第98話 魔帝国への許可

「……金眼と、呪痕、か? これは本物かね? ……いや、こんなところで嘘をついても仕方ないか。なるほど、それで魔帝国──原始の魔王の墓守か」


 金眼と呪痕をひと目で見抜き、それが何を意味するかを理解できているようだ。また魔帝国に原始の魔王の墓守が現れたという情報も知っているようである。


「そうです。この呪痕はどうやら成長しており、アマネ曰く、心臓か頭まで伸びれば自身を原始の魔王が乗っ取ると言っています。それは定かではありませんが、この呪痕の影響で魔法が暴走するのは確かでしょう」


「ふむ……。それでミーナ先生と……」


「えぇ、そして護衛としてカルナヴァレル氏も同行する予定です。あと、ミコさんとキューエルさんも……」


「なに? カルナヴァレル氏か。ジェイド先生やアゼル団長、ブリード君が束になっても叶わない相手、護衛としてはうってつけだろう。しかし、なぜミコ君とキューエル君まで同行するのかね?」


 ヴァルが同行することは意外だったようで目を丸くして驚く。そしてその強さは俺はもちろんのことブリードからも散々説明されたのだから納得もできよう。だが、ミコとキューちゃんの同行にはそこから更に疑問符が浮かぶようであった。


「……カルナヴァレル氏きっての希望、というより決定事項です……」


 そしてこれに対し俺は精一杯申し訳なさそうにそう答えた。これにはベント伯も諦観の表情を浮かべ──。


「……なるほど。まぁ護衛にあたれる人数が一から二に増えるというのは戦略が何十倍にも広がることになる。まして最強クラスの戦闘力と未知の魔法を使えるとあらばお釣りがくるだろう」


 無理やり納得してくれたようだ。


「はい。そういうわけで学長、魔帝国行きの許可をいただけないでしょうか?」


 そしていよいよ本題だ。アマネを救う手立ては今のところ魔帝国にしかない。俺はその許可を求めるが返ってきた答えはやや意外なものだった。


「だが、許可を出したところでどうやって行く?」


 どうやって行く。難しい質問ではない。王国から魔帝国にはきちんとした移動手段がある。当然ベント伯も知っているはずだ。質問の意図がいまいち理解できないまま、答えを口にする。


「どうやって、ですか? 北の関所まで馬車で行き、王国と魔帝国を繋ぐ唯一のトンネルを使用するつもりですが……。あ、確かに、そうですね……。あのトンネルの通行料はかなり高額でしたね。しかし、これは私のわがままでもあるので、私に出させ──」


「いや、そうではない」


 答えを口にしながら途中で通行料の件だと思った。タダではないのだからその費用をどうするつもりかと。しかし、そうではないようだ。謎は深まるばかりである。そしてベント伯は何も謎かけをしたいわけではないのだろうからあっさりとその意図を明かしてくれた。


「……ジェイド先生。キミは今、国外への移動を禁止されている」


「っ!?」


 これは知らなかった。『今』それはつまり王都の貴族たちによるものだろう。つまり王都を追放された後、魔帝国へ移住、いや貴族からすれば亡命するのを防がれていたようだ。


「更に言えば、墓守の件で魔帝国はピリピリしていてね。関所や帝都への入退場は厳重にチェックされている」


「そう……なんです、ね」


 困った。まさか、こんなところでまで貴族たちの足枷が掛かり、そして足枷が掛かった俺が結果としてアマネの足を引っ張ることになるとは。


「だが、方法がないわけではないか……」


「え?」


 ベント伯には代案があるようだ。だが、十日という日数を考えると迂回することや、ましてあの険しい霊峰を越すなんてのは不可能だろう。では一体どういう手段か──。


「飛べばいいだろう?」


「え、あ、そうか飛空艇! いや、しかしあの霊峰は標高が二万メートルを越している。飛空艇は航行可能なのか……? いやダメだ。そもそもエメリアが祭事に出席している……」


 俺はぶつぶつと独り言のようにベント伯の案を検討する。飛空艇が果たして航行可能か考えてみたが、そもそも飛空艇はエメリアしか操縦できないし、そのエメリアが王国創立祭で同行できないのだからこの案は無理だと悟る。


「いやいや、そうじゃないよ。いるだろ? キミのお友達が」


「……お友達? 私の、ですか?」


 エメリアのことではない。頭の中に友人の顔を思い浮かべていく。


(そう言えばアルクは元気かなぁ……)


 王都での飲み友達の顔も浮かんではくるが、どう考えてもアルクがこの状況で役に立つとは思えないし、ましてベント伯が知るはずもなかろう。そして、暫く考えてしっくりくる答えが浮かばない俺にベント伯は正解を告げた。


「翼が生えた大きい友達だよ」


「…………え? ヴァルですか?」


 どうやらベント伯はヴァルに乗って山を越えればどうか、と言っているようだ。いやしかし、それは無理だろう。あのプライドの高いドラゴン様だ。絶対に背中になんか乗せてくれない。あ、いや待て。例えば人が乗るための貨物庫を作り、それを手に持って飛んでもらうのはどうだ? それくらいなら頼めばしてくれるかも知れない。


「フフ、なにやら勝算がありそうだね。さて、そのあとの問題は帝都への入場だがこれは──」


「それは……?」


 そうだ、あくまで王国領から魔帝国領までの行き方に目処がついたまでだ。そこから魔帝国に入場するにも何からしらの策が必要となる。


 ベント伯がもったいつけるように間を溜める。ゴクリ……。生唾を飲みこみ、その口元を注視する──。

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