第96話 味
「さて、じゃあまずはキース、ケルヴィン。お前らちゃんと模写してきたか確認するぞー。この黒板にキースは『
「「えーー」」
俺がそう言うと二人からは不満の声が上がる。だがそんなのは無視だ。ちょいちょいと手招きして黒板の前に立たせる。二人は渋々前へと出てきた。
そして黒板の前に立つと二人で不安げに見つめあい、ゆっくりとチョークを黒板に立てる。クラスメイトたちはそんな二人を固唾を飲んで見守っていた。
「なにちてゆのー?」
「んー? あれはね、お絵かきだよ。キューちゃんも描く?」
「かくー!」
「はい、じゃあこの魔法陣を写してみようか」
「あーい!」
だが、そんな中でもキューちゃんだけはマイペースで、ミコが教科書から指定した魔法陣をせっせと描き写しているようだ。キースとケルヴィンは黒板を前にしてそちらを振り向き、そんなキューちゃんを眺めている。
「ほら、手が止まってるぞー。ひとまず描いてみろ。間違ったところは他の生徒に直してもらうんだから。まぁもちろん完璧に描いてもいいんだぞ?」
俺がそう発破をかけるとようやく二人の手は動き出し、少しずつ黒板に魔法陣が出来上がっていく。そして数分後ひとまずの完成を見せた。
「ふむ……。まぁ、なんとなく覚えてきたという意思は見えるな。二人とも座っていいぞー。まず、キースの『筋力強化』からだが、ヒューリッツ。間違っているところを一つ挙げてみてくれ」
「はい。一つ……だけ、ですか……。では、全部、でしょうか?」
ヒューリッツは困惑しながらもそう答える。ふざけていないだけに容赦がなかった。その言葉にキースは顔を引き攣らせ、放心している。
「……いや、それは一つとは言えないが、まぁ確かに基本的な要素が理解できてないからなんとなく似ている魔法陣という風になってしまってるな……。ヒューリッツ。その横に同じ『筋力強化』を描いてみてくれ」
「はい。分かり──」
「エルがかくー!!」
返事をしながらヒューリッツが立とうとする。しかし、キューちゃんが代わりに描くと言いはじめた。真面目なヒューリッツはどうしたらいいか分からないようで、俺に視線で解を求める。答えは──。
「よし、じゃあヒューリッツはこっちに描いてくれ。で、キューちゃんはこっちな。キース、ケルヴィンはしっかりヒューリッツの描く順序も意識して見ててくれ」
二人に描かすことにした。並行して描けば時間も節約できるし、キューちゃんだってもう立派なエルム学院の生徒なんだ。授業に参加する権利がある。
そして数分後──。
「できました」
「エルもできたー!」
「うん……。ヒューリッツは流石だな。全体のイメージがしっかりできているし、各要素もきちんと意味を為している。重なっている部分も単に線が繋がっているわけではない。この要素のこの部分と、こっちの要素のこの部分が重なってこう見えてるだけなんだ。──で、キューちゃんなんだが……なんで描けてるの?」
ヒューリッツの魔法陣は教科書通り、基本に忠実で丁寧だ。そしてキューちゃんのはひどく独特だ。しかし、各要素はきちんと描かれているし、発動もするだろう。だがヒューリッツのと比べてみるとまるで別の魔法陣だ。
「う~ん。このレベルの魔法陣は五歳児が描けるものじゃないのだが……。というか俺でも無理。あっ、間違えた十三歳児か……。いや、でも見れば見るほど、なにこの絶妙なバランス……」
俺は感心する余り、キューちゃんの年齢設定をつい忘れてしまう。だがそんなことより、やはりこの魔法陣の素晴らしさに目を奪われてしまう。
例えるなら書。同じ文字でも書き手によって様々に変化するそれは、されど同じ意味を示す。そしてキューちゃんのはまさしくその道に何十年と身を置き、達人と呼ばれる域に達した深み、味のある魔法陣だった。
「えへへー、エルしゅごいー?」
「すごいぞー。すごすぎてちょっとビックリしてるぞー。あー、パパさんや? なんでキューちゃんはこれ描けるの?」
何かタネがあるとは思っている。なぜなら先ほどからヴァルが不敵な笑みを浮かべているからだ。
「フハハハ、我らは血の中に膨大な知識を貯めこみ、それを継承している。エルの中にも何万年、何十万年、連綿と続く血の知識が存在しているのだ。そして、今ミコが見せた教科書と自身の知識を照らし合わせ、瞬時にこの世界の魔法を理解し、習得してしまったということだな。フフン、どうだ。うちのエルはすごいだろう!?」
筋肉隆々のおっさんはとても興奮しながらドヤ顔で娘自慢をしてきた。
「ただのチートじゃん」
そして俺が何か言う前にアマネがそうツッコむ。恐らく異世界の言葉だろう。だが、その言葉をヴァルは理解しているようでズガガガーンと落雷を受けたかのように固まってしまった。
「あー、まぁキューちゃんのは置いておこう。この魔法陣は参考にしないでくれ。この魔法陣の凄さを理解するのには先生と同じレベルが必要で、かつこれを参考に魔法陣を描くのはちょっと人の人生じゃ足りなさそうだからな。よし、じゃあ次にケルヴィンの『結界』を見てみよう。う~ん、ダメー!!」
「えぇぇ……。なんか先生、雑じゃぁん……」
キューちゃんの魔法陣を黒板から消し、改めてケルヴィンの魔法陣を眺める。国宝級の作品を見たあと、まるで学生の作品を見させられたような気持ちになり、少しだけヤケになってしまった。まぁまるでもなにも学生の作品なのだが。そしてそんな俺の寸評にケルヴィンは肩を落として落ち込んでしまう。これはマズイ。
「あー、ケルヴィン。すまん、落ち込まないでくれ。いいところもたくさんあるぞ! この要素はしっかり意味が通じるように描かれているし、全体のバランスは良い。だが、やはり本質を理解していないから明らかに間違っている要素を疑いもなく描いてしまったのはマイナスだな」
俺は赤のチョークを使って、良いところと悪いところの説明をしていく。だが、こうして座学をしてみると、ウチのクラスは優秀だということが分かる。ヒューリッツ、ミコ、アマネ、レオはきちんと基礎の勉強をしており、魔法陣の理解ができている。サーシャは参加していないため未知数だが、なんとなく魔法を使えるんじゃないかという希望的観測をしている。
(つまり──キースとケルヴィンに魔法の知識を叩き込めば、あとは実践あるのみ、ということだろう)
俺は怪しい目で二人を睨む。二人はそんな俺を見て、震え上がるのであった。
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