第108話 ようこそ魔獣パークへ!
「もう、ジェイくん? そんな気遣いいーりーまーせーん。あなたはミーナちゃんをエスコートすることだけに集中しなさいっ。私たちは私たちで勝手に楽しみます。ね、アナタ?」
「ん? あぁ、そうだな」
だが、早くもそんな名目は本人たちによって潰されてしまった。言われた通り、デートらしい振る舞い、恋人らしい振る舞いをしなければいけないのだろうか。だが、そんな方法は皆目検討もつかない。しかし、だからと言ってミーナにリードしてもらうのは情けなさ過ぎるだろう。
(仕方ない。見よう見まねで頑張りますか)
目の前にいる大男を見る。ぶっきらぼうでガサツなイメージだが、確かにフローネさんのことは大事にしているし、一児の子を持つ立派な父親だ。年齢だけでなく恋愛面においても俺より遥かに高みにいる存在だと言えよう。
「はい、じゃあしゅっぱーつ! さぁ魔獣パークにいきましょう!」
聞かされていた通り、魔獣パークに向かうみたいだ。フローネさんは高らかに宣言するとヴァルの腕をグイグイと引っ張りながら歩き始めてしまった。俺は肩をすくめ、隣を見やる。同じようにやや呆気に取られてる様子のミーナと目が合う。どちらともなく歩き始め、二人の後を追う。だがすぐにフローネさんはくるりと振り返り──。
「デートなんだから手くらい繋ぎなさいね? オホホホー」
実にイヤラシイ笑みと笑い声でそんなことを言ってくる。
(手? 俺とミーナが?)
チラリと左隣を歩くミーナの手に視線を寄せる。細く白く小さい手だ。十六年前とは違う手。だが、十六年前に繋いでいた手だって、この手なのだ。何を今更意識してビビる必要があるものか。これはデートで恋人のフリをする練習だって言うなら──。
「…………」
俺は無言でミーナの手を握ってみた。すべすべしてて冷たい。手のひらも薄くて女性の手なんだな、と改めて思った。大人になってからこんな風に女性の手を握る機会はなかったため、手に汗がにじんできてしまいそうだ。マズイ……。
「……ジェイド? 少し痛い」
「ハッ!? すまないっ」
俺は慌てて手を離す。そしてその隙に服の裾で汗をぬぐう。どうやら無意識に力が入ってしまっていたようだ。
「ううん、大丈夫。はい」
そして今度はミーナが右手を差し出してくる。俺はもう一度だけグッと汗をぬぐい、その手に左手を重ねる。今度は意識して力を抜くように。
「フフ、ジェイド? 今度は肩に力が入ってるよ?」
「え……?」
だが、今度は腕の力を抜こうとするあまり、肩に力が入ってしまってたようだ。身体操作など散々訓練してきて、意識的に全身の緊張を変えることができるはずなのに、この時だけは上手くいかなかった。そんなことをしている内に──。
「おい、何をやってるんだ。置いていくぞ」
今度はヴァルが振り返って、俺たちを急かす。だが間違ったことは言っていないはずなのにヴァルはフローネさんに怒られていた。フローネさんの口から小さく聞こえてきた『いいんです青春してるんですから』には苦笑を浮かべざるを得ない。この歳になって青春というのもおかしな話だ。
「さっ、ジェイドいこ」
「……おう」
そして俺は少しだけ動かしにくい左手を揺らしながらヴァルたちの後を追うのであった。
「こんにちは! ようこそ魔獣パークへ! チケット売り場はあちらでーす」
のんびり歩き、エルムのはずれにある魔獣パークへとたどり着く。分厚い鋼鉄の壁にぐるりと覆われており、唯一の出入り口であろう正門には受付のお姉さんが立っており、ニコリと笑顔で出迎えてくれた。ただその右手には長大で重厚そうな長斧──ハルバードが握られていたが。
「ありがとうございます。大人四人でお願いします」
そして俺はハルバードのお姉さんにペコリと軽く会釈し、隣のチケット売り場でチケットを買おうとする。小さな小屋にはメガネのお姉さん座っており、窓越しに対応してくれた。
「はい、大人四名様ですね? 普段であれば大人一人銀貨二枚ですが、今カップルキャンペーン中でして、大人のカップル様一組につき、銀貨三枚。二組様ですので銀貨六枚になります」
そしてお姉さんは素早く俺たち四人を見渡すとメガネの奥を怪しく光らせ、早口にそんなことを言ってくる。
(カップル? ヴァルたちはずっと腕を組んでるし距離も近いからそう見えるだろうが、俺たちも……?)
と、そこまで考えて俺は横に立つミーナをチラリと見る。そしてその右手の先に視線を下ろせば、俺の左手と繋がっている。傍から見れば間違いなくカップルに見えるだろう。
「お客様、どうかなさいましたか?」
「あ、いえ。お願いします」
俺はパッと左手を離し、財布を取り出すと銀貨を六枚渡す。
「はい、丁度ですね。ありがとうございます。では、楽しい一日を! いってらっしゃいませー!」
こうして俺たち四人はチケットを受け取り、ハルバートのお姉さんの横を通り、決して楽しい雰囲気とは言えない物々しい鉄格子の外扉、鋼鉄の内扉をくぐり、魔獣パークへと足を踏み入れたのだ。
「あー、ヴァルとフローネさんはもちろん初めてだろうが、俺も初めてだ。ミーナは来たことがあるのか?」
「うん、前にスカーレットさんと来たことがあるよ」
まず、正門をくぐるとパークの全貌が記された巨大な看板が目に入る。なにから見て周ろうか考えるべく相談を始める。どうやらミーナは来たことがあるようだ。ならばミーナにどう周ればいいか聞けばいいだろう。そこまで考えて、口を開こうとしたところで──。
「はい、ジェイくん。アドバイスを聞くのは禁止でーす。今日は恋人としてのデート練習ですので、自分で考えてどういうコースがミーナちゃんを喜ばせられるか考えて下さい」
フローネさんに先手を打たれてしまった。
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