第103話 恋愛相談

「え? ミーナさんに?」


 俺は頭をかきながら苦笑して、つい言い訳をしてしまう。でも実際これが綺麗に片付いていてもミーナは少しイヤな顔をするだろうし、片付けたはいいものの綺麗になってなかったらすごく怒るだろうし。


 そしてそんな俺の言葉にフローネさんは驚いた顔をする。まぁ、それはそうだ。ここは俺の家なのだからミーナが本来口を挟むべきところではないのだ。


「なんだ、貴様、あの女と結婚でもしたのか?」


「え、そうなんですか!? おめでたいですね!! いや、私は最初から二人はただならぬ関係だと分かっていましたよ! はい!」


 そしてヴァルがニヤニヤとそんなことを言い、フローネさんはテンションがうなぎのぼりだ。なんだかフローネさんに抱いていたお淑やかなお姉さんというイメージがガラガラと音を立てて崩れていく。


 そしてそんな他人ひとの色恋話に目を変える二人をみて、俺は少しだけ口元を緩ませた。


「ハハ、違うよ。ミーナは隣の部屋に住んでるんだ。それでうちの母親から俺のお守りを依頼されてるわけ。まぁ言わば第二の母親だな。って、これ言うとミーナに怒られるから言わないでくれよ?」


 そして俺はテーブルにお茶を三人分置いたあと、二人にとってはつまらないであろう真実を話す。この答えにヴァルはなんだ、つまらんと背中の力を抜く。だが、フローネさんは違った。


「フフ、ジェイドさん違いますよ。それは母親ではありません。そんなこと言ったら私だってヴァルの面倒をずーーーーっと見ているので、母親ということになってしまいます。無償で施したくなるということは愛すべき相手ということですよ」


 なんだか説得力のある言葉でそう説きはじめたのだ。ヴァルをチラリと見る。気まずそうな顔をしているが、言い返そうとしない。つまりそれは肯定しているということだ。


「まぁもちろん愛には色々な形がありますけどね? でも依頼されたから義務で面倒を見ていると思われたのではミーナさんが可哀想ですよ。ちゃんと一人の女性として見てあげて下さい。好きでもない人のお節介なんて焼きたくもないですから」


 そして、そう締めくくった。俺は──。


「はい……」


 何も言い返すことができず、神妙に頷くだけだ。口調は優しく柔らかいものであったが、これが何千年と生きてきた者の含蓄というか貫禄であろうか。その言葉は口調に反してとても深く重いものである気がした。


「それでそれで? ジェイドさんはミーナさんのことをどう思ってるんですか?」


 だが、感銘を受けたのはそこまでだ。一気に空気を軽いものにし、目を爛々と輝かせたフローネさんがそんなことを聞いてくる。


「え、いや、だからまぁ……すごく面倒見が良くて、いつも助けてもらって感謝している存在ですよ……」


「それだけ? それだけじゃないでしょ?」


「と、言われましても……」


 俺は照れながら改めてミーナのことをどう思ってるか考え、バカ正直に答えてしまう。なんだかフローネさんにはスラスラと本心を引き出す魔法でも使われているかのようだ。だが、そんな俺の本心からの答えにも満足できなかったようで、先を求められる。それはつまり、好きかどうかということだろう。これにはしばし悩む。


(好き……。好きってなんだ? ミーナと結婚したいか、どうか、か? 結婚? 結婚ってなんだ?)


 だが、悩めば悩むほど思考の迷路に迷う。漠然としすぎていて上手くイメージができない。俺は恥を忍んでフローネさんに聞いてみた。


「あの……好きってなんですかね……?」


 その質問にフローネさんどころか、ヴァルまでもが目を丸くした。そして二人は顔を見合わせると──。


「「ップ」」


 吹き出した。そう吹き出しやがったのだ。


「クッ! ひ、人が恥ずかしいのを我慢して聞いてるのにっ!」


 俺の羞恥心は最高潮だ。拳を震わせながら顔を俯かせ精一杯の文句を口にする。


「フフ、ご、ごめんなさいジェイドさんっ。つい、フフ、可愛らしくて」


「ガハハハ、ジェイド。貴様いい年こいて好きとはなんだって、何事だ。まったく嘆かわしい」


 だがドラゴン夫妻はそんな文句を受け流し、俺のことをバカにしてくる。分かっている。俺が人より恋愛面に疎いことは自分自身理解していることだ。正直に言って、恋愛というものがまったく分からない。遠い過去に苦い思い出として仕舞われたままだ。そしてそんな俺を見てフローネさんは唸りはじめてしまう。


「う~ん、これは重症ね。あっ、そうだ。試しにミーナちゃんと付き合ってみるのはどう?」


 だが、そんなことはお構いなしにフローネさんはとても爽やかな笑顔でそんなことを言った。この短い時間で随分とフランクになったものだ。そしてこの場にはいないミーナもさん付けからちゃん付けに変わっていた。


「いや、そんな簡単に言わないで下さいよ……。でも実はさっき丁度そんな話をしてまして……。その、ミーナのことを付けねらう先生がいて、それを撃退するために恋人のフリをするのはどうかって」


「あら、まぁまぁ。素敵じゃない! なんだか普通に付き合うのより、甘酸っぱくて、こう青春! って感じがしていいじゃない! ねぇ、アナタ?」


「ん? あー、そうだなー」


 俺は先ほどまでミーナと話していた恋人のフリ作戦をフローネさんに伝えた。するとフローネさんは、手を一つ叩きながらとても喜び、ヴァルに同意を求める。ヴァルは茶を啜りながら、適当に返事を返すだけだ。


「いや、でもなんだかその話をしたらミーナは気分が悪くなってしまったようで……。普段なら洗い物を残しておくような性格じゃないのに、急に帰るって言い出して……」


「ふむふむ。ちょっと詳しく経緯を話して」


「え、はぁ……」


 フローネさんは顎に手を当て、ふむふむと頷くと指をピッと立て、俺に状況を詳しく話せと言う。俺はなんだか気恥ずかしいが、ここまできたら何を今更ということなので、今日のミーナとのやり取りを説明するのであった。

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