第91話 謝罪

 ガチャリ──。


 小会議室の扉を開ける。使用中の札がかかっていなかったのだから、当然中には誰もいない。私は会議室の奥に腰掛けた。


「失礼します」


 すぐ後ろからジェイドが入室してくる。


「ドアを閉める前に使用中の札を掛けてくれ」


 そのまま扉を閉めようとしたため、短くそう伝える。会議室を使うならそれくらい常識だろう。いちいちイライラしてしまう。


「……すみませんでした」


「フンっ」


 ジィエドは言われた通り、札を掛け、扉を閉めた。そして会議用の机を挟んで対面に座ると小さく頭を下げ謝ってくる。だが、そんなことをされたところで私の気持ちはまったく揺るがない。早速、本題に入るとしよう。


「──さて、ズバリ聞くがジェイド先生。昨日は一体どこで誰と何をしていた」


 目線を鋭くし、高圧的な態度で問う。一切の嘘も誤魔化しもさせないつもりだ。案の定、ジェイドはほんの一瞬固まった。今必死にどう嘘をつこうか考えているのだろう? だが、私は確信しているという態度を崩さない。


「昨日……ですか。王都に課外授業で行っていたので、その帰りでした」


 王都、課外授業。私の耳にはそんな話は届いていない。


「学長はそれを──」


 知っているのか、と問う。


「えぇ、許可はいただいています」


 妙に自信ありげだ。まぁ、学長に確認すれば真偽が分かるこの質問で嘘をつくことはあるまい。つまり、確かにこれは正式な許可のもとの課外授業だ。では──。


「では、それに同行したものの名前を挙げなさい」


「え……。はぁ……。えぇと、努力クラスのレオ君、アマネさん、ミコさん……」


 目が一瞬泳ぐ。私はジェイドの以上ですという言葉が出てこない限り、待つつもりだ。それだけじゃないんだろう?


「……それと、ミーナ先生です」


「なぜミーナ先生が同行したんだね?」


 予想通りだ。やはり課外授業にはミーナ先生が同行していた。だが、なぜミーナ先生が同行する必要がある? ミーナ先生は普通クラスの担任だ。別クラスの課外授業に同行するなど理解し難い。それも生徒三人に対して、だ。十分一人で見れる範囲だろう。私はジェイドから返ってくるであろう答えを予想し、理論武装を固めておく。


「……それは、その──」


「私が同行を依頼したからだよ」


「!? 学長……なぜここに」


 しかしここで予想外の出来事が起きた。閉じていた扉はいつの間にか薄く開いており、そこから学長が現れたのだ。偶然というわけはあるまい。なぜ、という疑問が口をつく。


「あぁ、なに。ただならぬ様子でフロイド先生がジェイド先生を連れていくところを見たと幾人かの先生から言われてね」


「ぐ……」


 どうやら誰かが学長に密告したようだ。小賢しい……。だが丁度良い。学長にも言いたいことはあったのだ。


「……では、学長。この際ですから問わせていただきますが、なぜこの課外授業の件──魔法科の主任である私の耳に入っていなかったのでしょう?」


「ふむ……。この件は私の領分だった部分が大きい。意味は分かるね?」


 学長の領分。それは即ち、辺境伯であるという部分であろう。つまり政治的駆け引きがあったということ。それは大っぴらにできない類のものだというのが学長の言い分だ。だが──。


「……ですが、それであるなら尚更、カービン家の人間である私にも話を通すべきでは?」


 理由としてはやや弱い。少なくとも貴族であり、魔法科の主任である私にだけは話を通しておいてもいいだろう。これに対し、学長は──。


「あぁ、それはそうだな。少し私が慎重すぎたようだ。まぁだが、これで分かっただろう? この件で責めるべきはジェイド先生ではなく私だ。む、そうなると丁度良い。フロイド先生もこの件の報告を聞くべきだろう。ジェイド先生王都の報告を頼む」


「なっ──」


 いけしゃあしゃあとそう答え、まるで予定調和と言わんばかりに話を変えてくる。なんという強引さだ。だが、ここで私がミーナ先生の件に固執し、食い下がるというのは悪手だろう。しかし、それにしても責めるべきは私だと言いつつ、謝罪の言葉を一言も発することのない図々しさには怒りや呆れを通り越し、畏怖さえ感じる。


「え……っと、では──」


 ジェイドのヤツも面を食らっているようだ。当然だろう。こんな平民出の青二才が百戦錬磨のベント辺境伯の話術についてこられる訳もない。チッ、ジェイドめ。学長に救われたな。だが今に見ておけ。この場は引くが──。


「……以上です」


「ふむ。思った以上の成果だ。素晴らしい。後日、そのキューエル君とカルナヴァレル氏とも会わせてほしいものだ。あぁ、ジェイド先生、フロイド先生? 当然この件は最重要機密だ。ミーナ先生と生徒たち、その親御さんにも絶対に口外しないよう再三の注意を頼むよ」


 この言葉にジェイドは一言返事を返し、頷く。だが私はそれだけでは終わらない。


「えぇ、このフロイド。カービン家の家名に誓って口外いたしません。──ですが、学長。一つだけお約束をいただきたい」


「……ん? なんだね?」


「以後、魔法科の教師──特に新人であるジェイド先生や、まだ経験の浅いミーナ先生などが課外授業をする際は必ず事前に私に知らせていただきたい。まして領分が領分であるならば、爵位を持ち、そちらの世界を知っている私が引率としては適任でしょう」


 ただでは転ばない。私のこの案は至極正当性のあるものだ。飲まないのであれば、それは明白な私と学長の決裂。カービン家は子爵であり、階級は高いとは言えない。だが、ベント辺境伯の統治下になるエルムの前身を作り、支えてきた歴史と人脈がある。であれば、こんな約束一つとそれらの天秤が釣り合おうはずもなく──。


「……ふむ。いいだろう」


「ありがとうございます」


 このような結果になるのは明白であった。

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