第105話 ヴァルとフローネ
「え? あ、そうね。急に私一人でミーナちゃんのところに来るなんて不思議よね。フフフ、ごめんなさい。説明するわね?」
私は先ほどジェイくんの部屋に主人と一緒に遊びに行ったことを告げ、そこであったことを説明する。
「っていうわけ。ジェイくんはアレね……。恋愛面に関しては少し手強そうね」
「そうなんです……。その、すごく鈍感で、これって私が悪いんでしょうか? もう少し積極的な方が──」
ミーナちゃんは思い悩んでおり、もしかしたら自分が悪いのではないかと不安になっているようだ。だけどこれは違う。どちらかが悪いということではない。私はすぐにそうじゃないということを伝えた。
「ううん、それは違うわ。今はもどかしいだろうけどもあまり急ぎすぎてはダメ。ヴァルなんてひどかったのよ? 何百年と一緒にいてようやくだったんだから。あの人ったら変に意固地だから絶対女なんか好きにならないなんて拗らせちゃって。フフフ、懐かしいわ。あら、ヤダごめんなさい」
(そっか……ジェイくんとミーナちゃんを見てると、昔の自分たちを見ているような気持ちになってたんだ)
それでついお節介を焼きたくなってしまったみたいだ。腑に落ちたところで一旦冷静になる。この懐かしい気持ちのまま私とヴァルの馴れ初めまで話が及んでしまいそうだ。
「え、あの……ちょっと気になります」
「え? 私とヴァルの話?」
と、思ったけどミーナちゃんはその問いにコクリと頷いた。意外にもこんなオバ……こほんっ。お姉さんの過去に興味を持ってくれたようだ。ならば、若い子たちのためにお姉さんの恥ずかしい過去を少しだけ。
「うん。じゃあお子ちゃまの男の子を好きになっちゃった同盟の先輩として少しだけ、ね?」
私はウィンクを一つしたあと、ミーナちゃんにヴァルとの馴れ初めを話し始めた。
「うーん、まずは私とヴァルの年齢から話そっかな。今、ヴァルが四千歳で私が三千五百歳くらいなの。成竜になってからは人間の百倍くらいの感覚だから人間で言うと四十歳と三十五歳ね。何千年も生きてて無茶があるかしら?」
「あ、いえ。フローネさんすごく綺麗ですし……お姉さんって感じです」
やはり何千年経ってもおばあちゃんやオバちゃん扱いはされたくないのだ。ミーナちゃんはお姉さんって言ってくれた。素直に受け取って喜んでおこう。
「フフ、ありがとう。それで人間の歳で話すけど、出会いはヴァルが二十歳で私が十五歳の時ね。と言っても幼竜期はあっという間だし、実際には何千年も経っちゃってるからその頃には私の方が大人だったわね。うん、間違いなく」
私は可笑しくなる。五百歳違うと言っても千年、二千年経ってればその間に精神の成熟度に圧倒的な差がつくものだ。そしてヴァルはひどかった。
「お察しの通り、ヴァルはお子ちゃまでね? 戦うことしか脳がなかったの。ヴァルは竜の中でも特殊な能力次元魔法を使えたわ。それで早くに若頭に抜擢されて、活躍して、長老たちに嫁を貰って子を
「……? どうしてでしょうか?」
ミーナちゃんは心底不思議そうに聞いてくる。答えは思ったより単純よ?
「そりゃ恥ずかしいからよ。図体だけ成長してまったく恋愛には奥手でね。フフ、それで何度もお見合いをつっぱねて、次に順番がまわってきたのが私ってわけ」
◇
「へっくしょいっ! あー……」
「へぇ、ドラゴンもクシャミするんだな。寒いのか?」
「まぁ人間の体と変わらんからな。いや暑さ寒さは感じん」
「ほーかい。茶いる?」
「……ん」
◇
「──で、私もあえなく撃沈。でも意地になっちゃって、散々つきまとって世話を焼いて、傍にいてやったわ。何百年よ? 何百年。それでもヴァルは全然好きとも結婚しようとも言ってくれなくて──」
ミーナちゃんの表情が少し固くなる。今の自分たちに置き換えているのだろうか。でも、大丈夫。アナタたちもちゃんとお似合いよ。
「もういい! 他の男のところに行くから! って言ってやったわ。そしたら寂しそうな顔をするの。悔しいけどそれがすごく可愛くて──」
私はここで言葉を一旦止めて、どうしようか考える。ここからは少しだけ恥ずかしい。
「可愛くて……? どうしたんです?」
「フフ、ここからは恥ずかしいからひーみーつっ」
なので、誤魔化してしまった。まぁ結局惚れた方が負けということだ。ミーナちゃんは気になってる様子だが踏み込んではこない。それはミーナちゃんの良いところであり、かわいそうなところだ。自分の気持ちより周りの状況や相手の気持ちを優先してしまう。
「フフ、ジェイくんはヴァルとは違った方向でお子ちゃまだからねー。ヴァルは女性を意識しているくせに意識している自分がカッコ悪いって思うタイプだからわざと冷たくしたり、突き放したりしてきたわ。ジェイくんは逆ね」
そして私は今日恋愛の話をしてみて、ジェイくんの恋愛観に対する考えをミーナちゃんに言ってみる。なんとなくだが、思春期に女性不信になるようなトラウマがあったのではないかと睨んでいる。それによって女性観、恋愛観が成熟する前に閉じ込められてしまったような。
「もしかしてジェイくんは女性を意識できない。もしくはわざとしないようにしている理由があるんじゃないかしら」
そして私はその仮説をミーナちゃんに伝えた。どうやら、これは当たっていたらしい。ミーナちゃんの顔が一瞬引き攣った。私は紅茶を一口飲んだあと──。
「二人の内緒にしよっか」
ミーナちゃんが抱えているものを少しだけ軽くしてあげたいとそう申し出た。ミーナちゃんはその言葉にどうしようか視線を小さく左右に泳がす。だが遂に覚悟を決めたようで──。
「実は……エメリアさんにジェイドの学生時代のことをコッソリ聞いたんです」
「…………」
エメリアさんは確かジェイくんの旧友だ。今、ここでその話を持ってくるということは、その原因が過去にあったということだろう。私はコクリと一つ頷き、急かすことはせず続きを待つ。
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