第99話 精神干渉魔法

「……いい案が浮かばん。まぁ行ってみたらなんとかなるんじゃないかね?」


「えぇー……」


 ものすごい肩透かしだ。ベント伯ならなんとかしてくれそうだっただけにショックも大きい。


「ハハハハ! 世の中、そんな全てが上手くいくわけがないだろう。大事なのはその場その場で考え、判断し、実行することだ。言われたことを言われた通りやるだけなら馬でもできる。道は自分の手で拓くんだ。では学院としては魔帝国行きを許可しよう。アマネ君とミコ君のご家族には説明と許可を──いや、アマネ君は──」


「はい。私は家族はいませんから」


「…………」


 チラリと隣に立つ少女の顔を覗き見る。普段通りのすまし顔だ。そう、アマネには家族がいない。幼少期からエルムの孤児院で育ったという記録があり、今もそこで世話になっている。


「ふむ。院長にきちんと説明し、了解をもらってから行くように」


「はい」


 そしてベント伯の注意にアマネは無機質な声で応えるのであった。


「さて、ではジェイド先生、くれぐれも問題は起こさないでくれよ? これがきっかけで戦争にでもなったら私は中央から命を差し出せといわれるだろう。キミの双肩には私の命も乗っているということを覚えておいてくれたまえ。それとカルナヴァレル氏の手綱をきちんと握っておくように。こちらの常識や価値観とまったく異なるからな」


「肝に銘じます」


 当然の注意だろう。特にヴァルと相対して剣呑な空気に触れたのならば尚更だ。そして、俺と学長はこれで話が一通り済んだとばかりに黙りこくるが、どちらも動こうとしない。


「センセイ、どうしたの?」


 変な空気感を感じ取ったのだろう。アマネが小首を傾げて尋ねてくる。そう、あと一つだけ問題が残っている。それもとても大きな問題が。


「…………学長」


「…………うむ」


 今度こそ考えていることは同じだろう。そう、悩みのタネは今朝のひと悶着。フロイド先生だ。これが公式の課外授業となればそれをフロイド先生に教えなければ大問題になってしまう。だが、正直足手まといだろうし、なにより同行するとストレスが多くなるので、できれば連れて行きたくない。俺はどうにかならないかと苦悶の表情を浮かべながら、ベント伯に目でどうすべきか問う。ベント伯は──。


「あー、コホンッ。ジェイド先生とミーナ先生は創立祭の期間は旅行に行ってしまうのか。なに? アマネ君とミコ君もカルナヴァレル氏一家と一緒に旅行に行ってくる? あぁ、好きにすればいい。休暇をどう使うかまで口を出すつもりはないさ。好きにすればいい」


「!? …………はい。ありがとうございます。羽を伸ばしてきます」


 ありがたい。あくまで個人の都合による来訪だということにしてくれるらしい。で、あればフロイド先生への報告は不要となり、同行されることもない。だが、大丈夫だろうか。フロイド先生のことだから王国創立祭の期間はミーナと一緒に王都へ来訪しようと言いかねないし、その間のミーナの動向は確認してくるだろう。


 俺は不安げにもう一度、ベント伯を覗き見た。ベント伯は俺が何を考えているか察してくれたようだ。


「……ミーナ先生は家族と創立祭を祝うため王都に行っているという体にすればどうかね……」


「……そうですね。流石にミーナ先生の家族の動向までは窺いに行かないでしょうし、家族団らんのひと時を邪魔しないですよね」


 重苦しい空気が流れる。なぜだろうか。常識的に考えれば俺の言ってることは正しいと思えるのに、フロイド先生に限っては、家族の動向も確認しにいき、かつチャンスだとばかりに家族の輪に入ろうとするのではないかと考えてしまう。


「あのストーカー先生のことですか? だったら変にコソコソしないで、センセイが付き合っているフリをして、ミーナ先生と二人で旅行に行くと堂々と言ったらいいんじゃないですか?」


「「!?」」


 俺とベント伯はアマネの言葉に衝撃を受ける。そんな発想はまったくなかった。しかし、聞いてみれば意外と良い作戦な気がしてくる。が、すぐに俺はその作戦の欠陥に気付いてしまう──。


「……いや、ダメだ。フリとは言え俺と恋人だぞ? ミーナ先生がそんな作戦は嫌がるだろうし、それにミーナ先生に迷惑が掛かるから却下だ」


 それはつまり、ミーナと俺が交際しているということを吹聴してまわらなければいけないということ。もし、ミーナに好きな人でもいればその恋は報われないし、そうじゃないとしてもやはりミーナの恋愛遍歴に傷をつけ、かつ二十四歳という華やかな時期を犠牲にしてしまうのは忍びない。


「「…………ハァ」」


 アマネとベント伯は同時に落胆の溜め息をつく。そして、その奇妙な一致に二人は顔を見合すと力なく笑った。中々に良い作戦だったかも知れないが、俺が指摘した致命的な穴──つまりミーナの気持ちを無視することはできないと悟ったのだろう。


「まぁ、それがジェイド先生らしさ、とでも言おうか。私も立場上あまり推奨や応援はできないからな。のんびりと頑張りたまえ」


「センセイってなにか精神干渉魔法系の呪いとか受けていない?」


 二人からはなにやら失礼なことを言われている気がする。だが、やはり嘘で交際するなど相手に失礼だ。俺は考えを変える気はないとばかりに表情を固くする。


「……では、フロイド先生対策はミーナ先生とも相談してみてくれ。それで決まったことを報告してくれ、私もそれに合わそう」


「はい、ありがとうございます」


 そして結局細かな打ち合わせは改めてということになり、俺とアマネは学長室を退室したのであった。

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