第107話 人の一生、竜の一生
しばらくそのままミーナちゃんの背中をさすり続ける。五分ほど経ったろうか。ミーナちゃんが落ち着いてきた様子なのでそっと離れる。
「……あの、お恥ずかしいところをすみませんでした」
「ううん、いいのよ? フフ、一人で抱えてて大変だったわね。でも大丈夫。お姉さんが半分持ってあげるから」
さっきまで座っていた椅子に戻り、おどけるよるようにそう言いながら力コブを作る。だけどおかしい、私はこれでも竜なのだ。力は人間の何十倍……ううん、下手したら何千倍ってあるのに力コブはとてもじゃないが強そうには見えなかった。
「ップ。あの、フローネさん、ありがとうございます……。大分楽になりました。それで……実はその人、シャーリーさんて言うんですけど、もう一つ相談がありまして……」
どうやらジェイくんの元カノはシャーリーさんと言うらしい。うん、とても良い名前だ。そしてミーナちゃんはもう一つ相談があると言った。もちろんいくらだって聞くつもりだ。
「えぇ、どんと任せなさい。なに?」
「フフ、ありがとうございます。えぇと実は今シャーリーさん魔帝国にいるみたいみたいなんです……」
私はその言葉を聞き、紅茶に伸ばしかけた手を止める。
「え、じゃあもしかしたら今度行くとき──」
ジェイくんとシャーリーさんが再会してしまうかも知れないという言葉は飲み込む。でも、そんな偶然は万に一つだ。魔帝国と言っても帝都以外にも都市や街はあるだろう。
「えぇ、そんな偶然はないと思うんですけど……。でも、もしそんな運命的に再会してしまったら? 二人がどうなっちゃうのか、それが怖くて……。シャーリーさんに同情しておきながら、本音では会わせたくないんです。ほんと自分が醜くてイヤに──」
ミーナちゃんは苦しげに顔を歪める。とても純粋な子なんだ。良識と欲求の板ばさみにすごく苦しんでいるのが分かった。人間がみんなこれだけ思い遣り、悩み、考える生き物だったら私とヴァルももう少し長い間人間とともに在れたかも知れない。そんなことを考えながら私は右手で言葉を遮る。
「そこまで、ね。難しく考えるのはやめましょ? 今、ここにシャーリーさんはいない。ミーナちゃんはジェイくんが好き。そして大事なのはジェイくん自身の気持ち。魔帝国に行くまでに惚れさせちゃえばいいのよ。竜も人も、いつの時代もみんなこう言ったわ。恋は戦争だ、ってね」
私は最後にウィンクをしてこの話を終わらせる。湿っぽいのはこれでおしまい。というわけで──。
「早速ダブルデート作戦をしましょう!」
私はそう高らかに宣言した。当然ミーナちゃんは困惑する。
「え? フローネさん? え?」
一気に紅茶をあおる。そしてもう一杯とばかりにその手をミーナちゃんへと突き出した。その変わり身の早さに驚いたのかミーナちゃんは目を白黒させて、それでも馴れた手つきで紅茶を淹れてくれた。
「フフ、私とヴァル、ミーナちゃんとジェイくんでダブルデートするの素敵でしょ? それで私たちの背中を見て恋人ごっこするってわけ。あーん、もう初々しくてお姉さんキュンキュンしちゃう!」
私は両手を頬に当て、クネクネと身体をねじりながらそんなことを言う。ミーナちゃんはやや呆れたような顔だ。
「アハハ……。えと、本気ですか?」
「本気よ? いいじゃない、デート楽しいわよ?」
長年生きてきた経験から言わせてもらえば人の人生は本当に短い。遠慮している時間なんてないのだ。私はとてもこの人間たちが愛おしい。ジェイくんにしてもミーナちゃんにしても。すごく一生懸命ですごく悩んでいて、すごく人間らしくて好きだ。だから私は私の全力を持ってお節介を焼く。いつだって残されるのは私たち竜なのだから。
「どうしたんですか?」
「ん? フフ、なんでもないわ。エルもヴァルも私もすごく素敵な人たちに出会えて幸せだなーって思ってただけ」
そして私はアレコレとデートのプランをミーナちゃんと相談しながら紅茶を楽しんだのであった。
◇
そして次の休日──。
「おはよう。遅くなってすまない。……てか、本当にするんだな」
俺は指定された待ち合わせ場所に向かう。遅刻はしていないが、どうやら最後だったようだ。既に三人の姿が見える。すなわち、普段通りのミーナと、普段通りのヴァルと、そしてすっごくニコニコしているフローネさんだ。
「ジェイくん、おはよう! すっごく良い天気でまさにデート日和ね! 私も久しぶりのデートだからすっごく楽しみで昨日は興奮して眠れなかったわ! ね、アナタ?」
「いや、我は先に寝てしまったから分からんが、まぁお前が喜ぶなら来た甲斐があるな」
そしてフローネさんは早速ヴァルの腕に絡みつき、そんなことを言う。なんというか見てる方は恥ずかしいのだが、当人たちは特に気にしてる様子はない。
「あー、ミーナも付き合わせて悪いな」
「ん? あぁ、いや、うん。まぁ折角だしカルナヴァレルさんたちにこの街を好きになってもらう良い機会にもなるかなーってね」
「おぉ、確かに」
俺はポンッと手を打つ。ヴァルとフローネさんはこの世界に来たことはないだろうから新鮮だろう。流石ミーナだ。そういう名目で付き合ってくれてるのだろう。
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