第92話 ウチの子すごいでしょ?

 そのときジェイドはと言えば──。


(……魔帝国にもついてくるということか? フロイド先生が? え? 俺この人守るの?)


 これから訪れるであろう未来にげんなりしていた。


「ではフロイド先生、今回の件はこれでお終いだ。さぁ朝礼にいくとしようじゃないか」


「……はい」


 ベント伯はフロイド先生に対し、あくまでも強気だった。それはまるで譲歩したのはこちらなのだからこれ以上文句を言うなと言っているようだ。フロイド先生はこれに対し当然納得がいかない様子だったが、やはりベント伯とは元々の力関係があるのだろう。頷くしかないという態度で返事を返していた。


 それでこの話は終わりとなり、ベント伯、フロイド先生、俺という順で会議室を出て、職員室へと向かう。その間も考えるのは先ほどのフロイド先生とのやり取り。なぜミーナが同行したのかと問うた時の目だ。


(あれは確実にミーナが同行していたのを確信していた様子だったな……。だが王都に課外授業で出ていることは知らないようだったし……どういうこ──ん?)


 そこではたと思い出す。昨日背中に感じた粘つくような視線──。


(あの場面を見られていた、のか?)


 ミーナと二人で歩いていた帰り道で感じた違和感。あれはフロイド先生の視線だったのではないか、と推測を立てる。すると全ての点が繋がった。


(ミーナと俺が昨日会っていたという事実だけを知っているフロイド先生は、今朝俺を呼び出し昨日何をしていたのか追及した。そこで俺の口から王都への課外授業があったことを聞き、ミーナが同行していたと確信したということか)


 だが、そうなるとなぜあの場面を見られていたのかという疑問が残る。そこで俺はミーナの言葉を思い出した。


(フロイド先生に通勤中など待ち伏せされているような気がする──か)


 今回ももしかしたらそういった類のものだったかも知れない。


(ただ、それを決めつけるのは少し早計だな。本当に偶然だった可能性だってある。だが、まぁ警戒はするとしよう)


 俺はフロイド先生の丸々とした背中を見ながら、フロイド先生の態度からそれが偶然だった可能性は限りなく低いなと思い、ミーナの周囲を警戒しようと心に決めるのであった。




 それから職員室での朝礼が済み、授業となる。なんだか王都で過ごした時間がやけに濃かったため、アマネ、ミコ、レオ以外の生徒と会うのは随分久しぶりに感じる。俺は少しだけ会うのが楽しみだな、と思いながら教室の扉を開けた。


「みんな、おはよう!」


 俺は元気に挨拶をする。


「あ、せんせーおはようございます! 一昨日と昨日はどうもありがとうございました」


「ありがとうごじゃいまちたー!!」


「お、おう。いや、なに、それはいいんだが……。あー、ミコ? その、なんでキューちゃんがうちの制服を着て、ここにいるんだ?」


 予想外の光景に俺は動揺してしまった。そう、教室には制服を着ている者が八人いたのだ。その中の一人、背が低く、恐らく一番小さいサイズであろう制服ですらダボダボになってしまっている少女。元気にありがとうと言葉を発したのは間違いなくキューちゃんだ。


「って、キューちゃん喋れるようになったのか?」


「なったー!!」


「はい、姿を変えるのもコントロールできるようになって、言葉も簡単な文章なら喋れるようになったんです!」


 両手を上げて喜ぶキューちゃん。鼻息荒く、まるで娘の成長を自慢するママさんのようなミコ。レオとアマネは一切関与していないとばかりに知らんふりをしているし、ケルヴィン、キースは興味津々にニヤニヤしている。サーシャは興味ないとばかりにいつも通り外を眺め、ヒューリッツはどうすべきか困惑しているようだった。


 ただでさえ混沌としたクラスなのに、キューちゃんの登場で収拾がつくはずもない。


「…………あー、みんなすまない。ひとまず教室で待機して、魔法陣の模写をしててくれ。ミコ、キューちゃん、ちょっと先生と行こうか」


 俺は頭を抱えながらそう言った。これは俺の落ち度なのだろうか。いや、まさかキューちゃんを学校に連れてくると誰が思うだろう。そりゃ外を自由に動けるようにと人化を覚え、人との見た目の違いはないためバレはしない。特にキューちゃんはミコによく似ているし、姉妹と言えば皆が信じるだろう。


(だが、妹だとしてもいかんだろう……)


 そう、ドラゴンだとバレないことと、生徒でない者が学校に来るのは別問題だ。そして別問題ではあるのだが、その両方ともが問題なのがまたミソだ。


(しかし、来てしまったものはしょうがない、か。それにベント伯も会いたいと言っていたんだ。この機会に挨拶だけ済ませてしまえ)


 俺はそう考え、ミコとキューちゃんを教室から連れ出す。二人は元気よく、はい、と返事をして素直についてきてくれる。手を繋いで歩く姿はとても可愛らしく微笑ましい。


 そして学長室の扉の前に立つまでだらしない顔になってしまっていただろう俺は、表情を引き締めノックをしたのだった。

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