第86話 ヴァル
さて、そうと決めたならば、カルナヴァレルに正式に頼まなければならない。俺は和気藹々と会話を楽しむカルナヴァレルの方へ近づく。
「おい、カルナ──」
「もちろん、次の旅はエルも一緒だぞ? 我とともに楽しもうなー?」
「キュー!!」
「……ヴァ」
おかしな言葉が耳に入った気がする。カルナヴァレルはキューちゃんも一緒に連れて行くと言ったようだ。しかもキューちゃんの喜びようからして、行く気満々だろう。となると、その契約者の──。
「えー、キューちゃん行っちゃうの?」
「キュ、キュ!」
「え? ミコも? いいのかな?」
「はぁ? 当たり前だ。ミコはエルの初めての契約者だからな。長い竜生の中では我も幾人か人間と契約したが、一番最初の契約者は特別だからな」
「わーい! じゃあミコも行きます!」
ミコもついていくことになるだろう。これは厄介なことになってきた。護衛対象が一気に増えてしまった。だが、まぁここまではカルナヴァレルの性格を考えれば仕方ないだろう。
「えー、ミコばっかりずりー。俺も魔帝国行きたいし」
「なんだ? 坊主、貴様も行きたいのか? 別にくればいいではないか。今更チビが一人、二人増えたところで変わらん」
「え、マジ! やっりぃー!!」
「……いや、おいレオ。お前遊びに行くわけじゃないんだから、ダメだ」
そう、ミコまではカルナヴァレルのわがままとして受け入れなければなるまい。護衛対象が増えてでも、護衛側の人数を増やすというのは大きいからだ。護衛側の役割を分担できるというのは本当に大きい。護衛一人であれば護衛対象も一人。護衛二人であれば護衛対象は五人ほどまで見れるだろう。
だが、遊び半分で護衛対象を増やす気はない。
「えぇ、なんでだよ! 俺だって魔帝国行ってみたいし!」
「じゃあ行きたい理由を言ってみろ」
食い下がるレオに俺は厳しく当たる。レオはその質問に目を泳がせた。そして上手い理由が見つからなかったようで──。
「……魔剣を見たい」
本音であろう理由を語った。
「ダメだ。今回の魔帝国へは俺、ミーナ、アマネ、ミコ、キューちゃん、カルナヴァレルの六人で行く。レオ分かってくれ。その墓守という男の素性は知れないし、原始の魔王の墓となれば危険があってもおかしくない。な?」
魔帝国は確かにウィンダム王国に比べ、鍛冶の技術も高く、魔工鍛冶師による魔法武器も豊富で質も良い。俺やアゼル、エメリアの武器も実は全て魔帝国のとある鍛冶師の作品なくらいだ。
だが、それとこれとは話が別だ。今回は観光で行くわけじゃない。俺はレオに真剣にその思いを伝える。
「……分かったよ」
「ありがとうな。レオ」
どうやら気持ちが通じたようだ。つまらなそうな顔で渋々だが、理解してもらえた。
「なんだ、坊主の一人くらい増えても変わらんだろうに、細かい男だな」
「カルナヴァレル? 俺は教師として生徒の命に対する責任がある。そして俺は自分を過信していない。この二本の腕の限界を知っているんだよ」
「さよか」
カルナヴァレルはそう揶揄するが、俺は淡々とそう返す。そしてそんな回答が気に入らなかったのか、つまらなそうに一言吐き捨てた。
「あぁ。さて、改めてカルナヴァレル、魔帝国への護衛の件を頼む。当然、優先順位はあると思うが、同行するミコ、ミーナ、アマネも護衛対象と認識してほしい。これはいいか?」
護衛対象の確認は大事だ。優先順位はキューちゃん、次いでミコ、その他となるだろうが、その他も護衛の対象になっているかどうかの確認は絶対に必要だ。
「フン、一人抜けておるぞ? 貴様も護衛対象に入れておいてやる。感謝しろ」
「あぁ、助かるよ、ありがとう。そのときは頼む」
どうやら皮肉を言っているが、俺を含め護衛対象に入れてくれてるみたいだ。一安心する。
「それじゃ、カルナヴァレルよろしく頼む」
そして俺は右手を差し出す。だが、カルナヴァレルはそっぽを向き、頬を掻きながら──。
「フン、その前に何度も何度もフルネームで呼ぶな。ムズムズするわ。ヴァルでよい」
そう早口でまくし立てる。
「? そうか? じゃあヴァルよろしく頼む」
俺は右手を差し出したまま、言われた通りヴァルと呼ぶ。ヴァルはパシンとその手を叩いてそっぽを向いてしまった。自分から言い出したのに、どうやら照れてるようだ。まったく照れ屋なドラゴン様だ。そして──。
「さて、話は以上だ。フローネが寂しがるといかんから我は帰るぞ。エルまた来るからな? 元気でな?」
「キュー!」
逃げるようにヴァルはキューちゃんの方へ歩き、その頭を撫でていく。その顔は優しい父親の顔だ。そしてひとしきり撫でおえたあとは、来た時と同じように次元に穴を開け、去っていった。
「……さて、それじゃ、色々あったけど、とりあえず帰りますか」
それを見送ると、ようやく王都での旅が終わったと実感する。なんだかとてつもなく濃い一泊二日の王都の旅だったため、エルムを出た朝が何日も前に感じた。そして歩きはじめると少しだけ体が重い。だが疲れているのは俺だけのようで、他の者は余裕綽々で王都の馬車乗り場に向かいはじめた。
「ジェイド先生、お疲れ様」
「……ミーナ先生の決闘もそのお疲れの一部分だからな?」
城下街を歩きながらミーナがお疲れな俺に話し掛けてくる。ミーナのことで悩んだのは事実のため、少しだけ皮肉を言ってみる。
「わがまま言ってごめんなさい。でも、言ってよかった。あっ──」
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