第102話 留守番念話
(さて、じゃあこっちを先に片付けておくか……、おーいヴァルー?)
俺は魔帝国へ同行するヴァルについでに俺たちを運んでくれと依頼するつもりだ。
(おーい?)
だがいつもはすぐに返事をくれるヴァルが中々応答しない。俺はクッションにどかりと座り、首をひねる。
(おーい、ヴァルさんやーい?)
そして何度目かの問いかけでようやく返事が返ってきた。だがそれは──。
『あっ、ジェイドさん。すみません……主人今寝てまして、どうかなさいました?』
ヴァルの声ではなく、その奥さんであるフローネさんからであった。俺は当然驚く。
(え……。この声ってフローネさんにも届いてたんですか?)
『あ、いえ普段は主人にしか聞こえないんですけども、寝てるときや忙しいときは……あの、「留守番転送」って分かります?』
(留守番転送ですか……? すみません、ちょっと聞いたことがないですね……)
フローネさんは分かりやすく説明しようと四苦八苦してくれている様子だが、俺はその留守番転送なるものにトンと心当たりがなかった。
『そうですか……。えぇと、とにかく主人が都合の悪いときは私に声が届くようになってるんです』
(へー……。そうなんですね。なんというか不思議かつ便利ですね)
『フフ、そうなんですよ。あ、起きました。アナター、ジェイドさんから念話よー』
ブツンと一回、念話が途切れた感覚が分かる。どうやらヴァルに繋ぎなおすみたいだ。
『ん? ジェイドかー? なんの用だー』
そして向こうから念話が飛んでくる。寝ぼけているのか、やけに気だるげな声だ。
(あぁ、寝ているとこすまないな。今度の魔帝国の件で少し相談がしたくて。ちょっと来てくれないか?)
『……チッ。仕方ねぇな。おーい、フローネちとジェイドのとこに行ってくる。は? お前もついてくる? ちょっと待ってろ。…………おい、ジェイド。フローネもそっち行くぞ』
どうやらフローネさんもこの部屋に来るようだ。クッションは二つしかないが、まぁ俺は床に座ればいいだろう。
(あぁ、こっちは構わないぞ)
『んじゃ、行くぞ』
再度念話が切れる。そしてすぐに部屋の空間が歪み、ヒビ割れ、一人の大男と、そしてそのあとに淑やかな美人が現れる。
「おう」
「こんばんは、突然すみません。主人ばかり遊びに出掛けて寂しかったので、つい来ちゃいました」
ヴァルは片手を上げ、ぶっきらぼうに挨拶をする。フローネさんは深く頭を下げ、挨拶をしたあと茶目っ気のある笑顔でそんなことを言う。
「いや、こちらこそ急にすみません。フローネさんも狭い家で恐縮ですが、どうぞお座り下さい」
そして俺は二人に挨拶を済ませるとクッションを差し出す。いつも俺が座るのはヴァルに、いつもミーナが座るのはフローネさんに。
「…………」
「ありがとうございます」
差し出されたクッションに無言でどかりとあぐらをかいて座るヴァル。ちょこんとスカートの裾を払いながら静かに足をたたむフローネさん。まったく対照的な二人だ。俺はそんな二人を好奇の目で見てしまう。
「で?」
「あっ、すまない。えぇと、相談なんだが魔帝国っていうのは高い連峰を挟んでこの国の北にあるんだが、これを正規の手段では通れないんだ」
俺は要点をまとめ、所々を端折りながらヴァルに説明する。ヴァルは無言で続きを言えと促す。
「それで、この連峰を越えるのにヴァルの力を借りたい。つまり、ヴァルに竜の姿になってもらって、俺たちを運んで欲しいんだ」
そして本題であるヴァルに俺たちを運んで欲しいという依頼をする。
「……我は家族と契約者しか背に乗せん」
返ってきた答えは予想できていたものだ。フローネさんもこの部分に関しては譲らないことを分かっているようで、何も言わず静かに聞いているだけだ。
「あぁ、まぁそれは予想済みだ。というわけで、俺たちが乗れる箱を作って、それを運んでもらうという風にしたらどうだろうか?」
背に乗せるのと、言い方は悪いが荷物を運ぶのでは大分ニュアンスが変わってくるはずだ。ヴァルは俺の提案に片方の眉をひそめる。それからしばし考えて──。
「……まぁ、それならいいか」
「おぉ、ありがとう。助かるよ!」
渋々了承してくれた。この件があっけなく解決し、俺は嬉しさと安堵を覚える。そこでハタと気付く。
「あ、すまない。二人ともお茶も出してなくて……。えぇと、お茶、お茶、と──」
俺はテーブルに何も出ていないことに気付き、慌ててお茶の用意をしようとする。
「あ、いえ、お気遣いなく。でも……あまり洗い物が得意じゃないんですね」
フローネさんは台所でお茶を探す俺を見て、そんなことを言う。そして、流しに溜まった洗い物を指さして小さく笑った。
「アハハ……。いや、まぁその通りなんですけど、実はこれ勝手に片付けるとミーナに怒られるんですよ」
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