第104話 しゅうとめ

「──というわけなんです」


「あー、そりゃジェイド──」


「アナタは黙ってて!」


 そして俺が説明し終えると、ヴァルが何か言おうとする。だが、すぐにフローネさんに遮られた。それもかなり強めに。ヴァルはジト目になりながらもこれ以上口を開くことをせず、おずおずと引き下がる。


「ジェイくん、よく聞いて」


(ジェイくん……。俺のこと、か……?)


 この状況から考えて、俺のことを指しているのだろう。そんな呼ばれ方をされたのは初めてだったため困惑する。だが戸惑っている暇はない。フローネさんから即座に追撃が入ったのだ。


「ジェイくん! 聞いてるの!?」


「あ、はい! 聞いています!」


「よろしい」


 俺はついその剣幕に姿勢を正し、床の上で正座をする。フローネさんはその豊満な胸を押し上げるように腕を組み、満足げに頷いた。


「ズバリ、私たちとデートをしましょう!」


「「…………は?」」


 私たち、と? 私たちとは誰であろうか。この突拍子のない提案に俺もヴァルも口をあんぐり開き、戸惑いの言葉しか出てこなかった。


「だーかーら、私とヴァル。ジェイくんとミーナちゃんの四人でダブルデートをしましょうって言ってるの。ジェイくんは恋人の振る舞い上手くできるの?」


「……いえ、できません」


 ズズイと顔を寄せてくるフローネさん。同じ距離だけスウェーバックし、その一言だけをなんとか搾り出す。


「でしょ? だから私たちと一緒に恋愛のお勉強をしましょう! フフ、燃えてきたわー! あ、ミーナちゃんともお話ししなくちゃ! ミーナちゃんの部屋はどっち?」


 そしてスッと元の位置に戻る。フローネさんの目にまるでメラメラと炎を宿したかのように気合が篭るのが分かる。ミーナには悪いが俺にはこうなったフローネさんを止めることはできそうにない。スッと人差し指を伸ばす。


「左隣です。でも、さっきも言ったとおり、なんだか気分を悪くして出て行ったみたい──」


「大丈夫です。私はぜーんぶ分かってますから。じゃ、アナタ、私は向こうに行ってるから。適当にジェイくんの家で遊んだら帰って下さいね? では!」


 ミーナの部屋の場所が分かれば用はないとばかりに、俺の言葉の途中でフローネさんはシュタっと立ち上がり、優雅に早足で玄関へと向かっていった。


「あ、靴を──」


「大丈夫ー。そのくらいなら魔力で作れるからー」


 そして瞬時に魔力で靴を作るとドアを開けて出ていってしまった。部屋には呆然とする俺とやはり茶を啜るヴァルだけが取り残された。


「…………ヴァル。お茶おかわりいる?」


「ん、あぁ、頼む。ガハハハ、どうだジェイド、うちの嫁はイイ女だろ?」


「……あぁ、とても」


 それから暫く部屋では会話もなく、二人のおっさんが茶を啜る音だけを響かせ合っていたのであった。


 ◇


 一方、その頃隣の部屋では──。


 コンコン。


「カルナヴァレルの妻のフローネですけど、ミーナちゃんいますかー?」


 私がミーナちゃんの部屋を意気揚々とノックしながら名を名乗ってるところだ。暫くするとキィとドアが薄く開いた。


「え? フローネさん? どうしたんですか?」


「遊びにきちゃった。少しだけお話しできないかしら?」


「あ、はい。……じゃあ、どうぞ」


「ありがとっ」


 ミーナちゃんは戸惑いながらも私を部屋に入れてくれた。うん、やっぱり良い子だ。私はニコニコと笑顔で部屋へと入る。


「お邪魔しまーす。フフ、ミーナちゃんってとってもセンスがいいのね」


 家具や小物の色合いや配置などがとてもオシャレで、それがイヤミじゃない。繊細で気配りが上手な子なんだろうと推測できる。


「ありがとうございます。あ、そこにどうぞ。えぇとお茶を淹れようと思うんですけど、紅茶、緑茶、コーヒーがあるんですけど、飲めるものはありますか?」


「フフ、ありがとう。全部飲めるわ。今日は紅茶でお願い」


 やっぱりだ。私がドラゴンだということを気遣って何が飲めて、何を出していいかを考えてくれている。こんなことを比べちゃ申し訳ないけどジェイくんとは大違いね。


「?」


 私がそんなことを考えてニコニコしているのをミーナちゃんは不思議そうな顔で見つめてくる。


「フフ、んーん。ミーナちゃんは優しくて気遣いができる子だなーって思って嬉しくなっちゃったの」


「え、あ……ありがとうございます」


 私がまっすぐにそう伝えると、ミーナちゃんは恥ずかしながらお礼を言ってくる。もう、なにこの子、可愛いんですけどー!


「では、少し待ってて下さい」


「はーい」


 そして私が悶えてる間にミーナちゃんは紅茶の準備に取り掛かった。私はテーブルに肘をつき、テキパキと用意するミーナちゃんをまるで我が子のように眺めることとする。


「どうぞ。熱いので気をつけて下さい」


「ありがとう」


 紅茶の良い香りが鼻腔をくすぐる。紅茶を一つ淹れるのだって、手間や工夫が必要だ。そしてそれはお客さんが来たときにだけやろうと思ってできるものじゃない。普段からきちんとできているからこそ、だ。恐らくコーヒーや緑茶でもとても美味しいものが出てくるだろう。


「うん、ミーナちゃんは良いお嫁さんになるわ」


「え? ありがとうございます」


 そして私はついついしゅうとめのようにミーナちゃんを採点してしまう。点数はもちろん満点だ。こんな子が傍にいて好きって何ですかって聞いてくるジェイくんに少し怒れてくるくらい。まったく。


「あの……、それでどうかされたんですか?」

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