第101話 どこから?

「いや、大丈夫だが……どうしたんだ?」


 俺は頬をさすりながら気まずそうに俯くミーナにそう問いかけた。ミーナはもごもごと小さい声でなんでもないと言うばかりである。いや、そんなわけがない。


「いや、なんでもないわけないだろう。こう言っちゃなんだが、あのニヤけ顔はなにか幻覚症状でも見えていたんじゃないかと思うほどだぞ? 本当に大丈夫なのか?」


「え……。そんなにニヤけてた?」


「うん、こんなんだった」


 俺は先ほどのミーナのにやけ顔を再現する。


「気色悪いね……」


「だろ?」


 俺がグッと飲み込んでいた言葉をミーナはあっさりと吐いたため、俺もそれに同意する。そう、はっきり言って気色悪かったのだ。


「でも、本当に大丈夫!」


 だがミーナは頑なに先ほどの一幕をなかったことにしたいようだ。ここまで必死に否定されると何を考えていたのか気になってきてしまう。


「……ミーナ? 今、正直に言うか、魔法で自白させられるかどっちがいい?」


 だから俺はニヤケ顔でミーナにそう脅しをかけた。ちなみに魔法で自白などさせることはできない。だがミーナは一瞬で顔を蒼くした。


「ジェ、ジェイド? やめよ? ほんとなんでもないの」


「ほーん……。怪しいな……。魔法で頭の中を覗いてみようか」


 俺は右手を前に突き出す。当然、頭の中を覗く魔法などない。だが、そんなハッタリも今のミーナには効果抜群だ。


「……死ぬ。頭の中覗いたら死ぬからね?」


「…………」


 目がガチだ。これは本当に死ぬ。しかもどちらとも言ってない辺りが最高に怖い。どっちだ? 覗かれたらミーナが死ぬのか? それとも俺が死ぬのか?


 俺は努めて強気な態度を崩さずミーナを見つめる。ミーナは覚悟を決めた目を揺らすことなくぶつけ返してくる。


「…………さて、ご飯美味しかったなー。ご馳走さんっ!」


 折れたのは俺だった。気になるが、まぁ仕方ない。この話はこれでおしまいにしておこう。後が怖い。


「……ふぅ。うん、お粗末様。あっ、私片付けるからね?」


 どうやら普段のミーナに戻ってくれたようだ。良かった、良かった。そして俺は立ち上がると食べ終えた食器を流しに持っていき──。


「いや、いいよ。いつもご飯作ってもらって、片付けまでしてもらうなんて今日は俺がやる」


「いいのー。逆にジェイドにあれこれされると台所の勝手が変わるからやーめーて」


 腕まくりをして、スポンジを持ったところで取り上げられた。解せぬ。ここは俺の家の台所なのにまるで俺が客のようだ。


「はい、ジェイドは私の食べた食器持ってきて」


「……はーい」


 そのまま流しに立つミーナ。悔しいが何度も見慣れたその光景にすごくシックリきてしまう。俺は食器を流しに置いて、隣に立つそんなミーナに──。


「なんだか本当に恋人みたいだな。あ、そうだ。恋人のフリってどこまでするんだ?」


「え?」


 珍しくからかう一言をつけて、先程の話の詳細を詰めようとする。俺がそんなことを言うのは意外なんだろう。ミーナは目を丸くした。だが先ほどミーナが恋人のフリをすることについて大丈夫だと言ったんだ。これくらいで驚かれては困る。


「いや、え、じゃなくて。するんだろ? 恋人のフリ。だからどこまで──」


「え? え? え? ちょっと待って。あれ? どこからが本物のジェイド? え? これも妄想?」


「は? 本物? 妄想? 何を言ってるんだ?」


 いつもは会話をしていても止まることがなかった皿洗いの手を今日は珍しく止めていた。流しっぱなしの水の音だけが部屋を支配する。どうやらミーナは相当に困惑しているようだ。そしてたっぷり一分ほど固まったミーナはようやく再起動する。


「……えと、ジェイド。一旦確認したいんだけど……フロイド先生を同行させないためにアマネちゃんが私とジェイドに恋人のフリをしたらどうかって提案をしたって言ったよね?」


「おう」


「それで、そのあとジェイドはなんて言ったっけ?」


「え? うーん、確か……フロイド先生を撃退するには良い案かも知れないな。でもミーナは恋人とか好きな人いないのか? って言ったな」


 俺は少し考えながらそう答える。流れとしては概ね間違っていないだろう。そしてミーナは変なことを聞いてくる。


「……そのあと私なんて言ったっけ?」


「ん? ミーナか? 恋人とか好きな人いないから恋人のフリしても大丈夫だって言ってたな。ん? なんだ、やっぱりイヤだったのか? なら、別に無理しなくても──」


「いや、そうじゃないけど。それで? そのあとは?」


 挙動不審なミーナを見て、俺はそう察するが、どうやら違うらしい。


「そのあと? そのあとは黙って固まってたぞ?」


 俺の答えを聞いたミーナはそっかと小さく零すと流しにコトリと皿を置き、水を止めた。タオルで手を拭いたところで──。


「おいっ、大丈夫か!? どうした!?」


 くらりと倒れかけた。俺は咄嗟に支える。


「もうダメ。よく分からない……。ちょっと休ませて……」


「お、おう……」


 なにやら深刻な様子だ。これは看病が必要だろう。なので俺はぐったりするミーナをそっと抱え上げ、すぐにベッドへと運んだ。寝心地は俺が保証する。流石金貨五枚のベッド様なのだ。


「よし、看病は任せろ。安心して休め。氷、氷っと。『アイス』」


 まずは皮袋に魔法で作った氷と水道水を入れる。看病の基本だ。


「よしっできた。栄養のあるものは……ってさっき食べたし。水も……飲んだよな。手か? 手を握ればいいのか? おい、ミーナ! 今手を──」


「帰る」


 俺が持てる知識を総動員して、看病をしようとしたところでガバッとミーナは起き上がり、歩き出した。足取りはとても元気そうだ。


「え、あ、おい、大丈夫──」


 心配して俺は手を伸ばすが、すでにミーナは扉に手をかけてしまっており──。


「洗い物は明日するから水につけておいて」


「あ……はい」


「じゃあ、おやすみなさい」


 最後にそう言い残すとパタンと扉が閉められた。あっという間の出来事でどうしようもなかった。


(なんだったのだろうか……)


 いつにも増して変なミーナに困惑するしかない、そんな一夜であった。

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