第97話 もうっ紛らわしいなぁ

 それから授業が終わり放課後になれば、今度は──。


(また、ベント伯のところか……)


 本日三度目のベント伯への面会である。隣にいるのは──。


「ん? なに?」


「いーや、なんでも……」


 アマネである。アマネの金眼と呪痕を果たしてベント伯は知っているだろうか。尚、アマネ自身はこの学院の誰にも言ったことはないとのこと。だが、なぜだろう。ベント伯はこれも知っている気がする。


 まぁ、それもベント伯と対面し、アマネの状況を説明するときに明らかになるだろう。


 コンコン──。


 だが、流石に一日に三度も面会するとなると気まずい。やや控えめなノックになってしまう。


「……ジェイドです」


「入りたまえ」


「失礼します」


「失礼します」


 どことなく後ろめたい空気を醸し出しつつ入室する。アマネはそんなことは知ったことないとばかりにすまし顔で普段通りの空気だ。


「フフ、ジェイド先生、今日はよく会う日だね」


「はい、お忙しい中申し訳ありません」


 特に苛立っている様子はないが、開口一番皮肉を言われてしまう。いや、皮肉だと受け取るのはネガティブすぎるだろうか。しかし、学長だって暇じゃないんだ。時間を奪っていることに対して最低限の謝罪をする。


「それで、アマネ君だね? 彼女を連れてどうしたというのだ?」


「えぇ。その、彼女の身体はある特殊な状態にあります。ご存知でしょうか?」


 俺は神妙な表情となり、まずどこまでベント伯が知っているのか探るためにも牽制の一手を打つ。ベント伯は特殊な状態という言葉に眉をひそめ、しばし考え込んでいる様子だ。そして目をカッと見開く──。


「まさか──」


(やはり知っていたのか?)


 ベント伯は確信めいた声を上げ、アマネをジッと凝視する。そして言葉を続けた。


「……その状態であることをミーナ先生は知っているのか?」


 どうやらベント伯と認識を共有できてるようだ。俺一人では手に負えないと思ったのだろうか、そんなことを聞いてくる。


「はい」


 これに対し俺は即答で頷く。アマネが自ら俺やミーナに言ったのだ。それにベント伯からアマネの金眼や呪痕に関する情報は事前に知らされていなければ、緘口令も敷かれていない。これに対して批難を言われる筋合いはないはずだ。


「なんということだ……。以後、この情報は機密とする。それで、ジェイド先生はどうするつもりかね?」


「承知しました。魔帝国へ行こうかと」


 ここで初めて機密情報となる。当然だろう。原始の魔王の生まれ変わりかも知れないなどという噂が出回れば、すぐにアマネは各機関に追われることとなる。行き着く先は危険視されての処刑だ。俺はそうなる前に呪痕と金眼をなんとかすべく魔帝国で原始の魔王の情報を集めたいと申し出た。


「……ハァ、なるほど。誰も知らない土地へ行くのも手だろう。それが二人の出した答えだというのなら、残念ではあるが仕方あるまい。止めはしまい」


 俺の覚悟が伝わったのだろうか、ベント伯は数秒黙りこくったあと、一つ長い溜め息をつき、これを渋々了承した。だが待ってほしい。何が残念なのだろうか。失敗前提で話を進められては困る。俺は全て解決し、戻ってくる予定だ。


「待って下さい。学長、私は全て解決し戻ってくるつもりです」


「……全て解決する、か。簡単に言うが、一年や二年では──」


「いえ、そんな悠長なことは言ってられません。日程も決めてあります。次の王国創立祭の祝日を利用するつもりです。そのための協力としてミーナ先生にも同行してもらおうと思っています。なにせ女子生徒のサポートは男の私だけでは難しいでしょうから」


 その言葉にベント伯はめまいを覚えたかのようにオーバーなリアクションを取る。そんなおかしなことを言ったつもりはないのだが、やはり目算が甘いだろうか。確かに手がかりは原始の魔王の墓守を名乗る男が現れたという情報だけ。だが、呪痕は今もアマネを蝕んでいる。やれるか、やれないかじゃない。やるんだ。


「…………もう、そこまで、か。それにミーナ先生を連れていくとは……随分と酷なことをするものだ。っていや待て、そんな早く産まれるわけがなかろう」


「は? 産まれるですか?」


 ベント伯は急に我に返ったかのように変なことを呟く。産まれるわけがない? なんの話だろうか? 俺は咄嗟にベント伯に対して失礼な言葉を使ってしまった。だが、ベント伯はそれどころじゃないようで、俺のことを不思議そうに見つめている。俺も不思議そうに視線を返している。そして、そこで口を開いたのは──。


「あ、私妊娠とかしていませんから」


 アマネだ。妊娠? まさかベント伯は特殊な状態を妊娠と勘違いしていたとでも言うのか? 俺は改めてベント伯の様子を窺う。顔が真っ赤だ。まさか、ベント伯のこんな顔を見れる日がくるとは思わなかった。


「……コホンッ」


 そしてどう挽回しようかとでも考えているのか、視線を泳がせっぱなしのベント伯。


「センセイが言ってたのはコレのことです」


 そんなベント伯に救いの手を差し伸べたのはアマネだ。眼帯と包帯を外してみせ、金眼と呪痕をあらわにする。これにはベント伯も先ほどまでの冗談めかした表情を一変させ、真剣な眼差しとなった。

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