びそうな、うーん……。この魔獣の赤ちゃんとのふれあいコーナーはどうだ? キューちゃんを見たときだって目を輝かせていたし、おっきくてカッコイイ奴より、ちっちゃくてかわいいやつだろう)


 俺は冒険などせず、もっとも無難で恐らく老若男女誰もが癒やされる赤ちゃんふれあいコーナーに行くことを決めた。


「よし、じゃあまずはこの魔獣の赤ちゃんふれあいコーナーに行こうと思うんだが、どうだ?」


 そして看板を指差し提案してみる。


「ほぅ」


「まぁまぁ!」


 そして俺の提案にヴァルは顎に手をあて、感心した様子だ。フローネさんは両手を口にあて大げさに感動している。この程度でここまでリアクションされると逆にバカにされているようで少しいたたまれない。いや、もしかしたら逆ではなく、まっすぐバカにされているのかも知れないが。


「アハハ……。うん、いいね。赤ちゃんかわいいもんね」


 悔しげにヴァルたちを睨んでいるとミーナが苦笑しながら俺の提案を肯定してくれる。ヴァルたちに言いたいことはあったが、確かにデートらしいデートなの初めてな俺が不甲斐ないのは事実だろう。その態度を甘んじて受け入れ、俺は目的地であるふれあいコーナーへと歩きはじめた。


「コホンッ!! さっ、アナタいきましょう?」


「お、おう」


 だが歩きだした俺の後ろではフローネさんがまるで出鼻をくじかんとばかりに大きな咳払いをし、わざとらしくヴァルと腕を組み直していた。そして視線はチラチラと俺の左手をいったりきたり。


「…………」


 俺は自分の左腕を一度だけ軽く振る。チケット売り場で一度離した手。もう一度繋ぎなおすタイミングなど分かるわけもなく、そのままであった。だが、どうやらフローネさんが強引にそのタイミングを作ってくれたようだ。ミーナもフローネさんのそれが何かは理解しているようで、チラリと覗けば僅かに頬を染め、恥ずかしそうに苦笑しながら、右手をソワソワさせていた。


「……いくぞ」


 一度、繋いだんだ。それにこれは恋人のフリをするための練習。俺は痛くしないようミーナの右手を軽く握るとその手を引っ張るように歩きはじめる。ミーナはいきなり歩きはじめた俺に追いつこうとトトトと小走りで隣まで駆けてきた。


「ほぅ」


「まぁまぁ!」


 後ろは振り向かない。恐らく先程とまったく同じリアクションをしているであろう二人のことなど放っておくに限るのだ。




「……ここか」


 ふれあいコーナーと書かれた看板が見える。あの物々しい外観とは違い、パステルカラーでポップに仕上がった木の柵で仕切ってあるだけだ。思っていたよりかなり広い。そして中には従業員や魔獣の赤ちゃん、それと戯れる大勢の客の姿でいっぱいだ。


「結構賑わってるな」


「うん、そうだね」


 どうやら柵の中は時間による入れ替え制らしく、それを待つ列の最後尾に並ぶ。


「何がいるんだろうなー。お、あれはエンシェントサーベルの赤ちゃんか!?」


 俺は待ってる間、柵の中を元気に駆け回ってる魔獣の赤ちゃんを眺める。その中でも赤の体表に黒の縞模様。太古の昔から密林の中の生態系の頂点に立ってきたエンシェントサーベルの赤ちゃんがいることに驚く。


「フフ、男の子ってホント強い魔獣が好きだよね」


 年甲斐もなくはしゃいでしまった俺を見て、ミーナが小さく笑う。確かに派手な攻撃魔法が好きだったり、強くて大きい魔獣が好きな俺は男の子のままであろう。


「じゃあミーナはどれが可愛いと思うんだよ」


「んー、あの子かな」


 ミーナが指さしたのはフワフワの赤茶の体毛で短い手足。二本足で立って歩こうとしてもすぐにコテンと転んでしまう──。


「デッサーパンツァーか」


 成長すると体高が三mを超え、丸々とした太い腕は人間など簡単にねじり殺してしまう恐ろしい魔獣だ。


「うん、コテコテ転んでかわいいよねっ」


 だが、今はそんな片鱗もなく、人間の方へ短い前足を伸ばしながら歩いては転び、歩いては転び、そして辿り着けば抱きかかえられ、腕の中で丸くなっている。


 そしてそんな赤ちゃんたちを眺めていればあっという間に俺たちの入場の番となる。


「はーい、皆さんふれあいコーナーへようこそ! 赤ちゃんたちは臆病なので、大きな声やビックリさせる行動はやめて下さいね? 優しくゆっくりと触ってあげて下さい。では、どうぞー!」


 そして担当の人からそんな注意をされたあと俺たちは柵の中へと入っていった。俺は早速──。


「サーベル? おーい、サーベルやーい」


 お目当てのエンシェントサーベルに向かって声を掛ける。話しかけられてるのは分かるのか、こちらに視線を返してはくれるが、近寄ってきてはくれない。


「デッサーちゃん、おいでおいで」


 隣ではミーナがデッサーパンツァーを呼んでいる。芝生の上に膝をつき、両手を広げながら声を掛けていると、近くにいたデッサーパンツァーの赤ちゃんが二匹、その声に惹かれるように立ち上がり、歩き始めた。そして慌てて駆け寄ってこようとしたのか、同じタイミングで二匹とも転ぶのだった。

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